男爵令嬢に激しく嫉妬をした公爵令嬢は、王太子殿下への想いを振り切って騎士団長と幸せになる。
「わたくしを婚約破棄?それはいけませんわ。反対致します。
何故なら、わたくし程、このリュウド王国の王妃に相応しい女性はいないからですわ。
え?そちらのアリアという女を王妃にしたい?何をいっておられますのやら。
男爵令嬢なのでしょう。そもそも男爵令嬢ごときに、この王国の未来の王妃が務まるとは思えませんわ。
あら、市井に貴方様は下る予定ですの?それとも、男爵家の婿に入る予定?だってそうでしょう?我がトリス公爵家を怒らせて、ただで済むと思っているのかしら。
第二王子殿下を支持してもよろしくてよ。
貴方様を支持してきたのはわたくしの婚約者でしたので。わたくしを婚約破棄した貴方様を支持する必要なんて金輪際ありません。
そうですわね。市井に落ちて、野垂れ死ぬのが貴方様に相応しいですわ。
だってそうでしょう?わたくしを捨てたのです。長年の婚約者だったわたくしを。
わたくしは貴方様の事を政略だけでなく、愛していたのですわ。
それなのに、貴方様は浮気をした。そこにいるアリアという男爵令嬢に。
ええ、ええ。わたくし、しっかり調べましたのよ。だって貴方様の事を愛しているのですもの。
貴方様は優秀ではないけれども、そこは目を瞑るつもりでしたわ。
わたくし、優秀ですから、貴方様をしっかりと支えていこうと思っておりましたの。
アリアなんてそこの女に、貴方様を王妃として支える事なんて無理ですわ。二人して市井に落ちて、野垂れ死ぬのが良いですわね。
男爵家に婿?男爵家をつぶしましょう。目障りですもの。
貴方とそこのアマ、いえ、アリアでしたわね。イチャイチャしているのを見るのはわたくし、これ以上耐えられませんの。
えええ、王立学園でさんざん、イチャイチャしていましたわよね?わたくしという婚約者がいながら、それって思いっきり不貞じゃありません?
わたくし、イチャイチャを見た日の夜には、五寸釘をもって、アルド様の人形の胸を釘で夜な夜な打っておりましたのよ。
愛しているからこそ、許せなくて。だから、具合が悪かった?お前みたいな悪女は国外追放だ?何を言っているのです。
わたくしみたいな令嬢が、いきなり国外へ行って生きていけるとでも?
こういう時に、都合よく隣国の皇太子殿下が迎えにきて、フェリシア、結婚して欲しいだなんて展開になったらいいのでしょうけれども。
わたくし、隣国の皇太子殿下とは、挨拶をした程度の知り合いで。皇太子殿下はそもそも結婚しておりますし。そうなりますと、隣国へ行ったって、ろくな人生、待っていない。そういう気が致しますのよ。
だから、追放なんて、そもそもそんな権限ないでしょう?貴方様に。おかしいじゃないですか。
わたくし、絶対にこの王国を出ませんわ。婚約破棄も受け入れません。
わたくし、貴方様を愛しているのですもの」
卒業パーティで、マルド王太子は長年の婚約者フェリシア・トリス公爵令嬢に婚約破棄を突き付けた。
「私はアリア・レッドル男爵令嬢と真実の愛を見つけてしまった。だから、お前とは婚約破棄をする。お前はアリアを虐めていただろう?」
そこまで言ったら、フェリシアから以上の言葉が一気にかえってきたのだ。
五寸釘?夜な夜な?虐めの件はどうなった?いや、まだ追放は言い渡していないが。あまりに一気にまくしたてられて、頭が追い付いていかない。
色々と突っ込みどころがあるが、かろうじてフェリシアに聞いてみる。
「いやその……お前はアリアを虐めていただろう?」
「虐めていた?学園で?いえ、学園では虐めていないわ。屋敷に帰って、部屋で呪っていたわ。五寸釘をもって、夜な夜な、そこの女の藁人形の胸に釘をっ。
だって貴方様を盗った女、当然ですわ。後、そうですわね。就職先を公爵家で手を回して斡旋しておきましたのよ。
わたくしの夫になるマルド王太子殿下を盗ろうとした女ですもの。卒業したら娼館へ行けるように手配しておきましたわ。
それだけ淫らなら娼館でナンバーワンになれるでしょう。
マルド様、よかったですわね。市井で野垂れ死ねとわたくし言いましたけれども、真実の愛を持って、この泥棒猫が貴方様を食べさせてくれるかもしれないわ。
ああ、でも、思いっきり待遇の悪い最下層の娼館だから、身体が持つかしらねぇ」
マルド王太子は思わず、アリアを抱き締める。
「大丈夫だ。アリア。この女を私が断罪して、君を守る」
「嬉しいです。王太子殿下」
マルド王太子はかろうじて声を張り上げ、
「王族である私を呪う事自体、重罪だ。お前を国外追放する。その後に、野垂れ死ねばいい。ざまぁ見ろだ」
