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訳アリの女性騎士

「ご主人、エールをお願い」


「…へいっ」


 城塞街の居酒屋{黒猫亭}にカレンは居た。


「どうぞ」

 店主は並々とエールで満たされたジョッキを、カウンターに座ったカレンの目の前に置く。


 カレンは、女性の手には余る大きさの木製のジョッキを両手で持つと、ゴクゴクと喉を鳴らしてエールを飲み下した。


「ふうぅっ」


 3分の1ほどのエールを一気に呑んだカレンは盛大に息を吐くと、残りのエールの入ったジョッキをトンっとカウンターに置いた。


 少し眉根を寄せ、その薄碧の瞳は宙を睨んでいる。


 店主はカレンの顔は見て見ぬ振りで、いそいそと開店準備に戻った。


 ∴


 カレンが開店前の居酒屋{黒猫亭}に来て、近寄り難い雰囲気を漂わせてエールを呑むのは、これで連続して3日目だった。


 ダヴィネス領主夫妻は縁あって、城塞街の居酒屋{黒猫亭}にお忍びで訪れることがある。

 いつも他のお客はいない開店前、常に二人でだ。

 領主夫妻の息抜きの場として、店主ともすっかり顔馴染みとなっていた。


 しかし、この3日間は、明らかにいつもとは違った。


 開店前は常ではあるが、護衛も付けずに領主夫人がたった一人、しかもいつもは気さくな夫人がわかりやすく不機嫌な様子なのだ。

 しかもしかも、カレンはデイドレスでもなければ、町娘風の装いでもない…思いきった変装…メイド姿だ。

 しかし、醸し出す雰囲気や品のある所作、佇まいまでは変装に至らず、あくまで“メイド風”の域は出ないことに、店主は苦笑しつつも目をつむる。

 なぜなら、庶民のように“一人でいる”機会は滅多に叶わない立場の領主夫人だからだ。


 ゆえに、店主はそっと見守るだけにしていた。


 カレンは、メイド姿で再びエールをグッと呑む。


 …まったく、どうしたものかしら…


 ・


 現在、ダヴィネス城には王都から王立騎士団の新人研修の一環として、騎士数名が滞在していた。


 王立騎士団の騎士は、貴族令息で後継者問題に関わらない者が多く在籍している。

 現在ダヴィネス城に滞在しているのも、ほとんどが貴族の令息だ。

 その中に、まだ珍しい女性騎士がいた。


 ダヴィネス領内でも、近年女性騎士はチラホラ存在する。

 皆厳しい訓練に耐え、男性騎士にも劣らない働きだ。


 王立騎士団の女性騎士も貴族令嬢だった。


 研修騎士の受け入れの日、カレンもジェラルドと一緒に挨拶の場に居た。


 王立騎士団の軍服は輝く純白で、王家の側近く仕える者達に相応しいきらびやかさだ。

 騎士達は皆それを着こなし、隙の無い出で立ちで、ダヴィネス領主夫妻…カレンとジェラルドへ順に挨拶を述べた。


 …?


