是生滅法 三
勝利してテンションがあがっているのか、朽拿はダンサブルな動きで大広間の中央へ来た。
つまり俺たちの目の前へ。
「君たちが例の探偵かな? ご協力感謝する。だがもうカタはついた。そう。この天才軍師によってね。君たちの出番は終わった。帰っていい」
軍師ではなくリーダーだったと思うのだが。
まあどうしても軍師の肩書を名乗りたいのかもしれない。
だが、テンションなら俺だってあがっている。
「こっちがメインであんたらはサブのはずだが」
金で雇われた傭兵が、あとから乗り込んできて偉そうなことを言うんじゃない。
朽拿はのけぞって大袈裟に前髪をあげた。
「おいぃ、人間? 勘違いするなぁ? メインはこっちなんだよ。見てくれ、僕のフレンズを。数えきれないほどいる。それに比べて? そっちは三人だけじゃないか。この事実をどう思う? ん?」
数えきれないほど?
もとはそうだったのかもしれないが、いままともに立っているのは十数名といったところだ。いかにも市民軍らしく、棒に包丁をくっつけただけの槍で武装している。服もボロボロ。フライパンを持っているヤツまでいる。
とはいえ、こっちが三人なのは紛れもない事実だが……。
彼はそれで論破したと思ったのか、次に伽藍爺に話しかけた。
「もちろん降伏するよね? それとも死にたい?」
「降伏いたす」
「オッケェイ! 万事解決。いや、でも……。皇帝は? どこにいんの? 早く出して。ラストはみんなの前で派手に処刑しないとだから」
盛大なセレモニーでも開こうってのか。
俺は溜め息をついた。
「そいつなら俺が首を刎ねた。だが、そのあと乗り込んで来た主に全部食われたよ」
「え? 食われた? 証拠は? ソースは? エビデンスは?」
「あいつの腹の中を調べたら出てくるんじゃないか。いまならまだ間に合うぜ」
「えーっ? 苦しいでしょ、その説明。それに僕、自分の目で見たものしか信じないタイプなんだよね。あー、でもいっか。あいつの家族、まだいたよね? そいつ処刑するわ」
「は?」
なんだこいつ……?
俺たちがなんのためにこの騒動を起こしたのか、理解していないのか?
「私ならここにいます……」
奥からお姉さんが現れた。
ほとんど裸みたいな、シースルーのランジェリーを着ていた。そういえばさっき、たまこも同じ格好をしていた。ネコになって去ってしまったが。
これがクソ兄貴の趣味ってわけか。
「へえ、君が皇女? なるほどなるほど。あー、でも、ちょっと見た目に問題があるな……。もっとふてぶてしくないと。こんな可憐な女性を処刑したら、こっちが悪者になっちゃうじゃん? だからこうしよう。君は僕と結婚しろ。次に即位するのは僕なんだから。何番目かの妻にしてやる。そしたら僕の王朝にも説得力が増すし、結果オーライじゃない? よし、それで行こう」
「行くな」
俺は刀で斜めに斬りつけた。アバラを叩き折るほど強烈に。
「えっ? えっ?」
そいつは数歩後退し、鮮血を噴きながら仰向けに倒れた。
毒を食らって完全に死ね。
雑兵たちが動き出す前に、俺は告げた。
「おい待てよ。先にルールを破ったのはこいつだ。今回の作戦は、皇帝をぶっ殺して、あの子を連れて帰ること。それが第一。ほかは好きにしていい。あんたらで勝手にやってくれ」
形を変えて王朝が存続しようが、レジスタンスが乗っ取ろうが、どっちでもいい。
そっちは俺の仕事じゃない。
生倉さんが、お姉さんに歩み寄った。
「帰りましょう」
「でも……」
「なにか問題が?」
「私、ここに残ります。残って即位します」
力強い眼光をしている。
まあプランなんてとっくにぶっ壊れてるから、なにが起きても想定外なのは認めるが。
これはあまりにも……。
彼女はレジスタンスに告げた。
