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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第三部 白
42/82

再会

 策は立てた。

 あとは実行するのみ。


 数日後、御所へ。


 長い廊下には、背の高い鎧武者たちがずらっと並んでいた。

 出迎えたのはまた伽藍爺だ。

 ギョロ目の警官はいない。


「おお、殿下。お久しゅうございます。伽藍爺でございます」

 坊さんは小走りで駆け寄ってくるなり、こうべを垂れた。

 分かってはいたが、お姉さんは本当にここの一族だったらしい。


「爺……。心配かけました。ですが私はすでに御所を出た身。そこまでせずとも……」

「いえいえ。あなたさまのことは、陛下もずっとお探しでした。きっと寛大な処置がございましょう。ささ、こちらへ」

 信じられないほどの平身低頭。

 ただし、俺たちのことは背景かなにかとしか思っていない。


 ドアが開き、中へ通された。


 金色の天井と壁が、よく磨かれた木の床に反射している。

 この部屋では、すべてが輝いて見える。


 銅鑼が鳴らされた。

「皇女殿下のぉ、お帰りでぇす!」

 誰かの大袈裟な声が響く。

 ここには殿下以外もいるのだが……。まあ、彼らにとってはどうでもいいことなんだろう。


 俺たちが指定の場所に立つと、次の銅鑼が鳴る前に、奥からウシガエルが二足歩行で現れた。

「おお、ふみこ! やっとボキの……」

 喋ってる最中に銅鑼が鳴り、「陛下のおなりでぇす」と声があがった。

 フライングすることもあるらしい。


 坊さんに言われ、俺たちは膝をついた。

 ムカつく野郎だが、形式は形式だ。表面上でも相手の文化を尊重しなければ、余計な敵を作ることになる。


「やっとボキのもとに戻ってくる気になったんだねぇ」

 ウシガエルはずんと座布団の上に落下した。

 本当はこっちまで駆け寄ってきたかったんだろう。膝さえ悪くなければ。


 お姉さんは膝をついたまま応じた。

「いいえ。私は、お兄さまとの決別を告げに参りました」

「んんー?」

 場が、凍りついた。

 もちろん俺も凍った。

 話をするとは聞いていたが、まさかここまでハッキリ……。

 伽藍爺もキョロキョロしている。まあこいつは自分の保身しか考えてなさそうだが。


 ウシガエルは一笑した。

「ふーんふんふん。かわいいねぇ。反抗期かお?」

「もう私のことはお忘れください。本日は、ただそのことを申し上げに参りました」

「おんおん? それだけ言って、あとは好き放題生きるつもりかお? お? そんな勝手が通じると思ってるのかお? ぽまいのせいで、ボキの生殖機能は深刻なダメージを受けたんだお? 治療のため、いっぺん死んで生き返らなきゃならなかったお? どう思うんだお? お? ぽまいのせいで、この王朝は滅びかけたんだお?」

 そのまま滅べばよかったのに。


 だが、この王朝に滅んで欲しくない輩がいたのだろう。

 だからこの利権構造は保護された。王が死に、不在だった期間があったにもかかわらず。みんなでそれを守ったのだ。ここにいる連中、全員が共犯だ。


「でも、その件はお兄さまが……私のことを……」

 お姉さんは泣き出しそうになっている。

 あのウシガエル、過去にも彼女に手を出そうとしたようだな。


 ふと、ウシガエルは部下に指示を出した。すると黒子が駆け寄ってきて、ウシガエルが立ち上がるのを補助した。

 ヤツは立ち上がると、ずんずんとこちらへ近づいてきた。

 なにをする気だ?


「黙れお」

「んんっ」

 ウシガエルは、パァンとお姉さんの顔を叩いた。

「ぽまいは罪人なんだお? 皇帝にたてついた大罪人だお? しかもいっぺんここを出た以上、もはや皇族ですらないお。ぽまいはただの下女! お兄さまなどと呼ぶ権利はねーんだお! 下女らしく、身分をわきまえて陛下と呼べお」

「……」

 お姉さんは目を丸くしている。


 あまりにも対応がクソすぎる。

 許可をくれるならいつでもぶった斬る。

 刀身に毒が塗られているから、こいつは二度と生き返らずに済む。簡単な話だ。ウシガエルが死ねば、あとはお姉さんが継ぐしかなくなる。それで完全勝利だ。


 ウシガエルはこちらを見た。

「人間ども、分をわきまえず術を使ったことは見逃してやるお。この下女を見つけた褒美もやるお。だから、もう出てっていいお。人間がいると空気が汚れるお」

「……」


 どうするんだ?

