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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第四部 閏

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あやしき道

 王朝は積極的にレジスタンスとの折衝を重ねていった。

 まずは血税制度の見直し。体重が10貫……すなわち37.5kgに満たないものからは、税を取らないことに決まった。あわせて国庫に溜め込んでいた大量の紙幣を、市場へも放出し始めた。紙幣をおおいに流通させて、本館全体の経済活動を盛り上げようというわけだ。


 これでいきなり本館全体が変わるわけではない。

 ただ、御所の付近に関して言えば、ハッキリと活気づいてきた。王朝は変わった。住人たちとしても、確実によくなるという実感があったのだろう。廊下に屋台が並ぶようになり、そこへ客も集まり始めた。


「ガハハ! 女帝さまさまだわい! 儲かって仕方がない!」

 タコ焼きの屋台を出しているタコが、満面の笑みで言った。

 足の本数が減っているところを見ると、文字通り身を削って商売をしているらしい。もちろん儲かるからやっているわけである。


 殺して食う時代から、買って食う時代になったのだ。


 そんな活気ある廊下を、俺は赤尾さんと歩いていた。

「ふむ。俺たちは、この本館に平和な時代をもたらした英雄、というわけだな」

「結果論ですけどね」

 変な笑いが出た。

 俺たちはただ、お姉さんを救いたかっただけだ。本館がどうなろうが関係ない。本館を救ったのは、そのお姉さん自身だ。間接的には俺たちのアシストと言えるかもしれないが。


 ちなみに、わざわざ男二人でデートしているわけではない。

 行くべき場所がある。


 屋台の通りを抜けて、階段へ。


 *


「あ、人間のお兄さん! ネコキャバ寄ってってにゃん! とってもお安いにゃん!」

 ネコ耳をつけたお姉さんが、愛嬌ある笑顔で元気に呼び込みをしている。

 ここは「ネコキャバ 快楽」。

 ネコというかバニーガールだが。まあネコ耳なのだからネコなのだろう。


 赤尾さんがキリリとした顔で告げた。

「二人なんだけど、入れるかな?」

「もちろんだにゃん! 二名さまごあんなーい! 入って入って!」


 愚かだと思うなかれ。

 リサーチにリサーチを重ねた結果、意外とまともな店であるということが判明したのだ。もちろんバックにはやべー連中がついているらしいが……。それだけに、最低限の秩序は保たれている。危ない客は入ってこない。

 皮肉な話だ……。


 だが、まともに酒が飲みたければ、こういう店に来るしかないのだ。

 食堂には、いまだにガラの悪い客が溜まっている。

 だから本当に。

 やむをえず、だ。


 *


 その後、血液は抜かれなかったが、財布はカラになった。

 おかしい。

 事前の計算では、いくらかあまるはずだったのだが……。時間を延長しまくったせいか。まあ合理的に考えればそういうことだな。


「お帰りなさい。ずいぶん飲んだみたいですね。楽しそうでなによりですよ」

 御所に用意された詰所(つめしょ)では、生倉さんがゴミを見るような目で待っていた。休日だというのに、わざわざ事務処理をしていたらしい。

 赤尾さんもさすがに小さくなっている。

「ま、まあね。ボスも休んだらよかったのに」

「ええ。ですが、少しやることがあったので」


 ここにナツさんはいないから、誰も雰囲気を改善してくれない。

 俺は黙って水を飲むことにした。


「霧島さんも。陛下がお呼びでしたよ。急ぎの用ではなかったようですが、顔を出したほうがいいのでは?」

「は、はい。すぐ行きます……」


 *


 廊下で侍女に尋ねると、執務室に案内された。

 中ではお姉さんが書類を整理していた。いや、お姉さんなどと呼んでは失礼か。いまやこの王朝の皇帝陛下なのだから。


「あ、霧島さん。わざわざすみません」

「いえ、大丈夫」

 かなり飲んでしまったので、まともな会話が成立するかは分からないが。


 洋間だ。椅子があり、テーブルがあり、本棚があり……。その本棚には薄い本がぎっしり。

 部屋を照らすのは、小型だが透明感のあるクリスタルガラスのシャンデリア。足元には濃い色をした厚手の絨毯。


 俺が椅子に腰をおろすと、侍女たちが一斉にはけた。

 いったいなんだろう?