「けれど、お約束します。皆さんの生活がこれ以上苦しくならないよう、つとめます。急にすべてを変えるのは難しいかもしれませんが……」
するとレジスタンスの一人が声をあげた。
「ならば血税を廃止してみせろ! いますぐに!」
「議会を作って、検討します」
「検討だと? 赤ん坊や爺さん婆さんから搾り取っておいて、おかしいと思わねぇのか!」
この怒声に、お姉さんも語気を強めた。
「思います! ですから、廃止できるところから廃止していきます! 私を信じてください!」
「信じられるか! お前はあの暴君の血を引いてるんだ! 絶対に同じことをする!」
「しません! 私はあのけがらわしい兄を憎んでいます! 絶対に、同じことはしません!」
すると役人たちも奥からぞろぞろ出てきて、お姉さんの後ろに立った。
おそらく以前から政権交代を狙っていた一派だろう。お姉さんを担いで、自分たちのポジションを確保しようという連中だ。
今度は伽藍爺が慌てた。
「お、お待ちください! そやつらは御所でも位の低い一派。そのようなものを後ろ盾に即位するなど……」
「爺。あなたの職をときます。どこかへ行ってください」
「で、殿下……」
少し前まで「下女」などと呼んでいたのに、情勢が変わるとすぐこれだ。この爺さんは、クビにするくらいじゃ生ぬるい。
お姉さんは、血まみれの座布団に腰をおろした。
「皇帝の名をもって、戦闘の中止を命じます。お願いですから、もう戦わないでください。話し合いの席を作りますから」
「……」
あまりにも心もとない。
頑張って自分を奮い立たせている彼女の姿は、とても帝国の支配者には見えなかった。
だが、それだけに、言葉に嘘は感じられなかった。彼女には「願い」しかない。その願いさえウソだったら、即座にすべてを失うことになる。
「そして、生倉さん、赤尾さん、霧島さん。少しの間、ここにいてください。私の身辺警護を依頼したいのです」
「承りました」
生倉さんが膝をついた。
かつての皇帝は死んだ。レジスタンスのリーダーも死んだ。両軍がトップを失った。残ったのは、新たに即位した女帝だけ。
*
戦闘は終わった。
結局、なんだったのか分からぬままに。
俺たちはいま、小さな和室に招かれていた。この数日、お姉さんとたまこが暮らしていた部屋だ。家具は座布団とテーブルしかない。
「こんなことになってしまって、ごめんなさい。ただ、こうでもしないと、本館が荒れ果ててしまうと思って……」
お姉さんは疲れた様子で溜め息をついた。
ただでさえ兄から下女として扱われ、余計な苦労を強いられただろうに。
俺はうなずくしかなかった。
「ま、仕方ない。レジスタンスのリーダーも予想を超えるバカ野郎だったし」
赤尾さんの言った通りだった。
もっとまともなヤツかと思っていた。
ところが、自分が王朝を乗っ取って、新たな皇帝になりたいだけの野心家だった。まあその後、じつは善政を敷いたかもしれないが。俺たちと利害が対立してしまった以上、あの結末は受け入れてもらうしかない。
お姉さんの表情は冴えなかった。
「それで、あの……じつは別の依頼が……」
「えっ?」
「たまちゃんのことです。戦いが始まってすぐ、ここを飛び出して……」
「見たよ。主を切り刻んで、どっか行っちまった。なんかあったのか? まさかとは思うが、お兄さんに……」
事と次第によっては、主の腹から引きずり出して、死体をミンチにする必要がある。
「私たちが、たまちゃんに秘密にしていたことがあったと思います」
「えっ? なんだっけ?」
おそらくその「私たち」に俺は含まれない。お姉さんと、イチカと、あとは探偵の二人だ。つまりこの場にいる俺以外のみんな。
「出生の秘密についてです」
「そういや、本館のどこかにいるんだっけ?」
「いません」
「は?」
ウソをついていたのか?
とっくに死んでいるのに、生きていると?
