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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第二部 朱

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20/82

新しい生活

 朝、リビングから聞こえてくる姉妹の口論で叩き起こされた。

 いや、姉妹というより、喋っているのは姉だけだが。


「どういうつもりなの!? いつもいつも! 今回は本当にやめてよ!」

「……」

「昨日、約束したよね? ね? たまちゃん! 聞いてるの? ねぇったら!」

「……」

「もーっ!」

 ネコがうんともすんともにゃあとも言わないせいで、お姉さんが一人で怒っているように聞こえてしまう。


 無視して二度寝しようと思ったが……。いちおう仲裁の必要があると思い、俺はベッドから出ることにした。


 ドアをあけ、リビングに顔を出す。

「おはようございます」

「あっ……あのっ……おはようございます……」

 お姉さんはちゃんと洋服に着替え、エプロンまでしていた。自分が怒鳴っていたのが恥ずかしくなったのか、バツが悪そうに身をくねらせている。

 一方、ネコは座布団の上で顔を洗うのみ。


 お姉さんはこちらへ近づいてきた。

「あの、霧島さんからも言ってやってください。たまちゃん、すぐ調子に乗るから」

「うん……」

 なぜケンカしているのか、心当たりがある。


 昨晩、寝ていると、布団にネコが入り込んで来た。

 それはいい。ネコはよくそういうことをする。

 だが次に目を覚ますと、人間に戻ったクソガキが俺の毛布をぶんどっていた。ぶんどるのはいいが、服を着ていなかった。

 俺は内心めんどくせーことになりそうだとは思ったが、疲れていたので無視して眠ることにした。


 そして朝を迎え、このザマとなった。


 ネコは余裕で大股をひらき、ぺろぺろと舐めている。もはや俺たちを煽っているようにしか見えない。


「俺、出てったほうがいいのかな?」

「待ってください! 出ていかないで!」

「でも俺さえいなければ、こんな問題は起きないわけだし」

「朝ごはん! 朝ごはん食べましょう! ねっ?」

 このお姉さん、なんだか悪い男に騙されそうな性格をしている。

 不器用というかなんというか。


 朝ごはんは、昨日の残りのスターゲイジーパイだ。

「姉ちゃんさぁ、これもうやめてくれよ。ほとんど食に対する冒涜だゾ……」

 メシの時間になると、クソガキも人間の姿に戻った。着替えまで済ませている。いつもの半袖半ズボン。

 お姉さんはまだむすっとしている。

「たまちゃん、怒るよ?」

「べつにマズいって言ってるわけじゃなくてさー」

「だって可哀相でしょ! このお料理、いつもいつもネタにされて! 私、おいしく食べられるってことを証明したかったの!」

 お姉さんのアレンジがどこまで入っているのかは不明だが、確かに味は悪くなかった。いわば白身フライのようなものだ。小麦が白身を包んでる。どこで釣った魚なのかは気になるが。

 ヤバいのは見た目のインパクトだけ。

 まあクソガキの言うように、しいてこの姿にする必要があるのかは謎だが……。


 俺は余計な口を挟むつもりはなかったが、一秒でも早くケンカを終わらせたかったので、食事を始めることにした。

「ま、とりあえず食おうぜ。せっかくうまいメシが目の前にあるんだ。お喋りしてたらさめちまう」

 そして「いただきます」をしてパイにナイフを入れた。


 *


 皿洗いは俺がやらせてもらった。

 部屋を借りてる上にメシまで用意してもらったのだ。そのままなにもしないわけにはいかない。まあキッチンはお姉さんの領域らしかったので、いきなり俺が立ち入っていいかは分からなかったが。これが余計なお世話でないことを祈るとしよう。


