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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第三部 白

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気休め

 翌日、本館。

 もちろん禁足地は使えないから、例の「抜け道」を使った。たまこはネコだけあって一瞬で通り抜けたのだが、お姉さんは半泣きになりながらとんでもない時間をかけた。前回もこうだったのだろうか……。


 ともあれ三人で事務所に入った

「おはようございます。今日はみんなで来ました」

「お……おはようございます……」

 生倉さんは面食らっていた。

 いや、余計なことをしたのは分かっている。だが、各人の要望を総合したらこういうことになったのだ。仕方がない。


 赤尾さんも口をあんぐりと開けていた。

 なにかを言いたいが、言うのをためらっている様子。

 迷っているくらいなら言わないほうがいい。少なくとも日常生活においては。なにせ日常はその後も続く。のちの活動にマイナスの影響を及ぼすかもしれない。

 緊急の場合は言ってもいい。どうせ後はない。


 俺たちはソファに腰をおろした。

「で、作戦は?」

「ちょっと待ってください。まだなにもまとまってないのに……」

「ならまとめましょう。いま、ここで」

「勝手な……」

 人の命がかかっているのだ。勝手にもなる。


 お姉さんは穏やかな口調ながらも、力強い眼差しで言った。

「せっかく連れ出していただいたのに、ごめんなさい。でも、御所に戻ろうと思います。これ以上、後回しにしたくなくて」

「えっ? 戻る? それは……本気で?」

「はい」

「こちらとしては……好都合ですが。本当にいいんでしょうか……」

 いちおう生倉さんも、賛成とは言えない感じか。

 まあ自分たちの人生が天秤にかかっているのだ。悩む権利はある。


 赤尾さんが茶をすすり、かすかに呼吸をした。

「そちらの……妹さんも連れて行くの?」

「たまこだゾ」

 俺のジャージを着てソファにふんぞり返っている。狭いソファに三人だからクソ狭いのだが。


「もちろん、たまちゃんも連れていきます」

「俺ぁオススメしませんがね……」

 なにか言いたげなのに、最後まで言わない。

 この期に及んで、まだ隠し事か?


 ともあれ、このプランを拒否はできないだろう。

 なにせ本人みずから名乗り出たんだからな。


 俺は立ちあがった。

「ま、行くことは決まったんで、あとは段取りだけ決めといてください。俺はほかにすることがあるんで」

「え、どちらへ?」

 生倉さんも不審そうな目だ。

 まあ新人がボスに詳細を決めさせて、自分だけどこかへ行こうというのだから、不審以外のなにものでもあるまい。

「ちょっと術の無料セミナーでも受けてこようかと」

「……」


 *


 セミナーの会場はすぐそこだ。

 事務所の斜め前。赤尾さんの部屋の隣。板を打ち付けられ、護符で結界を張られた監禁部屋。

「先生、少しご相談が」

 俺はノックをしてそう呼びかけた。


「おや、その声は霧島さんですか? 会いにきてくれたのですね」

 食事も与えられず、真っ暗闇に監禁されているというのに、彼の態度は以前のままだった。相変わらずいい声だ。なだらかな山を、電車の窓から眺めているような印象。

 ひとつも許したわけではないが。

「ふみこさんが、御所に戻ることになったんです。けど、俺はそのまま帰すつもりはなくて。もし彼女が傷つくようなことがあれば、兄貴をぶっ殺して連れ帰ろうと思ってるんです。アドバイスはありませんか?」

 こいつはなにも罪をつぐなっていない。

 せめて俺の役に立って欲しい。


 彼の回答はこうだ。

「では、私を連れて行ってください」

「は?」

「別館の龍脈は破壊されてしまいましたが、本館のものは問題なく機能しています。純度にやや問題がありますが。私がその力を使えば、陛下を殺害し、ふみこさんを連れ戻すなど造作もないこと」

 その通りかもな。

 事前に工作すれば、時間を止めることさえ可能だろう。そうなれば、すべてはこいつの思うまま。


「けど、先生。思い出して欲しいんです。俺、あんたの顔を見たら、たぶんぶっ殺しますよ」

「結構ですよ。死にませんから」

「いっこうに結構じゃないんですよ。いいですか? 俺は絶対にあんたをそこから出すつもりはないんだ。策だけ授けてくれればいい。まさか、俺がどんだけあんたにムカついてるか、分からないわけじゃないでしょう?」

「理解していますよ」

 本当か?

 なら、もっと深刻そうなリアクションが欲しいところだな。

 この男、演技じみた性格をしているのに、しかし演技はヘタクソなのかもしれない。これが素の状態なのだ。サイコパスめ。


 俺が閉口していると、彼は構わず話を進めた。

「そうですね。もし私をここから出さず、大きなことを成し遂げたいというのであれば、私の部屋の棚をお探しなさい。大量の護符があるはずです。どれも強力なものばかりですから、きっと作戦の助けになると思いますよ。もっとも、一番いいのは、私をここから出すことですが」

「オーケー。護符はもらう。あんたはそこにいてくれ。話は以上だ」

「いつでも来てください」

 本当に腹が立つ。

 あのうすら笑いが目に浮かぶようだ。


 *


「天ぷらそば七人前お願いします。かしこみかしこみ、と」


 事務所へ戻ると、赤尾さんがテレビに向かってそばを注文しているところだった。

 いつもいつも天ぷらそばだが、ほかにメニューはないのだろうか?