 カレンは並ぶ騎士達の中に女性騎士を認め、ふと彼女の顔に既視感を覚えた。


 研修騎士は、一人一人自己紹介をしながら、ジェラルド、次いでカレンに礼を取っている。


「フレイヤ・ウェントワースにございます。よろしくお願いいたします」


 女性騎士は、アッシュブロンドをキリリとまとめた出で立ちで挨拶を述べた。


 …ウェントワース…


 女性騎士の名前を聞いたカレンは、少し考えた後、ハッとある出来事を思い出した。

 しかし、表情には出さなかった。



「今年は少しは骨のありそうな面々ですね」


 研修騎士は領主夫妻との対面を終え、同席していたフリードが率直な感想を言う。


「さてなぁ、王都で一通りの訓練は受けてるし…ここでは総仕上げだけどな」


 新人研修の責任者はアイザックだ。

 ダヴィネスでの研修は厳しいことで知られている。

 中にはごく稀に、この研修を終えずに騎士職を辞する者もいた。


「王太子殿下も受けられた訓練だが…いまだに殿下には『あの訓練を思えば、他のことは大概耐えられる』と言われる。無駄ではないだろう」


「結構気ぃ遣うんだぜー。貴族の坊っちゃま達はとにかくプライド高いからな…」


 ジェラルドの言葉に、アイザックはやれやれ、と溢した。


「その役に立たないプライドも、ここでの訓練中に打ち砕かれるのが常ですよ。私はその様を見るのがいつも楽しみですがね」


「うえっ、さすがに趣味悪ぃよな、フリードって」


 カレンの後ろを歩くフリードとアイザックの会話に、カレンはクスリと笑う。


 と、横に並んで歩くジェラルドが、カレンの肘からスルリと掌まで滑らせて手を繋いできた。


「あなたは新人研修の騎士とは初めての対面だったな」

 カレンの顔をのぞく。


「はい…皆様初々しくて…あの、何か私でお役に立てることはありますか?」


 ジェラルドは「そうだな…」と思案する。

「廊下で会ったら労ってやるとか…」


「あ! あるよ、あるあるジェラルド」

 アイザックが声を上げた。


「…なんだ?」


「『護衛研修』だよ」


「ああ、それはいいですね…」

 フリードも同意し、チラリとジェラルドの顔をうかがう。


「…そうだな…女性騎士がいることだし…」



 王都での王立騎士団の役割で、近年最も頻度が高いのは、今のところ護衛任務だ。

 王族の公務や外交の際、時に高位貴族からの依頼もある。

 外国からの賓客…しかも姫君の護衛には、女性騎士が指名されることも少なくない。


「跳ねっ返りの外国の姫君の護衛もゆくゆくはあるだろうしさ、姫様には打ってつけじゃね?って、あれ?」


 ジェラルドとフリードが、揃って目を細めてアイザックを睨んだ。


「ふふ、私は構いません。“打ってつけ”ならば尚更」

 カレンはアイザックの率直な物言いが面白くて仕方ない。


 ジェラルドはやれやれ、と短く息を吐き、「あなたがいいなら」と、カレンに役割を託した。


 それから数日後、カレンは遠乗り~城塞街の散策、という体で、護衛研修に駆り出された。

 護衛には、女性騎士のフレイヤ・ウェントワースが付く。


「レディ・ダヴィネス、よろしくお願いいたします」

 フレイヤ・ウェントワースは、礼儀正しくカレンに挨拶をした。


「よろしくね、ミス ウェントワース」

 カレンは淑女らしく、女性用の乗馬服だ。


「ウェントワース、姫様はそこらの騎士よりもよっぽど乗馬がうまい。ちゃんと付いていけよ」


「はっ」


 アイザックが釘を刺すと、フレイヤ・ウェントワースは引き締まった顔で答えた。



 ダヴィネス城の馬場から門を出ると、夏を盛りのダヴィネスの風景が広がった。

 青々と夏草の繁る丘を横目に、先頭のカレンはよく知る乗馬コースへ走り出た。


 カレンの少し後方にフレイヤ・ウェントワースが続き、そのまた後方にネイサンとアイザックが続く。


 新人とはいえ、さすが訓練された騎士の乗馬で、フレイヤ・ウェントワースは付かず離れずカレンに付いてきた。


 カレンは訓練の意味合いも込めて、少しスピードを速めたり、森の中の自然の道も走らせる。

 フレイヤ・ウェントワースは少し枝葉に気を取られたようだが、概ね問題なく付いてきた。


 遠乗りの際の休憩場所の泉まで来ると、馬を休ませるため、カレンはいったん下馬した。


「あなた、本当に乗馬が巧みね」

 カレンは微笑みながらフレイヤ・ウェントワースに話し掛けた。


「…いえ」


 …?


 何故か、フレイヤ・ウェントワースは沈んだ面持ちだ。


 …どうしたのだろう。体調でも悪いのだろうか…。

 カレンは少し心配になるが、あえてそれ以上は話し掛けなかった。


 しばらく馬を休ませた後、城塞街へ向けて一行は出発した。


 …そうだ。

 カレンは、城塞街への近道を通ることにした。


 それは下りの急勾配で、かなり上級者向けの乗馬コースと言えた。


「ウェントワース、気を付けろよー」

 後ろからアイザックが声を掛けてきた。


 カレンはチラリとフレイヤ・ウェントワースを見たが、少し緊張しているようだ。

 馬上から急勾配を見ると、崖を下るように見えるだろう。


 初めてだとちょっと怖いかしらね…


 カレンは急勾配の手前で馬を止めた。


「止めましょうか、ここを下るのは」

 振り返ってフレイヤ・ウェントワースを見ると、唇を引き結んでいる。


「いえ!自分は大丈夫です!」

 強気に答えた。


 カレンは後方のアイザックを見ると、アイザックは「まあいんじゃね?」という風に頷く。


 フレイヤ・ウェントワースの乗馬の腕前は問題ない。恐らく彼女の馬も難なく下るだろう。


 要は彼女の度胸ってことね…

 これも、研修の一環としてくれるかしら…?


