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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第二部 朱

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禁足地

 翌日、俺は師匠の部屋を見るため、一人で外出した。

 警戒を忘れてはいけない。

 多賀峰は死んだが、残党狩りはまだ残っている。死んだのは精鋭部隊だけだ。連中が、仲間を殺されたまま黙っているとは思えない。


 *


 さて、師匠の部屋を訪れたはいいが、中には入れなかった。

 鍵がないのだ。

 自慢の刀でドアを破壊してやってもいいが……。獣になるリスクを負ってまでやるべき行為とは思えなかった。


「入りたいの?」

 少し離れた場所から声をかけられた。

 イチカだ。

 短いスカートから生足をさらしている。男だと分かっていても、つい目が行ってしまう。

「俺を尾行してたのか?」

「違うよ。においがしたから、ちょっと顔を見に来ただけ」

 そんなことを言いながら、また近づいてきてすんすんとにおいをかいできた。

「そんなにかがないでくれ」

「あー。たまちゃんのにおいもする。一緒に寝たんだ?」

「あいつ、寝てると勝手に布団に入ってくるんだよ。お姉さんに怒られるの分かってるのにさ。でも、なにもしてないぞ」

「ズルいなぁ」

 ジト目で見てくる。もともと目つきが悪いから、本当に責めるような目になる。


 まあいい。

 せっかく会えたんだ。世間話よりも優先すべきことがある。

「ところで、君、本館から来たんだって?」

「えっ? なんで知ってるの?」

「口を滑らせたヤツがいてな」

「絶対たまちゃんでしょ?」

 もちろんそうだ。俺の情報源はお姉さんかクソガキしかいない。そして口を滑らせるのは、高確率でクソガキだ。


 俺は笑顔を浮かべただけで、答えをはぐらかすことにした。

「本館について詳しく教えてくれ」

「それ、人間は知らないほうがいいよ」

「なぜ?」

「あんたらが言うところの『妖怪』が住むところだから。行っても生きたまま食われるだけだよ」

「地獄だな……」

 なにかメリットがあるならともかく、デメリットしかないのなら行く意義がない。


 だが、妖怪、か。

 ネコに化けているクソガキは、もちろんそうだろう。お姉さんも。イチカも。


 俺が質問を投げるより先に、イチカがこちらを覗き込んできて告げた。

「ボク、その地獄から来たの」

「悪かったよ」

「ううん。ホントに地獄みたいなところだから。それに比べると、こっちは平和でいいよね。人間は理由がないと争わないから」

「その『理由』ってのも、あってないようなもんだが」

「でも、ばったり会っただけで相手を食べたりしないよね」

「それは……そうだな……」

 獣ならやる。

 だが、人間のままではやらない。


 イチカはポシェットから鍵束を取り出した。それからひとつ選んで、師匠の部屋のドアを開けた。

「どうぞ」

「えっ?」

 なんだこいつ?

 どこの部屋も入り放題なのか?

「こんなこと、特別だよ? 本当なら、捜査に必要なこと以外しちゃいけないんだけど」

「捜査って?」

「あとで教えたげる。ほら、中に入ろ?」

「ああ……」


 *


 師匠の部屋を訪れるのは二度目だ。

 家具などの配置は以前のままだが、やけに片付いていて整然としている。まるで自分の死をあらかじめ予見していたかのように。


 イチカはくんくんとあちこちにおいを嗅ぎ回っている。

 もし仮にイヌ並みの嗅覚なんだとしたら、なにか見つけてくれるかもしれない。


 俺は俺で勝手に本棚をあさった。

 いろんな本があった。このアパートに、こんなに大量に本が流通していたのかと驚くほど。まあ中には……お姉さんが押し付けたと思しきホモ漫画もあったが。あとはアパート内の印刷機で作られたと思われる雑誌類。