「酷いですわ。わたくし、貴方様の事をずっと愛していましたのに。
いえ、わたくし、今も貴方様の事を愛しておりますわ。多少、無能でも貴方様は顔がとても良いのですもの。
愛しさ余って憎さ百倍でしたけれども、やはりわたくし、貴方様から離れられませんわ。
手紙を毎日貴方様に書いて差し上げておりますでしょう?お返事がなくてもわたくし、我慢しておりましたの。
え?王立学園で毎日会っているのに手紙なんてよこすな?いえいえ、これはわたくしの愛情表現ですわ。
だって、マルド様、そちらの泥棒猫ばかり優しくしてわたくしには優しくして下さらなくて。わたくし、マルド様と沢山、お話したいのですわ。
だから、国王陛下に頼んで強引に時間を作って頂いたのです。マルド様との婚約者としての交流時間をとるようにと。
わたくし、張り切ったのですわ。いかにこのリュウド王国が素晴らしいか。
半日に渡ってお話ししましたわ。ああ、昔は魔法と言うものが栄えていたそうですわね。
魔法文明について、マルド様に徹夜でお話して差し上げましたわ。
それから、まだまだ話し足りなくて。王都のお菓子について、わたくし研究致しましたのよ。
どこのお菓子屋さんも、工夫を凝らしていて。一軒一軒、ご説明したくてしたくて。今度、時間をとって頂けたらじっくりご説明いたしますわ」
マルド王太子は思った。国外追放はどうなった?ざまぁ見ろといったような気がするが。
周りの生徒達はいつの間にか、卒業パーティを各々楽しんでいて、立食のテーブルに出ているご馳走を食べ、談笑している。
いや、私は婚約破棄をフェリシアに宣言したんだぞ。私はこのリュウド王国の王太子のはずだが、皆、何で何事もなかったかのように、パーティを楽しんでいるんだ?
傍にいたアリアが叫んだ。
「マルド様を政略だけで縛って可哀そうです。だから、私が王妃様になるの。私とマルド様は愛し合っているの。だから、貴方は邪魔なのっ」
「愚かな女ね。娼館へ送ると言ったでしょう。聞いていなかったのかしら」
アリアは真っ赤になりながら、
「マルド様が守ってくれるって言ったもの」
「そ、そうだ。アリアっ。守るぞっ」
マルド王太子は思った。
フェリシアはいつからこうなった。
極めて普通の令嬢だった。王太子である私に相応しい礼儀を弁えた令嬢だった。
そうだったはずなんだが。
そうだ……
アリアと私が浮気をするようになってからだ。
そう、フェリシアは普段、それ程、沢山話をする令嬢ではない。
マルド王太子がアリアと浮気をするようになってから様子がおかしくなったのだ。
手紙を毎日よこして、マルド王太子が何かを言うと、長々と言葉を返してくるようになった。
国王陛下に直訴して、強引にマルド王太子に時間を作らせ、長々とリュウド王国がいかに素晴らしいか、魔法文明はどうだったのかを、話し続けるのである。
護衛騎士を二名連れてきていて、トイレ以外に部屋を出る事は許されない。食事は部屋で取り、その間中、フェリシアは話し続けるのだ。せいぜい、静かになるのはトイレに行くとき位で。婚約者との交流は国王である父の命令である。
逃げ出すことが出来なかった。
それを思い出し、マルド王太子は顔を歪める。なんて苦痛な時間だったんだ。
フェリシアは、マルド王太子の傍に行って、その顔を見上げ、
「浮気は許しませんわ。わたくし、貴方様の事を愛しております。ですから……」
「フェリシア様。婚約破棄、こちらからしたらよいと思いますぞ」
「ガルド騎士団長!何を言っておられるのです。わたくしはマルド王太子殿下と結婚をし、ゆくゆくはこの王国の王妃になる身。そんな無礼な物言い、許しませんよ」
「貴方様らしくない。貴方様の幸せはそこにありますかな?貴方様は市井に出向かれ、親のない子達に、本を読み聞かせる程、優しいお方。その優しいお方が、心を病まれる程、苦しまれている。それを見ている俺は辛い。」
フェリシアはガルド騎士団長と知り合いだった。
図体はでかく、いかつい顔に傷があり、筋骨隆々の大男である。
何度か、王太子殿下の婚約者として、共に出かけた時に警護をしてもらったことがあるのだ。
その時、教会へ慰問に出かけたことがあった。
子供たちが可哀そうで。親がいない子供達。
王都の中央にある教会には沢山の孤児たちがいる。
フェリシアは慰問の後に教会に寄付をし、暇を見つけては足を運んで、孤児たちに字を教えたり、美味しいお菓子を差し入れたりするようになった。そこで、よくガルド騎士団長を見かけるようになった。