お姉さんが哀しそうに口を閉ざしたので、代わりに生倉さんが教えてくれた。
「禁足地で大きな樹を見ましたよね? あれは生命の樹と言います。アパートから流された生活排水を吸って、肉の果実をつける不思議な植物。いえ、植物でさえないのかもしれません」
「いや、待ってください……。肉?」
「通常、可食部だけが切り出され、食堂で提供されます」
「……」
ただの肉ではないと思っていたが。
俺たちは、あれを食わされていたのか。
まあ健康に害がないならそれでいいが……。いや、精神的には受け入れがたいものがある。さすがに気持ち悪くなってきた。
「ただ、まれに生命を宿すことがあるのです。あのときはネコでした。それを見つけた作業員が、ひそかに育てていて……。なにかの拍子に、彼女は別館に逃げ出してきたのです。もともと許可されていない生命でしたから、二度と禁足地に戻ることはかなわず……」
「それが、たまこ、か……」
食用の肉から生まれた、親のないネコ――。
お姉さんは呼吸を整え、言葉を継いだ。
「兄は、その事実をたまちゃんにバラしました。お前は食い物のなりそこないだ、などと。私は否定したかった。でも、否定したらウソをつくことになってしまう……。私、たまちゃんを守るべきだったのに……」
自分を責めないで欲しい。
悪いのは全部あのクソ野郎だ。
俺は立ちあがった。
「分かった。あいつはまだそう遠くへは行っていないはずだ。俺が探してくる」
だが生倉さんが袖を引っ張って座らせようとしてきた。
「ちょっと待ってください! 本館を一人で歩くのは危険です!」
「ならついてきてくださいよ」
「二人だろうが三人だろうが危険なんです」
「たまこは一人なんですよ?」
殺されたらどうするんだよ。
だが、赤尾さんは冷静だった。
「冷たいようだけど、彼女は死んでも生き返る。けど、俺たちはそうじゃない。軽率に動くのはオススメしないね」
「赤尾さん、あんたな……」
「なんだ? 反論があるのかな、名探偵どの」
「いえ。おっしゃる通りです。冷静になります」
俺は腰をおろした。
そうだ。
たまこは死んでも生き返る。
だから、もし探すのなら、俺たちは自分の安全を確保した上でやるべきだ。助けに行った人間が死んでしまっては本末転倒だ。
ふと、お姉さんがお札を出してきた。
「あの、これを使ってください。反魂の札です」
「反魂?」
聞きなれない言葉だ。
「この護符を貼りつけておけば、死亡しても復活することができるんです」
「えっ? そんな凄いものが?」
「ああ、いえ。じつはそんな特別な札ではないんです。私たちからすれば、生き返るのは当然のことですから。そういう道理が、もともと存在するのです。わざわざ使う必要がないだけで。私たちからすれば、死んでも生き返れない人間のほうが不思議な存在ですから……」
言われてみれば……そう……なのか?
俺たちがおかしいのか?
ここではそうなのかも。
「ただし生き返るのは一度きり。あまりたくさん作れるものでもありませんから、お一人ごとに一枚しかご用意できませんが」
一回だけなら死んでも蘇生できる、というわけだ。
だが自慢じゃないが、二回以上死ぬ予感がある。ヤバい場所なんだから、一回くらいでどうにかなるとは思えない。
「分かった。じゃあ俺が三枚もらう。そしてたまこを見つけて戻る。それでいいかな?」
俺がそう告げると、左右から手が伸びて、さっとお札をとられてしまった。
「霧島くん。君は冷静なときはまあまあまともなのに、たびたびアレになる傾向があるな。直したほうがいい」
赤尾さんが皮肉を飛ばしてきた。
「ボスとして命じます。捜索は三人でおこないます。いいですね?」
生倉さんも有無を言わせぬ態度だ。
そうだな。
どう考えても人数が多いほうがいい。赤尾さんはともかく、生倉さんは術も使える。シンプルな戦闘力では、俺より強いかもしれない。
「すみません。反省します。三人でお願いします」
俺も最後の一枚を頂戴した。
樹から産まれたからなんだ。
自分の意思で立派に生きてるのに。
いや、それは、俺が不満のない親をもってるから言えることなんだろう。
もし望まない事実を突きつけられたら……。自分という存在を、否定する気持ちになってしまうかもしれない。
特にたまこは、ずっと自分の親を探していた。
どんな顔なのか、どんな声なのか、想像しながら暮らしていたはずだ。
ところが、じつは食用肉を切り出すための樹だったとしたら……。
もしたまこを見つけたとして、俺はあまり安易な言葉をかけるべきではないのだろう。
たぶん。
だが、そうなると、かける言葉がひとつもなくなってしまう。
言葉では癒せない。癒せるくらいなら、自分で自分を慰謝している。それができないから去ったのだ。
あいつに必要なのは時間だ。見つけたところで、あいつが幸せになることはないような気がする。
それでも……。
(続く)
 