「霧島さん、このあとお時間ありますか?」

 少し落ち着くと、お姉さんが紅茶をいれてくれた。

 ネコはどこかへ消えた。

「あるよ」

 腐るほどある。

 むしろ暇しかない。

 できれば師匠の自宅を訪問したかったところだが、それはいまじゃなくてもいい。


「簡単な術をお教えします」

「術?」

「この世界では、手で印を結び、言語で式神に呼びかけることで、いろんなことができるんです。テレビの操作とか」

「ほう」

 それは「人の道を外れた技」とかいう話だったが……。教えてくれる気になったのか。

 もっとも、テレビの操作くらいなら、師匠も多賀峰もやっていたようだ。秘術というほどのものでもないのだろう。


 俺はかおりのいい紅茶をすすり、ほっと息を吐いた。

「しかしその……式神というのは?」

「人工知能のようなものとお考えください。それが霊障を介して……つまり電波みたいに機能して、いろんな現象を起こしてくれます」

 この世界でだけ通じる術――というか手続きというわけだ。


 *


 説明はこうだ。

 印には様々な機能がある。

 もっともメジャーなのはポインティングだ。指の間から覗き込んだものを捕捉し、標的にできる。標的といっても、必ずしも攻撃対象という意味ではなく、おもに情報を取得する目的で用いる。プログラミングで言うところの、ユニークIDの取得とでも言おうか。

 その標的に対し、別の印と言葉で動作を命じることになる。


 つまりテレビを操作したかったら、この印を結んでテレビを覗き込み、「かのものに命ずる」とかなんとか呼びかけるわけだ。

 インチキめいているが、それがこの世界では期待通りに機能する。


 実際、お姉さんはテレビを操作して見せてくれた。映し出されたのはどこかの部屋。人の姿はない。壁に大穴が空いているから、きっと俺が住んでいた部屋だろう。覗きだ。犯罪だ。


 *


「こうすることで、離れている相手と通信することができるんです」

 テレビだけがぽつんと置かれた部屋で、俺たちは画面を覗き込んでいた。

「師匠の部屋も覗ける?」

「いえ。阿家智さんのテレビはセキュリティがかかっているので」

 本当にプログラミングみたいだな。

「ハッキングはできないの?」

「合言葉さえ分かれば」

「思いつかないな」

 師弟関係はあったが、師匠の個人情報はほとんど知らない。

 趣味さえも。

 まあ覗けたとして、もう本人はこの世にいないわけだが。


 お姉さんは振り返ってこちらを見た。

「ですが、術を使うのは、テレビの操作だけに留めておいてください。術を応用すれば、いくらでも危険なことができますが……。あまりやりすぎると、怖い人たちに目をつけられるおそれがありますから」

「怖い人たち?」

「と、とにかく怖いんです!」

 真剣な目をしている。

 乱用すべき術ではない、ということだ。

 だったらなぜ俺に通信の方法を教えてくれたのか……。


 彼女はまた画面を見た。

「あ、でもテレビを使えるだけでも便利なんですよ。たとえばこうして……。かしこみかしこみ、神社へお伝えください。今晩の食材をお届けください……と。これで神社に行くことなく、夕飯の食材を届けてもらえます」

「マジか……」

 オンライン宅配サービスか?

 便利すぎる。

 神さまはそれでいいのだろうか?

「式神が勝手に気分を察知してくれるので、カレーの食材が届くと思います。私、いまカレーの気分なので」

「呪いのアパートだと思って住んでたのに、なんか最先端のタワマンに見えてきたよ」

「えっ? たわまん? えっちな言葉ですか?」

 ぎょっとした顔でこちらを見てくる。

「タワーマンションだよ。すごい高いマンション」

 このサイコパスお姉さんは、いっぺん自分の人生を見直したほうがいいと思う。


 *


 リビングに戻った。


「ま、またお茶いれますね」

「俺がやろうか?」

「いえ、いいんですよ。いつもやってることなんで。座っててください」

「うん……」

 部屋に転がり込んで来た男が、なにもかもを女性にやらせる。そういうことをしていると、いろんな意味でダメになる。

 そうは思うものの……。しかしここはあまりに居心地がよすぎる。


 俺は壁によりかかり、ぼうと壁を眺めた。

 静かだ。コンロの火の音と、換気扇の音だけがする。窓は閉まっているから、夜なのか朝なのか分からない。いやずっと夜なのは知っているが……。見えないだけに、もしかしたら朝なのかも、という幻想を抱ける。