「わ、ふうちゃん、まだこういうの描いてたんだ……」

「読むか?」

 覗き込んで来たので、俺は漫画を渡してやった。イチカは自分の仕事も忘れて食い入るように読み始めた。


 俺は別の雑誌をめくってみる。

 本の間にメモでも挟まれていないかと……。


 アテがあって探しているわけじゃない。

 ただ、死んでしまった師匠のことを、少しでも知っておきたかっただけだ。知ったところでどうにかなるわけでもないのに。


 もしかすると師匠は、死の予感はありつつも、本当に死ぬつもりはなかったのかもしれない。遺言のようなものはまったく見つからなかった。


「ね、霧島さん。座って」

「えっ?」

「捜査について教えてあげる」

 イチカはホモ漫画を持ち帰るつもりなのか、小さなポシェットに数冊ムリヤリ突っ込んでいた。サイズがおさまらなくて飛び出してしまっている。


 俺は対面のソファに腰をおろした。

 他人の自宅で……それも故人の部屋でくつろぐ趣味はないのだが。


「俺に教えていいのか? 部外者だぞ」

「ううん。もう部外者じゃないよ。だってこれ、捜査だもん」

「……」

 善意でドアを開けてくれたのかと思ったら。

 まんまと巻き込まれたようだ。


 イチカはいたずらっぽく笑っている。

「いいじゃん。ボクと一緒に捜査したかったでしょ?」

「そんなわけあるかよ」

「えーっ? でもこのアパートのヒミツ、知りたいんでしょ?」

「関係あるのか?」

「ないよ。けど、ボク優しいから、ムリにでも関係を作ってヒミツを教えてあげる。捜査に関係することなら情報共有していいんだ」

 これは善意か?

 それとも裏があるのか?

 無邪気な笑みを浮かべているところを見ると、どうやら両方という気がする。


「霧島さん、もうボクの助手だからね! 毎日一緒に捜査しようね!」

「毎日は勘弁してくれ」

 間違いなく暇だが、だからといって毎日フラフラしているわけにはいかない。ただでさえ、まったく生産性のない居候生活なのに。


 イチカは哀しそうな顔で斜め下から覗き込んできた。

「えっ? ボクと一緒にいるのイヤなの?」

「そうじゃなくて。家のこともしないとだから」

「ふーん」

 とはいえ、俺になんらかの役割があるわけでもないが。


「で、なにを捜査してるんだ? 俺はなにをすればいい?」

「うん。じつはね、本館からこっちに入ってきて、人間のフリをしてる悪いのがいるんだ」

「男か? 女か?」

「男だね。背も高くて。年齢は……おじさんかな」

 大雑把な情報だ。

 背の高いおじさんということしか分からない。そして、それに該当する人物はそこら中にいる。

「ほかに特徴は?」

「えーとね、おじさんのにおいと、獣のにおい」

「……」

 俺はつい自分のにおいをかいでしまった。

 たぶん俺も似たようなにおいのはずだ。


 イチカは苦笑いしている。

「もー。霧島さんのことじゃないよ。そいつはもっと獣のにおいが強いから。そもそも人間じゃないし。どんなにうまく化けてても、ボクには分かるんだ」

 見た目では分からないが、においなら分かる、ということか。

 そして俺には分からない。

 イチカにしか分からない。


「そいつの目的は?」

「自分だけの軍隊を作って、禁足地きんそくちを突破すること、かな」

 人間も妖怪も、考えることは一緒か。

「物騒なヤツもいたもんだな。その禁足地ってのはどこに?」

「具体的な場所は言えないけど、本館と別館をつないでる場所だよ。犯人は、本館での権力争いに負けたから、この別館で巻き返そうとしたんだね。人間を巻き込んじゃダメなのに……」

 妖怪同士の権力闘争というわけか。

 しかし人間を集めたところで、まともな戦力になるのだろうか。

 もし妖怪の力が、クソガキやお姉さん程度のレベルなら……物理的にも人間のほうが強いかもしれないが。

 あるいは道具を使ったり、戦術を練ったりするのは、人間のほうが得意なのかもしれない。


「分かった。手を貸そう。もしそいつの計画が成功したら、面倒なことになりそうだしな」

「そうこなくちゃ! じつはこの部屋にそいつのにおいが残ってたんだ。ボクたちより先にこの部屋に入ってたみたい」

「えっ? どうやって? そいつも鍵を持ってたのか?」

「違う。阿家智さんが生きてるときに、普通に会ってたんだと思う」

 確かに、壁をぶち破られた形跡はない。普通に鍵を開けて入ったのだろう。外側から開けるには鍵がもうひとつ必要。内側からなら、師匠が生きていることが前提。今回は後者ということだ。