 カレンはそんなことを考えながらも、「ハッ」と声掛けすると、丘を下り始めた。


 今日はキュリオスに乗っている。

 実家のストラトフォードの領地から来たキュリオスも、今ではすっかりダヴィネスの地形に慣れた。

 急勾配も足取り軽く下る。


 カレンは後ろのフレイヤ・ウェントワースが気になり振り返ると、顔をひきつらせており青ざめた顔色だ。


 …やっぱり無理させちゃったかしら…


 少しの後悔の念が湧いたが、下りきるまでは途中止めはできない。

 そのまま下りきった。


「どうどう…」

 カレンはキュリオスの首筋を乗馬したまま撫でると、フレイヤ・ウェントワースの様子を確かめた。


 フレイヤ・ウェントワースは、馬上で俯いたまま、肩で大きく息をしている。


 カレンはキュリオスに乗ったまま、フレイヤ・ウェントワースに近づいた。


「ミス ウェントワース、大丈夫ですか…?」


「…」


「え?」


「…いい気なもんだわ…!…」

 フレイヤ・ウェントワースは俯いたまま呟いた。

 と、顔を上げてカレンを見た。

 その顔色は青白く、その目は憎々しげにカレンを睨んでいる。


「!!」


 悪意の滲んだ目付きに、カレンは言葉を失った。


「おい、ウェントワース、お前大丈夫か」

 追いかけてきたアイザックが、フレイヤ・ウェントワースの様子を見て声を掛けた。


「…問題ありません!」


 その強がった答えにアイザックは眉を上げた。


 どう見ても普通ではない顔色の騎士にカレンの護衛を続けさせるわけにもいかず、あとはネイサンに任せて、アイザックはフレイヤ・ウェントワースを連れ、先にダヴィネス城へと帰った。


「なんだか、悪いことしちゃったわね、私…」

 アイザック達の後ろ姿を見送りながら、カレンはネイサンに呟く。


「いえ、レディは何も悪くないです。あれしきの勾配で怯んでいては騎士は務まりませんよ」

 さ、城塞街へ行きましょう。と、ネイサンはまったく問題にしていない。


 なかなか厳しいわね…


 これで悪い成績が付かないことをカレンは願った。


 ∴


「ペネロープ・ウェントワース」


 カレンがフレイヤ・ウェントワースと初対面の時に思い出したのは、かつて王都の社交界で、カレンにあらぬ疑いをかけてきた…ペネロープ・ウェントワース伯爵令嬢…の顔だ。


 年の頃からいって、恐らくフレイヤはペネロープの妹だろう。


 - いい気なもんだわ…! -


 フレイヤが放った言葉は、カレンに向けられたものだ。


 カレンはフレイヤがペネロープの妹だとわかっても、ジェラルドには何も報告はしていない。

 しかし、フレイヤが発した言葉には少なからずショックを受けたし、なぜそんなことを口にしたのか疑問が残った。


 カレンは城塞街から自室に戻り、午後のお茶を飲みながら思案する。


 かつて、ペネロープ・ウェントワースは、カレンの茶会仲間のひとりだった。多少身分を鼻にかけた所があったが、概ね他の令嬢達とも穏やかに過ごしていた。

 しかしある日、怒りに燃えて先触れもなくストラトフォードの邸へ乗り込んできた。

 カレンがペネロープの婚約者に懸想し、ペネロープは婚約を破棄されたとの言い掛かりをつけてきたのだ。


 カレンは全く身に覚えがなく、またペネロープの怒りの勢いに圧倒された。


 使用人達が気を利かせてその場は収めたものの、事の重大さを慮った兄が真相を探り、ウェントワース伯爵家と話をつけた。


 真相は、ペネロープの婚約者が浮気をし、そのことがバレた時に苦し紛れに浮気相手としてカレンの名を口にしたとのことで、カレンにしてみれば全くのとばっちりだった。

 後から耳にした時には、浮気相手はすでに妊娠していたとのことだ。


 なぜカレンが引き合いにだされたのか…ペネロープより家格が上のカレンが相手ならば、ペネロープは騒ぎだてはしないだろうという、婚約者のなんとも浅はかな考えからだった。


