足跡をたどって 二
進むにつれて、なんだか薄暗くなってきた。
それもそのはず、天井に吊られた白熱灯が、ほとんど割れている。どう考えても治安はよくない。
お化け屋敷かよ……と思わなくもないが。
いや、比喩ではなく、ここは事実としてお化け屋敷なのだ。妖怪たちが住んでいる。不命者と呼ばないと差別に当たるらしいが。こちらを餌としか思わないヤツ相手に配慮が必要なのか、いまいち自信がない。
「ボス、術でサーチしてるってことは、もう居場所が分かってるってことなんですよね?」
「いいえ」
いいえ?
それ以上の説明はない。
だが、ここで食いつかないと、ただ情報を逃すだけだ。うるさいと思われても追求しなくては。
「なら、俺たちはいったいなにを追っているんです?」
「あくまで痕跡ですよ。これをたどれば最終的に見つかるはずです」
「そうですか」
まあ、見つかるのだ。
たまこの居場所につながっている。
赤尾さんが疲れた顔で、誰にともなくぼやいた。
「なんかイヤな予感がするなぁ」
ロクなことを言わない。
予感だけなら、最初からずっと悪い。常に誰かの視線を感じる。実際、あまり襲ってこないだけで、みんな脇道からこちらを食う機会をうかがっているのだ。
「怖いこと言うのヤメてくださいよ」
「いや、だって、さすがに俺たちだってこんなところまで来たことないしさ。ねえ? ボスもありませんよね?」
この問いに、ボスは即答しなかった。
だが、無視するのも悪いと思ったのだろう。少しだけ振り返り、眉をひそめた。
「ありますよ、私は」
「え、ある? そうなの? へえ。いったいなんの用で?」
「仕事ですよ」
まあそうだ。
趣味で来るような場所じゃない。
壁にはときおり「呪」やら「殺」やら不穏な文字が書かれているし、道の脇にはなんだか分からない小石が積まれていたりもする。鬱屈したなにかを呪いとしてぶつけているかのように。
空気も淀んでいる。
パキっと家鳴りもする。どこかで水道管を使っているもする。遠くの地響きのような音。じゃぶじゃぶという水音。ダンダンダンと壁を叩く音。
やがて声が聞こえてきた。
ひっ、ひっ、と、ひきつるような、女の鳴き声。
住居と住居の間、脇道になっているところに、赤い服を来た女がへたり込んでいた。これが生倉さんの言っていた罠なのか……?
俺たちは声もかけずに通り過ぎた。
声が遠ざかってゆく。
いや、これで終わりじゃない。
俺は抜刀し、背後からの攻撃を弾いた。
薄暗い廊下に火花が散った。女の突き出した出刃包丁が、俺の背を狙っていたのだ。俺の刃は欠けなかったが、敵の刃は欠けた。強烈な一撃だった。手にビリビリくる。
「ひぃーっ! ひぃーっ!」
女は笑っているのかなんだか分からないが、血走った目でこちらを見ていた。過呼吸気味のようだ。深呼吸したほうがいい。
だが、俺が反撃に出るより先に、エネルギー弾が女の額を撃ち抜いた。生倉さんが銃を発砲したのだ。
「まだ来るぞ」
赤尾さんは通路の奥へ発砲した。二発、三発。
生倉さんは逆側へ発砲を開始した。
何発も。
火薬で撃ち出す銃弾ではない。光が尾を引いて飛翔する。目で追える速度だ。俊敏なヤツなら回避できるかもしれない。
発砲が終わると、床には数名の遺体が転がった。
頭にツノはない。
だが、人間でもあるまい。
なんだか分からないが、とにかく人殺しだ。
生倉さんは少し苦しそうに呼吸をしながら、銃をおさめた。
「殺人通りに足を踏み入れていたようです」
「殺人通り?」
「本館の各地に、集団で狩りをするグループが点在しています。ここはそのうちのひとつでしょう」
「分かってたんなら教えてくださいよ」
「分かっていたら教えています。彼らは常に場所を移動しますから。どこにあるかは、そこに行くまで分からないのです」
銃を撃つのに力を使ったせいか、彼女の応対は余裕を失っていた。
まあ、俺がクソみたいな苦情を口にしたせいでもあるが。
今日は反省することが多い。
「すみません。よく知りもしないのに……」
「いえ。戦闘直後で、私も気が高ぶっていました。お互いさまということにしましょう」
大人だな。
だが、この好意に甘えて、俺はさらなるクソ質問をしてしまうわけだ。
「それで、たまこは近いんですか?」
「分かりません」
まるで自動車で家族旅行をしているガキが「いつつくの?」を連呼しているかのようだ。
俺は小学生のころからメンタルが成長していないのかもしれない。
早く大人になりたい。
*
階段は、各地に分散していた。
一気に上へは行けない。
あがっては移動し、あがっては移動し、そして階段を見つけてまた探す。その繰り返しだ。
禁足地、御所、事務所は同じフロアにあった。あれが一番安全なフロアなのだ。そこから遠ざかるにつれ、危険度も高まってゆくようだ。
俺のカウントが間違っていなければ、いま六階ほどあがった。
たまこはどこまで行ったのだろう?