 秘密の相談か?


「じつは霧島さんにお願いがありまして」

「内容は?」

「雲外老師と会って欲しいんです」

「う、雲外老師? えーと、誰だったかな?」

 身辺警護として御所に来てから、様々な人間を紹介された。一気に会いすぎて、もはや誰が誰だか記憶にない。俺はもともと人の顔をおぼえるのが得意じゃない。


 お姉さんはやや苦い笑みを浮かべた。

「まだお会いしたことはないと思います。基本的に表に出てきませんから。監禁されていますし」

「監禁? 罪人ってこと?」

「いえ、罪人ではありません。ただ……。とにかくいるのです。会っていただけませんか?」

「いいけど。会ってどうするの?」

 まさか処刑しろとか言わないよな?

 もちろん命じられれば検討はするが。


 お姉さんは曖昧な笑みのままだ。

「分かりません。じつは私も困惑しておりまして。雲外老師は、誰かと会いたがるような人物ではないのです。ところが、どうしても霧島さんとお話しがしたいと」

「なぜ?」

「それはご本人に聞いていただければと……」

 向こうが指名してきたということか。


 *


 御所の奥の奥、ひっそりとしたエリアに通された。

 監禁されているという話だが、ドアの前には見張りもいなければ、鍵さえかかっていないようだった。出ようと思えば出られる状態。なのに、老師は中にいる。


「奥へどうぞ。私は戻っていますので、終わったら教えてください」

「オーケー」

 陛下みずから案内してくれるとはな。

 ま、罠ではないと信じよう。


 ドアを開けると、大広間ほどの大きさの部屋が広がっていた。

 家具はなく、奥に和装の老人が座しているだけ。その老人も、なぜかこちらではなく壁のほうを向いている。

 つるつる頭だが、坊さんかどうかは分からない。老師というくらいだから、坊さんかもしれないが。分からない。


「失礼します」

「うん……」

 近づいても、老人はこちらを向かない。返事はしてくれる。嫌がらせではないようだ。壁に小さな穴をあけて、そこから釣り竿を垂らしている。

 釣りの最中だったのだ。


「出直しましょうか?」

「いや、いい。どうせなにも釣れん。いっぺんだって釣れたことがないけぇ」

「はぁ」

 白い眉毛が特徴的といえば特徴的かもしれないが、ほかは特に目立ったところのない老人だった。

 老人は釣りを続けたまま、言った。

「ここらはもともと、猿(ましら)の一族が支配しておったんじゃ。文車はただの文官での。それがうまいこと乗っ取りおって……。以来、ずっと文車の天下じゃ」

「知りませんでした」

「いい。妖怪の歴史なぞ、人間にとってはなんの足しにもならんからの。わしゃな、その猿のころに監禁されて以来、ずっとここにおるんじゃ。おそらく二百年くらいはおるかの」

「えぇっ……」

 よく正気を保っていられるものだ。

 がらんとした空間に、たった一人。海もないのに釣りごっこをしながら。


「わしにゃ未来は見えぬ。じゃけ過去は見える。すると未来もなんとなく見える気がしてくるんじゃ。ま、未来のほうは、外れることも多いが」

「俺を呼んだ理由は?」

「本当は別のを呼びたかったんじゃがの。この世界を変える可能性を秘めた唯一の……いや唯一は言い過ぎか、希少な存在じゃけぇ」

 は?

 人違いということか?