 ウェントワース伯爵は筆頭侯爵家の令嬢への無礼に、平身低頭で詫びたと言う。


 ウェントワース伯爵家は跡継ぎの令息はおらず、三人姉妹の長女であるペネロープは婿養子を取って後を継ぐ使命がある。

 婚約破棄は絶対に避けたかったが、相手の浮気により思い通りにはならなかった。


 その後、ペネロープを社交界では見掛けていない。婚約破棄という事実は、貴族令嬢にとっては手酷い醜聞なのだ。


 …あれから数年、ペネロープとは会わないまま、カレンはダヴィネスへ嫁いだ。


 フレイヤのカレンへの暴言は、恐らくペネロープ絡みだろう。

 ペネロープは今…

 カレンはすっかり王都の貴族事情には疎くなっている。

 …お母様に聞いてみようかしら…


「ニコル」

「はい、奥様」

「お母様に鳩便を飛ばすわ」

「承知しました」


 カレンは早速、王都の貴族事情に詳し過ぎるほど詳しい母へ、鳩を飛ばした。


 そして翌日、カレンの母、レディ ストラトフォードから鳩の返信がきた。

 珍しく、鳩は二羽だった。


「…!… そうだったの…!?」

 ニコルから手渡された紙片を読んで、カレンは驚いた。


 ペネロープはカレンがダヴィネスへ来た翌年に、貴族ではなく王都の商家へ嫁ぎ、伯爵家は次女が継いだとのこと。

 驚くべきは、ペネロープが嫁いだ商家は、第二王子に加担しジェラルドを陥れんとした一派だったことだ。

 となると、ペネロープは犯罪者一家の一員だ。恐らく、苦しい立場だろう。


 カレンはため息を吐いた。


「奥様、もう一羽きました」


「?」


 母から追加の鳩便だろうか…と、ニコルから渡された紙片を読む。


 - 親愛なる妹Kへ

 W伯爵家は心配ない。長女は離縁して田舎で見張り付き。3女は宣誓した騎士ゆえ、何かあれば閣下に相談を。

 兄より -


「お兄様…!」

「え?ショーン様からですか?」


 カレンはニコルに頷いた。

 さすがの手回しに感心するやら呆れるやら…

 恐らく、母からカレンの鳩便のことを聞き、念には念を…と追加の鳩便を飛ばしてきたのだ。


 いかにも心配症の兄らしく、カレンは眉を下げた。


 しかし、フレイヤの暴言は、兄の言うところの『何かあれば』に当てはまるのだろうか…?


 ・


「ご主人、お代は置いておくわね。いつもありがとう」


「へい、まいどありです!」


 カレンは{黒猫亭}のカウンターにエール代+αを置くと、内側からそっと外を伺い、そそくさと店を後にした。


 店主は珍しいメイド姿の領主夫人の行動を苦笑しつつ見守ると、開店準備を再開したのだった。


 ∴


「お帰りなさいませ、カレン様」


 カレンは城塞街にある、モイエ伯爵邸の裏口から邸へ入ると、ベアトリスに迎えられた。


 城塞街にも詳しくなったカレンは、モイエ邸の裏口から{黒猫亭}への近道を見つけていた。


 この三日間、ベアトリスとレースを使った新作を相談する…という建前でニコルを伴わずモイエ邸を訪れ、ほんの30分ほどを一人での外出に充てていた。


 ベアトリスは当初「領主夫人を護衛も付けず、お一人では外出させられません」と渋ったが、メイド服に変装したカレンを見て、何か事情があると察したのか、秘密の外出を許してくれたのだ。


 この三日間、今のところ誰にもバレてはいない、とカレンは踏んでいる。


「本当に感謝します。ベアトリス様」

 カレンはメイドの帽子を取りながら答えた。

 手には、いかにもメイドのお使い風の籠を下げている。


「…ご用事は…無事に済まれまして?」

 ベアトリスはジェラルドと良く似た瞳で、探るようにカレンを見つめる。


「はい。お陰さまで」

「でしたらよろしかったです」


 これ以上は無理は言えないわね…


 ベアトリスの心配そうな顔を見るにつけ、カレンは思う。

 現在、ベアトリスは第二子を妊娠中だ。これ以上の心配は掛けられない。

 そうでなくても、寛大にもカレンの外出の詳細は追及してこなかったのだ。

 こういった義妹の気遣いを、カレンは本当にありがたく感じた。


 ∴


 カレンを悩ませ、変装をしてまで街の居酒屋で憂さ晴らしのような行為を促したこと…それはズバリ、研修騎士のフレイヤ・ウェントワースだった。


 先日の暴言以降も、護衛研修としてカレンの護衛に当たる機会があったが、やはりカレンへの態度は冷たく刺々しい。

 しかも女性同士なので、カレンにごく近い距離で、決して他の者にはわからないような小声で新たな暴言をカレンに浴びせていたのだ。


 カレンが城塞街のドレスメーカーへ行った際には「贅沢三昧」、孤児院の子ども達と遊んだ時は「偽善だわ」、極めつけはアンジェリーナと庭を散歩した際の「姉様の気も知らないで…!」だ。


 普段のカレンなら、兄の助言に従ってジェラルドに事実を報告しただろう。

 しかし、ペネロープが今の処遇にあるのは、元はと言えば元婚約者の行動に端を発するにしろ、カレンも全くの無関係とは言いづらい。

 筆頭侯爵家であるストラトフォード家を敵に回すのは、すなわち社交界から背を向けられることに等しい現状だ。

 もしペネロープの元婚約者がカレンではなく、もっと家格の低い令嬢の名を出したなら、もしかすると事態は変わっていたかも知れない。


 誰に聞いても、カレンやストラトフォード家には何の落ち度もない。

 しかしカレンの心には、どこか後ろめたさがあった。


 ゆえにジェラルドには報告しない代わりに、モヤモヤとしたストレスだけが溜まっており、今回の“ひとり飲み”となったのだ。


 ∴


 モイエ邸で着替えを済ませ、なに食わぬ顔で迎えに来た馬車に乗ると、ダヴィネス城へ帰った。


「何か良い新商品は思い付かれましたか?」


「…?」


 自室でニコルに聞かれて、カレンは思わずは?という顔をしてしまった。


「奥様?」


 あ!そうだ。レースの新商品だったわ!