「お姉さん、たまちゃんとは本当の姉妹じゃないんだよね?」

「はい……」

 やや怪訝そうな表情。

 聞かれたくない様子なら、俺も踏み込まないつもりでいたが……。これは聞いていいのか悪いのか分からないリアクションだ。

「差し支えなければ、どんな感じで出会ったのか、教えて欲しいなと思って。そのー、しばらくご厄介になるわけだし、二人の事情を知っておこうと思って」

「拾ったんです。それで、お世話して……。それだけです」

 なんとか笑顔を浮かべてはいるが、かなりの情報を省いて説明したことが分かる。

 言いたくないのかもしれない。

「なるほど」

「……」


 お姉さんはじっと火を見つめている。

 あきらかに会話を打ち切られた。


「たまちゃん、いつもこうなの?」

「はい。出かけたら、いつ戻ってくるかは気分次第ですね」

「そう」


 また会話が途切れた。

 いや、いまのは俺のせいか。

 だが、話の広げようもなかった。


 すると今度は、お姉さんから話題を振ってきた。

「霧島さん、たまちゃんのこと、どう思います?」

「えっ? どうって?」

「一人の女の子として見てます?」

 この世界には、真顔でジョークを飛ばしてくる悪い大人がいる。

 だが彼女のそれは、どうやらその手のジョークではなさそうだった。

 まあいい。

 紅茶を飲んでいるタイミングでなくてよかった。飲んでたらたぶん吹いている。

「俺が? あのクソガキを? いやいや。まあかわいいクソガキだなとは思ってるけど、べつにそういうのはないよ」

「でもたまちゃん、あなたのこと狙ってますよ」

「はい?」

「昔からずっとそうなんです。男の人に聞くと、最初は否定するんです。でも、そのうち……」

 はい?

 あのクソガキ、そういう感じなのか?


 お姉さんは白目をむいた。

「そのせいで、私、まだ処女なんです……」

「……」

「霧島さんは、たまちゃんに手を出さないでくださいね。私、今度という今度こそブチギレちゃうかもしれないので……」

「はい……」

 すぐにでも引っ越しを検討したほうがよさそうだ。

 ここにいたら、生命を危険にさらすことになる。


 急にドアが開き、クソガキが帰ってきた。

「おい、あいつまたいたぞ。なんなんだよ」

 いきなり苦情を喚き散らすものだから、お姉さんも困惑顔だ。

「あいつ? 誰に会ったの?」

「例のワンコロだよ!」

「いっくんのこと?」

「そうそう。そいつ。イチカ。なんか探してんのかな? まさか、また本館からなんか入り込んできたんじゃ……」

「たまちゃん!」

 お姉さんは食い気味に制した。

 いったいなにがマズかったのか。

 本館?

 クソガキはとぼけるように斜め上を見ている。自分はミスしてないみたいな顔で。


 もしよそに本館なるものがあるとすれば、いま俺たちが住んでいるのは別館ということになる。

 だが、いったいどこにそんなものが?

 秘密の抜け穴でもあるのだろうか? もしかして、アパートの出口もそこに?


 クソガキはこちらを見た。

「おい! オマエもあいつに構うなよ! 見かけても無視だゾ! 無視!」

「無視は可哀相だろ」

「ちっとも可哀相じゃねーゾ。あいつ、偉そうな連中に尻尾振りまくってるだけのワンコロだかんな」

 それを生きるためにやっているなら簡単に否定すべきじゃない。

 好きか嫌いかはともかく。


 ま、クソガキの命令を聞く筋合いもない。

 あのイチカという少年、会って話を聞く価値がありそうだ。


(続く)

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