「ガハハハハ。俺も孤児だったんです。男爵家に引き取られて、いつの間にか、騎士団長まで出世してしまいました。おおっ。おおっ。何人でも肩車してやるぞ。俺は図体はでかいから力はある。ほらほら、腕にぶら下がってみろや。持ち上げてやるぞ」
そんな様子は、マルド王太子殿下との恋に苦しんでいるフェリシアにとって、気が安らぐ時間だった。
自分はマルド王太子殿下に愛されて、共に王国を背負っていかねばならない。
愛のない結婚なんて嫌。
だから、男爵令嬢なんかに愛情を向けないで。
もっともっとわたくしを見て。
わたくしと交流して。
わたくしとわたくしとわたくしと。
だから、手紙を毎日書いた。
国王陛下に直訴して、強引にマルド王太子殿下との時間を作って貰った。
王国の未来について、リュウド王国の素晴らしい点について、魔法文明について。
長々とマルド王太子に向かって一方的に話した。
わたくしの話を聞いてよ。
わたくしに興味を持ってよ。
もっともっとわたくしを愛してよ。
そんな男爵令嬢に愛し気な視線を向けないで。
悲しかった。苦しかった。
だから、婚約破棄を言い渡された時、思いっきり、長々と拒否したのだ。
国外追放なんて嫌。わたくしは愛する貴方と共にリュウド王国を背負うの。
だからだから、お願い。もう聞きたくない。絶対に嫌っーーー。
それでも、平静を装って、マルド王太子を見上げた。
本当は泣き叫びたかった。わたくしを愛してっーー。わたくしを愛してっお願いだから。
「浮気は許しませんわ。わたくし、貴方様の事を愛しております。ですから……」
心が悲鳴を上げた時に、ガルド騎士団長が声をかけてきた。
「ガルド騎士団長。ここは王立学園の卒業パーティ、何故、貴方がいるのです?」
フェリシアが問いかければ、マルド王太子も喚くように、
「そうだそうだ。何故、お前がいる?」
「国王陛下からの依頼でのう。王太子殿下が馬鹿な事をやらかさないか、見張っていてくれと言われてのう」
奥の部屋から、国王陛下が現れて、談笑していた生徒達が、皆、国王陛下に向かって頭を下げる。
国王陛下は、マルド王太子に向かって、
「お前は馬鹿か?フェリシア程、優秀な女性はいない。それに、トリス公爵家の娘だ。大事にしろと普段から言っていただろうっ。お前と言う奴は。そこの女。余程、娼館に行きたいようだな。さっさと行くがいい。男爵家は取り潰してくれるわ」
アリアはへなへなと崩れ落ちて、
「だってぇ。王妃様になりたかったんだものっ」
国王陛下は、騎士達に、
「この二人を連れ出せっ」
マルド王太子と、アリアは騎士達によって連れ出された。
マルド王太子と、婚約破棄は成立しなかった。
未だ、マルド王太子は王太子のままである。王妃の息子はマルド王太子、後の弟達は側妃の子供だ。王妃の懇願により、彼は廃嫡されず、処分もされなかった。
ただ、アリアだけは男爵家は取り潰され、王太子をたぶらかした罪により、最下層の娼館へ売られた。
マルド王太子との平和な日々が戻って来た。
フェリシアの精神は落ち着いて、普通にマルド王太子と接するようになった。
何事もなかったかのような婚約者としての交流。
「来月の結婚式が楽しみだ。さぞかし、フェリシアの花嫁衣装は美しいだろうな」
「有難うございます。マルド様」
二人で食事をしながら、当たり障りのない話をする。
ふと、フェリシアは思ったのだ。
この人は自分を裏切った。
国外追放の挙句、野垂れ死ねと言ったのだ。
あんなに愛していたのに。
あんなに執着していたのに。
この人との王国の未来を楽しみにしていたのに。
マルド王太子が、フェリシアの顔を見つめて、
「フェリシア?」
「いえ、考え事をしていたのですわ」
そう、自分は病むまでこの人に追い詰められて。
確かに自分も愛しさ余って憎くもなって酷い事を相手に言ったけれども。
でも……でも……でもっ
愛していたわ。ものすごく深く愛していて、アリアと言う女に嫉妬をしていた。
ああっ……でも、この人はわたくしが死んでもいいと思っていたんだわ。
呪いの藁人形?そうね。わたくしも似たようなものだったかもしれない。
だって、裏切ったマルド様が憎くなったから、藁人形に釘を打っていたのは本当。
まぁ、呪いだって迷信で、まったく効かないものだったけれども。
やらずには、いられなかった。
野垂れ死ね?確かにわたくしも言ったわ。だってわたくしを裏切ったのだから。
わたくしが傍にいない貴方なんていらない。そう思ったの。
あああっ……苦しい。辛い。憎くて憎くてたまらない。
でも、愛しくて愛しくてたまらない。
わたくしの心は傷ついて悲鳴を上げたまま。
このまま、この人と結婚していいの?