「え、ええ。ベアトリス様と良いお話ができたの」


「さようですか、それならよろしかったです」


 具体的なアレコレは話せるはずもなく、カレンは後ろめたさを伴いながらも場を凌いだ。


 カレンは、ふぅと息を吐く。

 …危ない。


 我ながら大胆なことをしているという自覚はある。

 しかし新人研修はあと少しだ。

 カレンさえ我慢すれば、もうフレイヤ・ウェントワースと関わることはないだろうし、そうは言っても彼女は有望な騎士なのだ。


「ちょっとアンジェリーナを見てくるわね」


 カレンはニコルから逃げるようにアンジェリーナの部屋へ向かった。


「母しゃま!」


 アンジェリーナはディナーを食べていた。


 ナニーとティムが見守るなか、今は一人で食べる練習をしている。


「アンジェリーナ、どう?ちゃんとひとりで食べれてる?」


 カレンはアンジェリーナの側にしゃがむと、顔をのぞき込んだ。

 ナフキンを手に取り、アンジェリーナの頬に着いたソースを拭き取る。


 と、アンジェリーナは食事の手を止め、その顔が「?」に変化し、母の顔をじーっと見つめる。


「ん?なあに?」


「母しゃま、おしょくじ…」

「ん?まだよ。もう少ししてから」

「???」

「どうしたの?」


「…母しゃま?」と、クンクンとカレンに顔を付けて匂いを嗅ぐ。

「?」

「父しゃまの夜のキスみたいな匂い…」

「!」


 カレンは咄嗟にアンジェリーナから顔を離した。


 そうだった!この子の嗅覚は尋常じゃなかったわ…!