「ただいま戻りました」

「セミナーの成果はどうだったかな?」

「さあ」

 赤尾さんの質問を、俺は適当にかわした。

 説明するのも面倒だ。とっととそばを食って帰りたい。


 すると、ずっともじもじしていたナツさんが、意を決したように近づいてきた。

「あの、ふみこさま」

「はい?」

「もし御所さけぇられるんであれば……。税金さ、すごしさげてくれっと嬉しんです。あだすら若ぇもんはまだすも、年寄りわっぱまであんな取られんのは……。とでもとでもやってげねんです。どぉが、ひらにお願ぇいだしやす」

「はい……」

 税金、か。

 たしか、本館における金は血液だったな。比喩ではなく、そのままの意味で血税というわけだ。誤解とはいえ、日本に実在した「血税一揆」を思い出す。

 いくら生き返るとはいえ、もし老人や子供から容赦なく血を取っているのだとすれば……。とんでもないクソ政治だ。ただしたほうがいい。


 廊下でゴトッと音がした。

 そばが届いたようだ。

 配達人は決して姿を見せない。もし観測していると、配達人は永遠に来ない。そういうシステムなのだ。


 *


 まだ御所へは行かない。

 今日の目的は、あくまで打ち合わせだけ。

 三人で乗り込んだのは……まあ説得力というか、相手に有無を言わせないためだ。時短ともいう。いや強行か。どっちでもいい。


 先生の部屋でイチカに挨拶し、護符をすべて回収してから、お姉さんの部屋に戻った。

 紙の束とはいえ、量が多いとさすがに重たい。


 帰宅するや俺たちはテーブルに護符を広げ、手分けして使えそうなものを探した。

「うわぁ。見てください、この護符。ぬしを呼び寄せる術ですよ。使ったら大変なことになります」

「えぇっ……」

 主というのは、時間になると徘徊を始め、見つけた得物を問答無用で食い殺すとかいうバケモノだ。

 そんなもの、いったいなにに使うつもりだったのやら。


 そいつを御所にぶっ込んでやればすべてを壊せそうな気もするが……。術者にも危険が伴う。自爆覚悟でなければ使えない。しかも不命者はいつか生き返るわけだから、もし俺が使ったら最終的に俺だけが死ぬ。


「そしてこっちは、精神を加速させる護符……」

「精神を加速?」

「といっても、早く動けるとかじゃないんです。精神年齢を高めるための護符ですね。この世界で生活していると、基本的に年を取りませんが……。それでも精神年齢が高まると、肉体年齢も相応に変化するんです。ですからこれは、簡単に言えばターゲットを老化させる術ですね」

「やべーのばっかりだな……」

「先生は術の研究者でもありましたから。使うかどうかは二の次で、いろいろ作っていたんでしょうね」

 なるほど。


 たまこはめんどくさそうな顔でクッキーを齧っている。

 細かいことは考えたくないといった顔だ。

 それはいいのだが、護符の上にクッキーをこぼすんじゃない……。


「時間を止める護符はあった?」

「いえ、見当たりませんね。まだ護符にしていないのかも」

 使えたら最高だったのに。

 別館では難しいかもしれないが、本館にはまだ龍脈がある。その力を借りれば発動できたはず。


 そこまで考えて、俺は別の問題に行き当たった。

「あー、でも、御所にはあいつらの結界が張られてるんだっけ? 護符を持ち込んだところで、使えるのかな?」

「難しいと思います」

「難しい? つまり不可能ではない、と?」

「天才的な術師であれば」

「……」

 つまり先生の力が必要というわけだ。


 だが、あいつは信用できない。俺たちを裏切るからじゃない。そもそも自分の行動原理にしか従わないのだ。作戦に組み込めない。


 だいたい、あいつの背景も不明だ。

 なぜ本館でセミナーをしていた?

 人間が、本館で、あれほど自由に行動できるのか? 本館の誰かとつながっていると考えたほうが自然だろう。御所に連れて行くのはリスクでしかない。


 お姉さんはなんとも言えない笑みを浮かべた。

「霧島さん、眉、ぐってなってますよ」

「失礼」

 考え込むといつもこうだ。

 まあこっちは死ぬかもしれないのだから、いくらか真剣にもなろうというものだ。

 術が使えなかった場合に備えて、物理的な戦闘力も投入したほうがいい。たとえば爆弾とか。


「そんなに難しく考えないでください。これはあくまで最終手段ですから。私は話をつけに行くんです。戦いにはしません」

「分かってる」

 本当は分かってない。

 確かにそれは最終手段かもしれない。しかし残念ながら、ほぼ確実にそうなる。

 相手は、両親をスープにして脇に飾っているようなヤツだ。妹に自分の子供を産ませるとか言っていた。権力の座を手にして、ブレーキを失っている。

 彼女自身もそれを理解しているはず。だから殺してくれと言ったのだ。


 ま、お互い分かってて言っているということにしておこう。

 つまりは気休めだ。

 配慮とも言う。


 だが俺は考えることをやめない。すでに一二三いろはとイチカを失った。精神的に限界だ。ここへ来てお姉さんかたまこを失うことになったら……。

 ダメだ。

 させないために考える。


 師匠は言っていた。

 未来のことは誰にも分からない。せいぜい妄想するしかない。ゆえに、全力で妄想すべし、と。考えうるすべてのケースを想定するのだ。そして、それらすべてに対策を打つ。時間の許す限りにおいて。

 まあ前日くらいはぐっすり寝ろと言っていた気もするが。


 師匠が死んでしまった以上、弟子の俺が活躍するしかない。

 それくらいしか、恩返しの手段も思いつかない。


(続く)

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