 やるのか?

 やらないのか?

 こっちはいつでもいい。

 許可が出た瞬間にウシガエルを斬る。


 ウシガエルは、するとたまこに目を付けた。

「けど、そこの不命者のガキは残るんだお。下女として使ってやるお。ボキはこういう生意気そうな下女を使うのが大好きなんだお」

 クソガキは、いまはフリルのついたワンピースを着ていた。いちおう御所に来るのだからとキレイな格好をさせていたのだ。

「陛下、たまちゃんには手を出さないで……ください……」

「お? たまちゃんて言うのかお? ほほーん? ほんほん? ほっほーん?」

 舐め回すようにたまこを見ている。

 そのたまこは……。

「いいゾ。あーしは残る」

 素直に従ってしまった。

 絶対に余計なことを口走って、すべてを台無しにするんじゃないかと思っていたのに……。


 いや、俺は心のどこかで期待していたのだ。

 たまこが暴れ始めて戦闘になり、俺も刀を抜いて、あとは勢いでどうにかなるのではないかと。

 黙っていいようにされるよりは、みんな戦って死んだほうがマシだと。


 ただ、俺も事前に様々なシミュレーションをした結果、ひとつの結論に行きついていた。

 正面から仕掛けるのは「愚策」であると。


 お姉さんもうなずいた。

「人間の皆さんも、どうかもうお引き取りください。あとはこちらの問題です」

 助けを求めている目ではない。


 これも想定済みの展開……。

 まずは懐に入り込み、内側と外側の両方から挟撃する。


 *


 外へ追い出された。

 金ももらった。血液と交換することのできるチケット。いわば兌換紙幣だ。それが凄まじい量の札束となっている。


「大金だな。これまでの赤字が埋まりますよ」

「いまはそういう言い方やめてください。怒りますよ?」

 赤尾さんの軽口を、生倉さんは本気ではねのけた。

 彼女が先に怒ってくれたおかげで、俺はそこまで怒らずに済んだ……かもしれない。いや、赤尾さんだってこの結果を受け入れていないはず。それは分かっている。


 *


 禁足地を経由し、事務所へ戻った。

 ナツさんが天ぷらそばを頼んでくれた。


 テーブル上には大金の入った麻袋。

 しばらく遊んで暮らせる額だ。

 だが、虚しい。


 生倉さんは頭を抱えている。

 さっき怒られたからか、赤尾さんも発言しづらそうにしている。


 俺は頂戴した茶をすすり、こう切り出した。

「悲観してる場合じゃありませんよ。作戦はここからがスタートなんですから。こないだ提出した想定案にも、このケースは記載してあったはずです」

 すると赤尾さんが、しょぼついた目のままこちらを見た。

「ああ、そうだな。だが、肝心の解決策がなかった」

「書いたつもりですが」

「挟撃によって勝利する? 言うはやすしだが、具体的にどうする? あの屈強な鎧武者を見ただろう? 対するこちらはたったの三名。現地の二名を入れても計五名。勝てる数じゃない。しかも、こっちは死んだら終わりなのに、向こうは何度でも生き返るんだ」


 は?

 つまり不可能って言いたいのか?


 いや、いい。

 俺は、自分の案が完璧だなんて思ってない。穴もあるだろう。穴を指摘してくれれば、修正してもっといいものにする。


 それが、不可能とは?

 不可能だと思っていながら、お姉さんを差し出したのか?


