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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第三部 白

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是生滅法 一

 この数日の活動で、王朝も一枚岩でないことが分かってきた。

 まず、御所の情報が外に流れている。誰が左遷されたとか、誰が処刑されたとか、不穏な情報ばかり。

 レジスタンスが送り込んだスパイではないらしい。王朝内部にも、ウシガエルを嫌う一派はいるのだ。あんなのに任せていたら長くもたないと感じたのだろう。まあ彼らは王朝を滅ぼしたいわけではなく、この利権構造を維持しつつ、自分たちがウマい思いをしたいだけなんだと思うが。


 資金はレジスタンスに流れた。

 こちらへの協力を惜しまないそうだ。

 先生の自宅から押収した護符も、ほとんどレジスタンスにくれてやった。

 俺たちは御所に入るのだ。つまりは結界の中に入ることになる。護符なんて持っていても使えない。外にいる連中に渡したほうがいい。


 前夜――。

 俺たちは事務所で天ぷらそばを食った。

 今日は俺も本館で一泊する予定だ。


 本館で夜を過ごすのもこれで二回目。

 まだ主とやらの姿を見たことはないが。「通りゃんせ」が流れたら、外に出ないほうがいい。


「れずすたんすのしとら、ずんびでぎでるってよ」

 レジスタンスの人ら、準備できてる、とナツさんは言っている。

 赤尾さんは箸を置いた。

「霧島くん、今回は君のプランに賭ける。絶対に成功させてくれよ。もし失敗したら君を恨むからな」

「恨むもなにも、そのときには全員死んでいますよ」

 生倉さんが野暮なつっこみを入れた。


 まあそうだ。

 俺たち人間は、失敗したら死ぬ。背水の陣だ。死ぬだけなら不命者も同じだが。連中はそのあと生き返る。フェアじゃない。


 俺はどんぶりからスープを飲んだ。

「ふぅ。けど、いいんですか? 俺は命を賭ける理由がありますけど、お二人はそこまででもないですよね?」

 手を引いたっていい。

 資金をレジスタンスに流してくれただけで十分だ。というより、俺が立てた作戦には、じつは二人の戦力は加味されていない。銃の威力を信用していないわけじゃない。探偵に殺しを期待するのが滑稽に思えただけだ。


 生倉さんはやや苦い表情ながら、笑みを浮かべた。

「じつは阿家智あけちさんから封書を託されてまして」

「はい? 師匠から?」

 あの世から?

 いや、生前のことだろう。もしまだ生きていたら、ここに顔を出して、あれこれ口を出してくるはず。そういう人間だ。

「ふみこさんが窮地におちいったとき、きっとあなたは無謀な作戦を立てることになるでしょうから、サポートしてやって欲しいと」

「行動を読まれてたってわけですか。なんか恥ずかしいな」

「前払いで報酬を受け取っているので、いまさらキャンセルもできません。安心して私たちを頼ってください」

「了解」

 師匠の野郎、余計なことしやがって……。

 もし俺が大金持ちになったら、どこかに銅像でも建ててやるとしよう。ツラを忘れてなければ。


 *


 翌朝、俺たち三名はスーツを着用して御所へ向かった。

 とはいえ、簡単に入れる場所ではない。事前の許可がなければ中に入ることもできない。もちろんすでに対策済みだ。


「またお前たちか……。例の話は本当なのであろうな?」

 伽藍爺が顔をしかめながら出迎えた。

 人間とは一秒も会話したくないといった態度も露骨だ。その短いツノをもいでやろうか。


 生倉さんが封書を差し出した。

「こちらです。念のためにと皇女殿下のアジトを探索しましたところ、このようなものを見つけまして。ぜひご報告せねばと」

 伽藍爺はますます顔をしかめて封書をふんだくり、中から護符を取り出した。

「ふん。アレはもはや皇女殿下ではないわ。で、なんじゃこの札は? むっ? むむっ? むむむっ? な、なんじゃこれは……。主を呼び寄せる護符……。あの下女めが、このようなものを作っておったというのか?」

 まあ動揺するだろう。

 誰彼構わず食い殺すような怪物だ。御所にぶっ込まれたらひとたまりもない。


 生倉さんは真剣な表情で続けた。

「ひそかに国家の転覆を狙っていたものと思われます。ほかにも、ぜひ陛下のお耳に入れておきたい情報が……」

「なんじゃそれは? まずは輔弼たる拙僧に教えよ」

「緊急です。なにとぞ……。もしここで止められては……陛下に重要な情報を伝えられぬまま、手遅れになってしまいます。もしそうなったら……」

「拙僧の責任だと申すのか? 無礼な! なぜ言えぬ!」

「陛下と殿下の私的な領域のお話になりますから……。あまり周囲に聞かせたくない話かと。それでもムリにとおっしゃるのであれば……」

「ぐむぅ」

 伽藍爺は、怒ったイヌみたいに顔をしかめた。

 どうすればもっとも自分に有利になるかを考えている。

 人間ごときをそうそうたやすく陛下に会わせていいものか。かといって陛下の個人的な情報を勝手に知っていいのか。自分の一存でそれをやったらどうなるのか。天秤にかけている。


「ふん。参れ。陛下への謁見を許可する。ただし、非公式にだ。もしくだらぬ内容であったらどうなるのか、覚悟しておけ」

「承知しました」


 *


 銅鑼は鳴らなかった。

 式典でもなければ、正式な謁見でもないから、御所の大広間には誰の姿もなかった。鎧武者が警備しているのは廊下だけだし、役人たちは別室で作業中。

 俺たちは壁際をこそこそ通り抜け、奥の部屋へと通された。


「いま陛下をお連れする。お前たちは大人しく待つように」

 あまり大きな部屋ではない。

 ウシガエル用と思われるクソデカ椅子があり、テーブルを挟んで客用の椅子があった。足元には深い赤の絨毯。天井には小さなシャンデリア。洋風の応接室といったところか。書棚には本がある。ただし……妙に薄い本ばかりだ。