『父しゃまの夜のキスみたいな匂い…』

 とは恐らく、お酒くさいということだ。


 しまった。


 昨日も一昨日もモイエ邸から帰宅直後にはアンジェリーナには会っていない。


 今日に限って…でもまぁ…


 カレンはティムとナニーに目を走らせたが、二人の表情はいつも通りだ。

 ホッと胸を撫で下ろす。


 もしここにジェラルドが居たなら、絶対に追及の手は緩めてもらえなかっただろう。


 実際のところ、朝食の時もディナーの時も、ベッドでさえも、目下の憂いについてはジェラルドには隠し通した。というか、隠し通せたのはひとり呑みの息抜きのお陰だ。


 カレンは別の息抜きについての思案をはじめた。


 ・


「もう一度言ってみろ、ウェントワース!」


 騎士団の詰所に、珍しくアイザックの怒号が響いた。


 詰所にはアイザックとネイサン、他にもダヴィネスの騎士が数名おり、研修騎士のフレイヤ・ウェントワースがアイザックに申し立てをしていた。


「…レディ ダヴィネスの護衛研修は、除外させてください」


「お前、自分が何言ってるかわかってんのか?」


「…はい」


 詰所に居る騎士達も、アイザックと研修騎士の様子を黙って見守る。


「理由を言え。ウェントワース」

 ネイサンが冷静に問う。


「自分は護衛よりも他の訓練を積むことを望みます」


「他の訓練だと?」


「…はい」


 アイザックとネイサンは顔を見合わせた。


 アイザックは険しい顔で続けた。

「お前、なんか思い違いしてねーか?護衛任務は生半可な覚悟じゃ務まらねーっての、わかってねーからそんなこと言えんだよっ」

 ったくつまんねー新人寄越しやがって…と、アイザックは苦々しく吐き捨てた。


「…」

 フレイヤ・ウェントワースは両の拳を握り締め、俯いている。


「ウェントワース、護衛任務は護衛対象の剣となり楯となることだ。…今のお前には誰の護衛も務まらない」

 ネイサンは静かに言った。


「…しは…」

 フレイヤ・ウェントワースは俯いたまま言葉を発した。


「? なんだ?」

 アイザックが聞き返す。


 フレイヤ・ウェントワースは顔を上げ、その勢いのまま言葉を放った。

「私は、カレン・ストラトフォードを許せない!」


「は?」

「???」


 ・


「どういうことだ、ザック」


 ジェラルドの執務室。

 ジェラルド、フリード、アイザックにネイサンも加わり、フレイヤ・ウェントワースについて審議していた。


「わっかんねーけどよ、姫様の実家の“ストラトフォード”家に恨みがあるっぽい」

 アイザックは思案顔だ。


 あの後、口をつぐんだフレイヤ・ウェントワースは一旦謹慎とした。

 領主夫人へ怨恨のある者をダヴィネス城で正当には扱うことはできない。


「フレイヤ・ウェントワース……ウェントワース伯爵家か…恐ろしいですが、カレン様への私怨の可能性もありますね…。私も王都のかつての貴族事情まではちょっと…」

 フリードが眉間にシワを寄せて考える。


「そういえば」とジェラルドは、数日前にカレンが王都の母と鳩のやり取りをしていたことをフリードに言うと、「確かに」とフリードは思い至った。


「もしかすると、カレン様は何かお気づきかも知れませんね」

 フリードはジェラルドの顔を見る。


「私は何も聞いていない…気は進まないが、カレンを呼ぼう」


 ・


 …何から話したらいいだろう…


 事の次第を聞いたカレンは、執務室のソファに座り、迷いに迷っていた。


 取りあえずは、ペネロープの婚約破棄のことかしら…と、数年前のことを順を追って説明する。


「なんだそりゃ?完全なとばっちりだぜ」

 アイザックが呆れながら驚いている。


「社交界では、味方の振りをした敵も多くて…足を取られまいと皆必死ですから…」


「……」

 ジェラルドは黙ったままだ。


「それでカレン様、お母上に何か確認されたのですか?」

 フリードがカレンに尋ねた。


 やっぱり隠し切れないわよね…


 カレンは観念して、母からと兄からの鳩便の紙片をニコルに持って来させた。

 それをジェラルド達に見せながら、新人騎士受け入れの時に、フレイヤ・ウェントワースの顔を見て、ペネロープのことを思い出したことを告白した。


「…カレン、ウィリス卿からの返信にもあるが…何故私に相談しなかったんだ、ウェントワースの妹と気づいた時点で」

 怒ってはいないが、ジェラルドは不服そうだ。


「あの…いえ、別に彼女から何かされた訳ではありませんし…」


「本当に?」


 ジェラルドは深緑の瞳で、疑るようにじっとカレンの目を見つめる。


 …まずいわ


 強い目線にそう思ったが、カレンは耐えきれず視線を外してしまった。


「…カレン」

 察したジェラルドは追及の手を伸ばしはじめた。

「何をされたんだ、カレン」


「何も…何もされていません」


「カレン、正直に言ってほしい…誰のためにもならないことを避けるためにも」


 カレンはハッとしてジェラルドを見る。


 ジェラルドの言うことは最もだ。

 本来、護衛に公私混同はあり得ない。


「…わかりました」

 カレンは、フレイヤ・ウェントワースに言われた言葉の数々を正直に話した。


 それを耳にしたニコルは目を見開いて口を手で覆っている。


「騎士の風上にも置けねーぞ」「勘違いも甚だしいですね…」「…驚きました」

 アイザックとフリード、ネイサンは、怒りを通り越して呆れる。


 そして、ジェラルドはと言うと…尚もカレンを見つめていた。

 怒気を発することもなければ、深緑の瞳を暗く揺らめかせてもいない。


 その瞳は心配そうにいたわるように、カレンを包んでいた。


 ∴


 ディナーを済ませたカレンとジェラルドは、ジェラルドの提案で、夏の夜を楽しむべく庭を望めるテラスで食後のワインを楽しんでいた。


 キリっと冷えた白ワイン…カレンの好物…を飲む。


「…美味しい」

 カレンのリラックスした様子を、ジェラルドは微笑ましく眺める。


 ダヴィネスの夏は夜の訪れが遅く、夏の庭は薄闇に浮かび上がるがごとく幻想的な風景だ。


 ディナーの時から言葉少なだった二人の間には、どこか遠慮がちな空気が漂っていた。


「…カレン」「ジェラルド」

 どちらともなく呼び掛けたが、同時だった。


 二人は顔を見合せた。


「…どうぞ、ジェラルド」


 ジェラルドは真面目な顔でカレンの手を取り、口元に寄せた。


「あなた一人に負担を掛けたことを…心から詫びたい…すまなかった」


 カレンは、ディナーの前にもアイザック以下研修騎士の指導にあたる者達から謝罪を受けた。その際、改めてフレイヤ・ウェントワースからも直接謝罪をさせると言われていたが、カレンはそれを断った。