フェリシアは翌日から部屋に閉じこもるようになった。
五寸釘を藁人形に打ち込んで、
「許さない許さない許さない許さない許さないっ」
ぶつぶつ言っていたと思ったら、急に笑い出したりして。
両親であるトリス公爵夫妻は、その様子を国王陛下に報告した。
頭がおかしくなった娘をさすがにマルド王太子殿下と結婚させるわけにはいかない。
心が壊れてしまった。
そう判断されて、屋敷の離れに閉じ込められることになった。
婚約は解消されて、マルド王太子には、違う家の公爵令嬢があてがわれる事になった。
それから一月後、マルド王太子が新たな公爵令嬢と結婚式を挙げている日、フェリシアは離れの庭のテラスで紅茶を飲んでいた。
初夏の風が気持ちいい。庭に咲き乱れる夏の花が鮮やかで。フェリシアの心を和ませてくれる。
ふいに、声をかけられた。
「よお、フェリシア様。元気そうだな」
「あら、ガルド騎士団長。何用かしら。気狂いのわたくしに」
ガルド騎士団長が汗を搔きながら、のっそりと庭から現れた。
そして、にやりと笑って、
「気狂いは、わざとだろう?」
ドシっと丸テーブルの対面に腰をかければ、メイドが紅茶を、ガルド騎士団長に持って来る。
それをごくごくと飲み干して、
「洒落た飲み物だな。紅茶というもんは」
「貴方には似合わないわね」
「嫁に貰ってやろうか?」
「ちょっと、敬語が抜けているわよ。わたくしは公爵令嬢。もっとも気狂いなんか嫁に欲しいなんて人はいないわ」
「どこが気狂いなんだか。なんだ?王国の為に王妃になるんじゃなかったのか?あの王太子の事、愛していたんだろう?」
「嫌になったのよ。わたくしを国外追放して、野垂れ死ねと言うような男。わたくし一生、嫉妬して、苦しんで、イライラして。そんな人生、嫌。だから気が狂ったと思われれば、まぁ実際、マルド様がアリアという女と付き合っていた時のわたくしは、嫉妬のあまりおかしくなっていたわね。わたくしは平穏に暮らしたい。そう思ったの」
「だから俺が貰ってやろうか?時々、教会へ行って孤児達に本を読み聞かせてやる。平穏でのんびりした人生。そんな人生があんたには似合いだ」
「そうね。わたくしと結婚して下さいな。こんな女でよろしければ」
「ああ、貰ってやろう。フェリシア様。こんながさつな男でよろしければ」
二人は楽し気に笑った。
暑い夏が始まろうとしている。初夏の白い雲が、二人を祝うかのように、白く輝いていた。
それから、半月後、フェリシアは、小さな教会でガルド騎士団長と結婚式を挙げた。
心は満たされて、とても幸せで。
皆に祝福されて、教会を出て。
皆の綺麗という言葉に微笑んで、
愛しい夫、ガルド騎士団長のいかつい顔の頬にキスを落とした。
それから数年後、マルド王太子は国王に即位した。何年たっても正妃との間に子が出来ず、側妃や妾妃を後宮に入れたが、子がまったく出来なかったので、第二王子の子が後に王位を継いだ。
自分勝手さが、妃達に嫌われて、晩年は孤独な最後だったと言われている。
フェリシアは愛するガルド騎士団長との間に2人の子に恵まれ、教会の孤児達にも時々会いに行って、愛情を沢山注いで、とても幸せな一生を送った。
死ぬ間際に子供達に向かって、
「わたくしは王太子妃になるには失格だったけれども、いい夫や子に恵まれて幸せだったわ」
そう言い残して、眠るように亡くなったと言われている。