 伽藍爺は去った。

 俺たちの武器を取り上げもしないのだから不用心なものだ。まあ死んでも生き返るのだから、これくらいヌルくてもやっていけるのかもしれない。


 ややすると、ふひーふひーと呼吸をしながらウシガエルが来た。

 半裸に巨大なエリのマントをしている。

「なんだお? いまちょうどいいところだったお? これでクソつまらない用事だったら、まとめてジューサーにかけて血だけ搾り取るお?」

 ずんと垂直に椅子へ腰をおろした。

 このクソ野郎が。


 だが、俺が皮肉を口にするより先に、赤尾さんの銃がウシガエルの頭部を撃ち抜いた。

 出血はない。

 気絶させるだけの技。先生を動けなくしたのと同じ攻撃だろう。

 会話さえさせないとは。


「トドメは任せたぞ、霧島くん。俺はあの坊さんと話をしてくる」

「えっ?」

 説明もせず行ってしまった。


 ウシガエルは目を見開いたまま、四肢を投げ出すように気絶している。

 ふうちゃんの兄らしいが、ちっとも似ていない。


 さて、あとは殺し放題だ。

 いかようにも切り刻める。


 だが……妙な違和感がある。


 ここまでスムーズなのは、べつにいい。

 こいつらは世界を支配したつもりで慢心している。生き返ることができるから隙だらけだ。殺されても取り返しがつく。結界で守られているから術の警戒も必要ない。周囲を鎧武者に囲まれているから、叛逆者は絶対に逃げられない。

 しかも俺たちは人間だ。ザコだと思われている。ふうちゃんを差し出した張本人でもあるから、あとから取り返しに来るとは思われていない。


 だから状況を疑っているわけではない。

 ただ、妙に静かだな……と……。


 俺は刀を抜いた。

 ひとまずウシガエルは殺しておく。毒の塗られた刀身で。二度と生き返らないように。


 いや、待て。

 なにかおかしい。

 この感覚……まさかとは思うが……。


「時間を止めました」

 歌うような口調の、青白い顔をした陰陽師。

 於路地おろちだ。


 生倉さんは完全に固まっている。

 だが、なぜか俺だけは動ける。

 こいつはまだ俺の身体に執着しているのか……。


 俺はそいつへ切っ先を向けた。

「どうしてお前がここにいる?」

「お答えしたいのはヤマヤマですが、守秘義務がありまして」

「敵としてそこに立っているのか?」

 そのことは確認したくなかった。

 もし確認すれば、確実に絶望することになるからだ。


 先生は表情もなくうなずいた。

「はい。王朝は私のパトロンなのです。私は術を提供する。彼らは活動資金を提供する。互いに互いを必要とする関係だったのですよ」

「なんだよそれ。けど、時間を止めるなら、俺の時間も止めておくべきだったな。俺はいつでもこいつを殺せるぞ」

「構いませんよ」

 は?

 ウシガエルをぶっ殺してもいいっていうのか?


 彼は目を細め、微笑した。

「ただし、彼を殺害した場合、ふみこさんに即位していただきます。女帝となるわけですから、ここから出られなくなりますよ。それでよければ」

「いいかどうかは分からないが、ひとまず殺しておく」

 俺はウシガエルの心臓に刀を突き刺し、少し抉ってから引き抜いた。

 時間が動き出したら、大量の出血とともに死亡するだろう。


「簡単に殺しますね……」

「あんたの術のおかげで、たぶんあと数人くらいはもつだろうからな」

 のみならず、あらかじめ身体の一部を変化させている。獣になるのはずいぶん先だろう。

「ふむ。確かに、まだ殺し足りないくらいですね。あなたの輝きを手に入れることを考えると、少し興奮してきたかもしれません」

「興奮するな」


 こいつは術師としては天才かもしれない。

 頭もキレるのかもしれない。

 ただ、自分のことにしか興味がない。つまり聖水を作ることしか考えていない。

 それ以外のものを、障害物くらいにしか思っていない。


 時間を止めるなんて、まるで神のごとき行為だ。

 だが、残念ながら神そのものではない。

 こいつの術の外では、時間が動き続けている。


 ドォンと派手な音がした。

 レジスタンスがようやく仕事を始めたのだ。


 先生が慌てて術を解いた。

 その瞬間、ウシガエルの心臓から鮮血が噴き出した。


「え、なに? 先生……」

 生倉さんは目を丸くした。

 逆の立場なら、俺はこれを夢としか思わなかっただろう。


「死ねッ!」

 俺は刀を振り下ろしたが、先生の袖を切り落とすことしかできなかった。

 逃げ足が速い。


「え、なに? どうなってるの?」

「先生が乗り込んできて、時間を止めたんです。その間に陛下を殺しました」

「待って! なんで先生がいたの?」

「そこまでは分かりません」

 誰かがあいつを解放したのだ。

 誰なのかは不明だが……。


 生倉さんが頭を抱えていたので、俺は先回りして提案した。

「レジスタンスも動き出しました。プランを進めましょう。次はふうちゃんとたまこを見つける番です」

「そう……。そうですね。プラン通りに行きましょう」

 プラン通り。


 レジスタンスの暴動に乗じ、二人を探し出す。

 その後、命がけで逃げ延びる。


 こんなのを作戦と言っていいのかは分からないが。

 思いついた中で一番マシなのがこれだったのだから仕方がない。


 それにしても、赤尾さんはこんなときになにをしているのだ?

 どうしても最悪の予想をしてしまうのだが……。


(続く)

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