「…もう、済んだことですから」

 カレンはジェラルドとは目を合わせず、俯いている。


「カレン、今回のことで…心を痛めていない?」


「いえ…」


「カレン」


 カレンは、顔を上げてジェラルドを見る。

 その瞳に、いつもの輝きはない。


「…上流界の習わしって、なかなか頭から抜けないものですね…事を荒立てないことが一番と、私もひとり合点してしまいました。私一人が我慢すればいいものだと…」


「カレン…そんな訳がない」


「ええ。王立騎士団の騎士は、ゆくゆくは諸外国の賓客の護衛にもあたるのですから…私は思い違いをしていました」


「いや違う」


 ジェラルドは立ち上がると、カレンの手を持って立ち上がらせ腕の中へ取り込み、片手で頬を包んだ。


「あなたの心が憂いたことが、私は何より悲しい。それに気づかなかったことも…」


 …ジェラルド… 本当に優しい人


 カレンはジェラルドの悲しげな深緑の瞳を認めると、腕を伸ばしてその胸に収まった。

「私は大丈夫です、ジェラルド」


 広い胸の温かさと、いつものムスク・ウッディの香りに包まれ、ここ数日間のカレンの悩みはどこかへ消えていく。

 ジェラルドの大きな手がカレンの頭や背中を優しく撫でる。


「私…」

「ん?」


「うまくごまかせましたか?」


 途端にジェラルドの手の動きが止まった。


「カレン?」


 カレンは顔を上向きにして、ジェラルドを見上げた。

 その薄碧の瞳は、打って変わっていたずらな策士のように煌めいている。


 ジェラルドは驚きとともに目を見張った。


「…まったく、あなたはいつの間にそんなに意地悪な子になったんだ?」

 カレンの柔らかな頬を少し悔しそうに摘まんだ。


 カレンは目を細めてふふ、と微笑んだ。

「確かにモヤモヤして…悩みました。でも目敏いあなたに気づかれないように…」

「{黒猫亭}で憂さ晴らしをした?」


 今度はカレンがハッとして目を見開いた。


「ジェラルド…!ご存知だったのですか??」


 ジェラルドはニヤリとすると、カレンの額へ長いキスをした。


「私の情報網を侮ってはいけない」

 深緑の瞳が、挑戦的に金の光彩を揺らめかせている。


「…でも、誰にもわからなかったはずです」

 変装もしたし…カレンはブツブツと文句を言う。


「夕べ遅くにビーが来たんだ」


「えっ!? ベアトリス様が??」


「どうしようか随分迷ったらしいが…いつもと違うあなたの様子がどうにも気になったらしい…」

 とても心配していた。


 ジェラルドは静かに言った。


「そんな…」

 カレンはベアトリスにバラされたことより、身重の彼女にそんなにも心配を掛けてしまったことに気落ちした。


 でも…


「ならば、なぜ夕べ私に何も聞かれなかったのですか?」


 それは…

 ジェラルドはふっと笑う。

「あなたもたまには一人の時間が必要なのかと思ったし…」


「!」

 カレンは驚く。


「気にはなったが、何かあるならば私に話すと思ってな」

 と、カレンの小さな鼻の先を摘まんだ。


 んん?


 カレンは鼻を両手で隠した。


「あなたも忙しい身の上だ。アンジェリーナを育てながら、領主夫人の仕事もこなして…日々色々なことがあるだろう。時には私に話したくないことも」


「それは…」


 ジェラルドは鼻を両手で隠したままのカレンを再び腕の中へ閉じ込めた。


「私はこうやって、すぐにあなたを閉じ込めたくなるが…あなたの性格は理解しているつもりだ」


 カレンはジェラルドを見上げて、話をじっと聴く。


「いつも私の腕の中に戻ってくれさえすれば、それでいい」


 二人はピタリと隙間なく抱き合う。


「今日のウェントワースのことがあって、すべてが繋がった」


「申し訳ありません…ご心配を、お掛けしました…」

 カレンはジェラルドの腕の中で小さくなる。


「いいんだ。気持ちはわかる…しかしそもそも、あなたが私を誘わずに{黒猫亭}へ行ったこと自体に疑いを持つべきだったな……メイドの変装までして」


 …ん?


 カレンはジェラルドの顎の下で疑問符を浮かべる。


「…ジェラルド?」

「ん?なに?」


 カレンはジェラルドを見上げる。


「あの…ベアトリス様から聞く前から、私が{黒猫亭}に行ったことを、ご存知だったのですか…?」


 ジェラルドは瞬間、しまった、という顔をしたが、すぐにそれは引っ込め、悠然とした笑みを浮かべた。


「…あなたは目立つ。どんな格好をしていても」

「心外です。あのメイドの変装はよくできてると思ってました」


 ジェラルドは、え?という顔の後、大笑いをはじめた。


「ジェラルド???」


 ジェラルドはカレンの腰に両手を回し、ゆらゆらとカレンを左右へ揺さぶる。

「カレン、あなたは知らないかもしれないが、お使い帰りのメイドは昼間から居酒屋でエールを呑んだりはしないんだぞ?」

 さも面白そうだ。


 え?そう…なの???


 ジェラルドは笑いが収まらない。

「はは、そんなメイドはダヴィネスどころか、王都でもいない。もしいたら…即クビだな」


 カレンは頬を赤らめた。


 …知らなかったわ、そんなこと…!

 しかも、最初からジェラルドの掌の上だったなんて…!