禁足地の樹からは遠ざかっている。だから、親を探しに行ったわけではない。そうなると……いったいなにを探しているのか? 目的もなく上を目指しているのか? それとも、誰も負ってこないように、わざと危険な場所へ入り込んだのか?
えっ?
あれ?
俺の……見間違いか?
「生倉さん、ちょっと」
「はい?」
「赤尾さんがいません」
「えっ?」
振り返ってもいない。
音もなくいなくなった。
いつからだ?
どこで消えた?
まさか、逃げた? 一人で?
生倉さんが印でサーチを始めた。そして慌てて引き返した。
「ああ、ここです。落とし穴です」
「えっ?」
よくよく目を凝らすと、床板に細工が施されていた。踏み抜くと、ちょうどその人物のいる床が抜け、階下へ引きずり込む仕掛けのようだ。少し板を押してみるが、下は真っ暗。なんだか妙な音がする気もするが。
生倉さんは絶望的な表情になった。
「この下で、命を絶たれたようです」
「えっ?」
「すみません。私のミスです。術で作られた罠ばかり警戒して、物理的な罠まで気が回りませんでした」
「死んだんですか?」
「ええ」
なんだよ、急に。
こんなにあっけなく殺されるのか?
「じゃあ、赤尾さんは……」
「きっと御所の近くで蘇生していると思います」
「……」
返事もできなかった。
これからさらにヤバい場所へ乗り込むというのに、戦力が低下してしまった。
「行きましょう。あまり時間をかけると、主が現れます」
「引き返したほうがいいのでは?」
「それも選択肢のひとつですが、いまは進みましょう。私たちには反魂の護符があるのですから」
あっても死ぬのはゴメンだ。
この人はなぜ平気なんだろう。
俺は立ちあがり、生倉さんの隣についた。
「ずいぶん慣れてますね」
「初めてではありませんから」
「なんの仕事だったんです?」
「行方不明の父を探していました。依頼主は私自身です」
なるほど。
そして失敗したのだろう。
もし成功していたら、いまでもどこかにいるはずなのだから。
「どこまで探したんです?」
「十二階まで行きました。運がよかったんです。そこで父と再会できまして」
「えっ?」
「父も探偵でした。いえ、探偵というより何でも屋ですね。ある日、モノを盗まれたという依頼主が現れて……。父はそれを取り返すため、上階を目指しました。そして見事に見つけ出し、盗品を持ち帰ったのです。呪術的価値もない、木彫りのオブジェです。しかし、それはとある部族の御神体でした。父は騙されて、盗賊の片棒を担いでしまったのです」
騙すほうが悪い。
それは間違いない。
だが、自分の身を守るためにも、少しは人を疑うということをしたほうがいいのだろう。
ボスは淡々と言葉を続けた。
「数日後、父は一人でいるところを誘拐されました。犯人は……言うまでもありませんね。私はその場所を聞いていましたから、急いで現場へ向かいました。まだ術もロクに使えないのに。本当に、そこへたどりつけたのは運がよかったとしか言えません。いえ、いまにして思えば、彼らが私を通したのかもしれませんが」
「それで……?」
「ええ。父と再会しました。生きたまま刺身にされて、食べられるところでした」
「……」
最悪の結末だ。
続きは言わなくてもいい。
彼女も詳しくは語らなかった。
「そこのボスに言われたのです。私のことは、許す、と。ただし次また来たら、父と同じ方法で殺すと言われました」
「やっぱり引き返したほうが……」
「私はあのころとは違います。銃も扱えるし、術も鍛えました。一人じゃありません」
俺は思わず足を止めた。
「いや、待ってくださいよ。まさか、そいつらと戦うつもりですか?」
「反魂の護符があるのです。あなたも手を貸してください」
「そんな話は聞いてない」
「逃げても恨みません。ですが、たまこさんを探したいのですよね? ちょうど方向が同じではありませんか? 私の依頼を手伝ってくれてもバチは当たらないと思いますが?」
「そんな……。ちょっと考えさせてくださいよ……」
なんでいきなりこんなことを言い出すんだ。
やけに先を急ぐからおかしいとは思ったが。
「そこの壁、気を付けてください。罠ですよ」
「おっと」
危うく寄りかかるところだった。
妙な穴が空いている。どうせロクでもないものが出てくるのだろう。
いったいなんなのだこのクソアパートは。
ただでさえクソなのに、罠まみれにしやがって。
考えるのはヤメだ。前へ進むしかない。
「分かりました。やりますよ。ずっと助けられっぱなしだったし、ちょうど恩返ししたいと思ってたところですからね」
というのはウソだが。
もうヤケクソだ。
報酬の代わりに俺を雇いたいと言ったときから、ずっとこれを計画してたんだろう。赤尾さんを雇ったのもきっと同じ理由だ。戦力を増やしたかったのだ。
生倉さんは目を細め、笑った。つくりものみたいな顔で。
「よろしくお願いしますね」
「はい」
まあ反魂の札があるのだ。
あまり深刻にならずに行こう。
生きようが死のうが、どちらにせよ無事に帰ることができるのだから。
(続く)