「だったらその人を呼べば……」

「ふむ。じゃがあのネコに、この話は難し過ぎるけぇ。ゆえに保護者であるお主を呼んだんじゃ」

「たまこですか? あいつがこの世界を変えると?」


 老人は釣り竿を置き、こちらへ向き直った。

「おぬしらの言う平安時代にな、とある寒村にスエという娘がおったんじゃ。優しい娘での。人であろうが、人でなかろうが、誰とでも仲よくなれる娘じゃった」

「ずいぶん昔の話ですね」

「ま、これがすべての始まりじゃけぇ。大事な話なんじゃ」

「話の腰を折ってすみませんでした。続けてください」

 むかしむかしあるところに、だ。


 老人は「ふむ」と続けた。

「じゃけぇ娘は、村人にうとまれるようになった。怪異や異形と仲よくしすぎたんじゃ。結局、村を追われ山に入った。村の連中も、そこで満足しておけばよかったものを、山に入ってまでスエを追いかけ回したんじゃ」

「なぜです? なにか実害でもあったんですか?」

「そんなものありゃせん。連中は、自分たちに理解できんものは全部殺さにゃ気がすまんのじゃ。理屈ではなく、性(さが)じゃな。つまりは本能ってやつじゃ……」

 いまも昔も同じだな。

 もっとも、人間の遺伝子は30万年ほど変わっていないらしいから、本能に従って行動する限り、この先も同じなのかもしれない。


「それで、スエさんは……?」

「はじめ神に助けを求めた。じゃけぇ……神は応じんかった」

「……」


 胸が締め付けられる感じがした。

 いや、スエさんに共感したからじゃない。俺も必死になって神さまにお願いしたことがあった。「どうか助けてください」と。だが、ひとつも助けは得られなかった。鉄パイプで頭を割られて、一二三(いろは)を守れなくて……。すべてを失った。

 俺は理解した。あの局面に必要だったのは、信仰心ではなく、ただ純粋な暴力だったのだと。


 老人は溜め息とも嘲笑ともつかない鼻息を噴いた。

「次にスエは、鬼に助けを求めた。すると鬼は応じ、スエに力を与えた」

「えっ……」

 暴力……だ。

「鬼といっても、いろんな種類がおる。ここの禁足地で働いている無害なのから、本当におそろしいものまで。そのときは、おそろしいものが動き出してしまった。スエは力を得た。そして村人をすべて殺し、喰らってしまった。自分自身が鬼になってしまったんじゃ……」

「そんな……」

「もっと不幸だったのは、その後、スエが人の心を取り戻したということじゃ。あの子は、自分がいたせいですべてが壊れたと思い込み……。最後は自分自身を殺すことにしたんじゃ」


 最悪だ。

 誰も幸せになっていない。


 老人は目を細め、こちらを見た。

「まだ話は終わっとらんぞ。スエは鬼じゃ。そう簡単には死ねん。ずいぶん遅れて、神の慈悲が届いた。スエは自分だけの幽世(かくりよ)に送られ、そこで孤独に生きることになった」

「幽世?」

「ここじゃ」

 途中から薄々そうかもとは思っていたが。

「このアパート? なら、スエさんもここに?」

「まあの。そもそもこのアパートがスエなんじゃ。正確には、スエの胎(はら)を拡張したものじゃが。スエ本人は、ほれ、あの生命の樹がそうじゃ」

 まあそうなる。

 俺たちは、その肉を食っていたということだ……。


 老人は首を掻いた。

「主(ぬし)というのがおるじゃろ。あれはな、樹から生まれたスエの子じゃ。あまりに食い散らかすから、みんなから嫌われておるが……」

「いや、ちょっと待ってください。あれが? スエさんの子?」

「ほかにもおるぞ。望まれない子がの。例のネコも同じじゃ」

 ならば、たまこは主の妹ということか。

 ちっとも似てないが。

 事情を知る老人が言うのだから事実なんだろう。


 俺はつい頭を抱えた。

「えーと……。分かりました。分からないけど。点と点がつながってきた気はします。けど……」

「なんでも答えるぞ。知ってる範囲での」

 それはありたがいのだが、いきなりそんなことを言われても。

 疑問は山ほどあったはずなのに。

 だが、どこから質問していいものやら。

「えーと、なら、なんで俺は、ここに呼ばれたんです? 俺以外の人もそうです」

「スエにとっては人助けのつもりなんじゃろうな。不遇なものを見ると、すぐに取り込もうとしてしまう。ここを理想郷とでも思っとるからの。不幸なものを救っとるつもりなんじゃろうな」