 俺はつい首をかしげた。

「てことは……。そいつ、師匠の顔見知りってことになるのか?」

「たぶんね。心当たりない? 霧島さん、弟子なんでしょ?」

 痛いところを突いてくる。

 確かに弟子だが、師匠のプライベートに関してはなにも知らない。

 友好関係も不明。

 特に、このアパートで再会したのは、つい最近のことだ。師匠が共和国でブレインをやっていたことさえ知らなかった。

「すまんな。まったく分からん」

「気にしないで。それを探すのが今回のお仕事なんだから。一緒に頑張ろ?」


 しかし引っかかる話だ。

 このところ、師匠は身の危険を感じており、かなり忙しくしていたはずなのだ。たいして面識もない人間と会っている余裕があるだろうか?

 もし、そいつのためにわざわざ時間を割いたのだとしたら……。以前からの顔見知りか、あるいは無視できないほどの大物ということになる。

 前者の手掛かりはない。しかし後者なら……。きっと有名人だろう。俺が知らずとも、誰かは知っているはず。たとえば近所の住民が、顔を見ているかもしれない。

 もっとも、ここは過疎エリアだから、ご近所など機能していないし、通行人さえほとんどいないわけだが。


 *


 帰宅すると、お姉さんが夕飯の用意をしているところだった。

 大きな鍋で野菜を煮ている。シチューだろうか。

「ただいま」

「お帰りなさい。阿家智さんの部屋はどうでした?」

「なんもなかったよ……」

 みんなのいる部屋に戻った安心感からか、俺はついそんなことを口走ってしまった。

 お姉さんはうっすら笑顔を浮かべたまま、こちらを見た。

「中を見たということですか? 鍵もないのに?」

「あ、いや……。例の、イチカって少年にばったり会って……そしたらなんでか鍵を持っててね……」


 すると寝そべってクッキーを食い散らかしていたクソガキが、ぐっと身を起こした。

「ま、そんなこったろうと思ったゾ」

「ホントに偶然だったんだ」

「あいつ、人間のオスを見るとすぐなつくからな。どうせオマエのこともご主人さまだと思ってるゾ」

「そう悪く言うなよ。あの子、仕事で来てるって言ってたぜ」

 いや、そこまで情報を開示すべきじゃなかったかもしれない。

 クソガキは立ち上がり、こちらへ近づいてきた。かと思うと、顔を近づけてにおいをかいできた。

「うーん……」

「なんだ、うーん、て。かぐなよ」

「ま、あーしはワンコロじゃねーからな。においじゃなんも分かんねーけど。でもどうせ油断してお喋りしてるうち、あいつの仕事に巻き込まれたとかそーゆーオチだろ? もう全部分かってんだゾ」

「……」

 なんだこいつは?

 エスパーか?


 お姉さんも深刻そうに溜め息をついた。

「あの、霧島さん。いっくんって、いっつも危険な仕事ばかりしてるんです。もしなにか約束したんだとしても、すぐに手を引いたほうがいいと思います」

「師匠にも関係する話なんだ」

「それでも……」

 まっすぐにこちらを見つめてきた。

 本当に心配してくれているのだろう。

「ありがとう……。分かったよ。明日、また話をしてみて、危険そうなら手を引くよ」

「できればもう会わないほうが……」

「大丈夫。少し話すだけにするから」

 善意を裏切るようなマネはしたくない。

 だが、まだ大丈夫だ。まだ危険じゃない。いつでも引き返せる。


 クソガキは座布団に腰をおろした。

「ま、あーしとしては、どっちかってーと、またオマエが誰かを殺すんじゃないかのほうが心配だけどな」

「は?」

 俺の抗議にも関わらず、クソガキは返事もせずクッキーをむさぼり始めた。

 メシ前だってのに、どんだけ食う気だよ。

 散らかし放題だし。


 現状、ワンちゃんが人探しをしているだけだ。

 こっちだって命のやり取りをするつもりはない。


(続く)

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