「赤尾さん、どういうつもりで言ってるんです? まさか、見捨てろと?」

「そうは言ってない。ただ、これは彼女本人のミスだ。簡単に兄と和解できるつもりでいたんだろう? 顔と顔を合わせて話をつければ、もう追い回されずに済むと。だが、彼女は罪をおかしていた。俺たちは知らなかった。情報の共有ができていなかったんだ。前提条件はくつがえった。イチからプランを考え直す必要がある」

 もっともらしいことを言ってはいるが、要は、お姉さんが引き起こした事態なんだから、どんな結果になっても受け入れろということだ。

 本心は違うのかもしれないが、俺にはそうとしか聞こえなかった。


 廊下で音がした。そばが来たのだ。

 俺は席を立ち、ドアの外のおかもちを回収した。

 四人分のそば。

 できれば六人で食べたかった。


 生倉さんが、いきなり顔をあげた。

「このお金、私にください」

「えっ?」

 みんな同時に同じ言葉を発した。

 本当に。

 急になにを言い出すのだ。こんなときに。


「ああ、でも少しは皆さんにも配っておきましょうか。報酬ですから」

「残りは全部ボスがもってく気なのか? いや、そりゃボスはあんただけど……」

 赤尾さんが抗議するも、生倉さんは睨むような顔になっていた。

「はい。全部私がもっていきます。でも誤解しないでください。自分のために使うわけじゃありませんから」

「なら、なにに?」

文車ふぐるま王朝の支配に不満を持っているグループがありますね。そこにこの資金を投じます」

 おっと。

 さすがにそれは俺のプランにはなかった。なぜなら立案の時点では資金がなかったからだ。ないものは流せない。


 赤尾さんは口を半開きにしていたが、すっと息を吸い込んだ。

「なるほど……。だが、九字羅は殺された。ただ殺されたならまだしも、二度と蘇らないよう呪殺じゅさつされたんだ。あいつはカリスマだったから、界隈に与えた衝撃も一通りじゃなかったぜ。連中の活動は低迷してる」

 そうだった。

 先生とイチカがやった仕事だ。


 生倉さんは頑として引かなかった。

「それでも、まだ解散したわけではありません。原資があれば、彼らも活動を再開するはず。いまの皇帝が即位してからというもの、支配はより苛烈さを増していますからね。燃料を注げば、いくらでも燃え上がりますよ」


 すると、会話に参加せず勢いよくそばをすすっていたナツさんが、早くも食事を終えた。

「このお金、あだすに任しちゃくれませんか?」

「なにかプランが?」

「九字羅さんの甥に、わげぇのがいんです。そのしとさ頼んだら、ええ具合ぇさしてくれっと思います」

 ナツさんは信用できない人ではない。任せてもいいかもしれない。もし金が欲しいだけなら、そもそもこんな場末の事務所で働いてないだろうし。


 生倉さんはかすかに息を吐いた。

「では、あなたに託します」

「あいー」

 だがナツさんが回収する前に、赤尾さんが札束をふたつ抜き取った。

「取り分はもらっておく」

「どうぞ」


 そして彼は、ひとつを俺に渡してきた。

「君にも受け取る権利があるぞ。遠慮するな。なにかに使える。ある種の武器だと思えばいい」

「頂戴します」

 そうだ。赤尾さんは、戦う気をなくしたわけではない。違う方法を模索しているだけなのだ。たぶん。そうは見えないが。


 生倉さんはうなずき、立ち上がった。

「霧島さん、いまいった計画を踏まえた上で、プランを修正してください。あなたの思案をベースに作戦を進めますから」

「了解」

 そうこなくちゃな。

 少なくとも俺は、仲間を売り飛ばすつもりはない。

 まあ、事務所の二人は、そんなことに加担する義務もないはずだが……。協力してくれるというのだから、拒む理由もなかろう。


 さて、俺はプランの再考だ。

 かのシャーロック・ホームズは、事件に遭遇すると、たちどころに七つの仮説を立てたという。言い換えれば、最低でも六つの説を外しているのだ。俺みたいな凡人は、もっと外していい。

 バカみたいに大量のプランを用意して、どれかひとつを当てる。

 それで勝ちだ。

 まあ無限は白紙と同じだが。幸い、無限のプランを用意できるほど時間的余裕があるわけでもない。


(続く)

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