 俺の境遇を見かねて、理想郷に連れてきてくれたというわけか。

 悪いことをしたら獣になるというのも、もしかしたらスエなりの「しつけ」だったのかもしれない。あるいは鬼としての呪いか。


「わしら妖怪が集められたのも同じじゃ。機械文明が発達するに従い、わしらの居場所ものうなってきたからのぅ。おおかた救済のつもりなんじゃろ」

「すみません。その『妖怪』って言葉、差別用語らしいですよ」

「ふん。文弱どもが言うとるだけじゃろ。わしは気に食わん。妖怪は妖怪じゃ。むかしからそう決まっとる」

「いまもうそういう時代じゃないんですよ」

「こざかしいのぅ」

 いや、違う。

 こんな普通のやり取りをするために来たんじゃない。もっと重要な話があるはずなのだ。


「えーと、そういえば本題は……」

「根腐れしとる」

「生命の樹が?」

 御所の役人たちもそう言っていた。

 生命の樹の様子がおかしいと。


 老人はまた呑気に首を掻いた。

「誰が原因が知りたいか?」

「えっ? そりゃまあ……」

「じゃがわしはの……優しいんじゃ。じゃけぇ遠回しに言おうかな。原因はな、おぬしらじゃ」

「はい?」

 どこが遠回しなんだよ。

 ド直球じゃねーか。

 笑ってるところを見ると、ジョークのつもりだったのかもしれない。できればこっちも笑えるジョークだったら嬉しかったのだが。

「このアパートの住人は、基本的にスエが外から集めてきたものじゃ。じゃが唯一、自力で外から入ってきたのがおっての」

「自力で?」

「ほれ、あの陰陽師じゃ。於路地とか言ったか。あまりに才がありすぎたんじゃろ。人の世におれんようになって、ここへ逃げ込んできたんじゃ。そして光の水をこさえ始めて……」

「……」


 もう、答えは分かった。

 あいつの作った聖水――肉体を否定する精神のスープを、俺たちが下水道に流したから、最終的に生命の樹を傷つけてしまったのだ。


 老人は興奮した様子もなく、淡々と続けた。

「別に責めとりゃせん。こんな世界がいつまでも成立しとるほうが異様なんじゃ」

「俺たちは、どうすれば……」

「それは自由じゃ。わしには歴史を伝えることしかできん。もしこの世界が終われば、おぬしらはもとの世界に帰れるぞ。わしらもじゃがな」

 帰れる。

 そして妖怪たちも、人間界に……。


「帰ったらどうなります?」

「まともな扱いは期待できんじゃろうな」

「樹をもとには戻せないんですか?」

「戻る。生きとるからの。ほっときゃ直る。じゃけぇ、おぬしらには、大きく二つの道がある。この世界を壊すか、そのままにしとくか」


 俺にそんな決断を迫らないで欲しい。

 なにも考えずに生きていきたいのに。


「普通に帰ることはできないんですか?」

 俺はともかく、帰りたい人間はいるだろう。


 老人の表情は冴えなかった。

「本館の下ぁのほうにの、開かずの扉があるんじゃ。そこからなら人の世に戻れるかもな。じゃけぇ、そこを開けるのは難儀じゃぞ」

「なぜです?」

「スエが根を張っとる。その根を取っぱらえば、スエが死ぬ。結局、道は二つに一つしかないんじゃ」

 俺はつい眉をひそめた。

「本当ですか? そこが『出入口』なら、人が入ってくるたびスエさんが死んでいないとおかしいですよね? それとも、まさか『入口』と『出口』が別々に存在するとでも?」

「そうじゃよ」

 そうなのか。

 クソみたいな二択だな。


「な、なるほど……。分かりました。じゃあ俺は、これをネコに伝えればいいんですか?」

「いや」

「えっ?」

「好きにしていい。わしゃ釣りに戻る」

 老人は竿をつかむと、また壁の穴に差し込んだ。


 いったい……いったい、なんだったんだ……。

 俺はどうすれば……。


(続く)

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます! どんな未来が待ち受けているのか、楽しみです。 陰陽師はホントなんかヤバすぎて笑っちゃいます。
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