「はぁ、もう…やはりあなたには敵いません、ジェラルド」

 カレンは意気消沈の面持ちだ。


「いいや、カレン」

 ジェラルドはカレンの顎をすくう。

「それは私の台詞だ」

 揺らめく瞳で、カレンの口を塞いだ。


 ・


「皆、厳しい訓練によく耐え、つつがなく研修を終えたことを誇りに思う。騎士の心得を常に忘れず、王都へ帰り、誠心誠意陛下に尽くすよう期待している」


「「「はっ」」」


 研修期間を終えた新人騎士達に、ジェラルドが最後の挨拶を述べた。


 ジェラルドの後ろに控えたカレンも、騎士達の顔を眺めていた。


 皆、心なしか来た時よりも精悍な顔付きをしている。


 整然と並んだ騎士達の中には、フレイヤ・ウェントワースも認められた。

 少しやつれた顔もとではあるが、ピシリと騎士らしくジェラルドの話を聞いている。


 カレンはその顔を見ながら、数日前にアイザックから聞いた話を思い出していた。


 ∴


「一応神妙にしてるよ。反省文も書かせた」


 ジェラルドを含む指導陣らの話し合いで、今回のフレイヤ・ウェントワースのカレンに対する行いは、不問に伏すこととなった。


 ジェラルドは最後まで渋ったらしいが、カレン自らの「終わったことだし、行いを改めるなら私は気にしない」の言葉が効いたらしい。


「でもほんとに姫様への謝罪は無しでいいの?」

 アイザックは重ねて気に掛けた。


「彼女が考えを改めると言うならば、私は構いません」


 カレンとて、将来有望な女性騎士は応援したいのだ。

 ダヴィネスでの研修の成績が思わしくないために、未来へ影がかかることはできることなら避けたい。

 でもそれ以上に、陛下のしもべとして、王族の側近くでしっかりと勤めを果たしてもらいたかった。


 これからの態度でそれらを示してくれると約束できるなら、カレンの言うことはなにもない。


 ∴


 新人騎士達がそれぞれの馬に騎乗し、ダヴィネス城の正門に集まっている。

 王都への出立だ。


「出立!」

 引率の騎士の声で一行はダヴィネス城を後にした…と思いきや、フレイヤ・ウェントワースが馬首を巡らせ引き返してきた。


 見送りに立った者はなんだなんだとザワザワする。


 フレイヤはマントを翻し下馬すると、見送るダヴィネス城の面々…その中のカレン目指してツカツカと近づき、おもむろに騎士の礼を取った。


 カレンは驚く。


 カレンは、フレイヤとは彼女が謹慎になってから言葉を交わしていない。


「なんだっ、ウェントワース!」

 アイザックが気色ばむ。


「……レディへの数々のご無礼を直接お詫びせずには…王都へは帰れません…!」


 カレンはジェラルドと顔を見合わせる。


「ウェントワース、お前の今の行動が既に規律を乱していると、わかっているのか?」

 フリードの言葉がキツい。


「…はっ、申し訳ございません!」

 フレイヤは跪いた姿勢のままだ。


「ウェントワース、お前、」

「いいわ、アイザック卿」


 カレンはアイザックを遮った。

 アイザックは、いいのか姫様?とカレンを気遣う顔だ。


「カレン?」

「構いません」

 ジェラルドも心配そうにカレンの顔を覗いたが、カレンは笑顔を返すと、フレイヤへと向き直った。


「ミス ウェントワース、謝罪を受け入れます。どうぞお立ちになってください」


「ありがとうございます…」

 フレイヤは立ち上がると、少し遠慮がちにだがしっかりとカレンを見た。


「私の未熟な考えによるレディへの無礼な言動の数々を、心よりお詫び申し上げます」


 カレンは内心驚いていた。

 フレイヤは人が変わったように、真摯にカレンに詫びている。


 それなら…

「わかりました。わざわざありがとう、ミス ウェントワース…でも…なぜ?お姉様のことで私を許せないのではなかったの?」

 今さらかも知れないが、カレンはハッキリさせておきたかった。


 フレイヤと向き合う機会は二度とないだろう。

 フレイヤからはかなりの悪意を向けられたのだ。真実心を入れ換えたなら、その訳を知りたい。


「はっ…頭を整理して、冷静になりよくよく考えてみれば、はじめから事の次第は明確でした…すべては私の浅慮から起こしたことです」


「そう…」

 納得したということなのね。


 カレンは安堵する。


「レディへの振る舞いは決して許されることではありませんが、これからの働きで、少しでも温情にお返しできればと思います」


 温情…?  あ!


 カレンはハッとして、アイザックやフリード、そしてジェラルドを見た。


 アイザックとフリードは変わらず厳しい顔だが、ジェラルドは微笑んでいる。


 恐らく、アイザック達はカレンが事を大きくすることを望まなかったとフレイヤに話したのだ。


 カレンはジェラルドに微笑み返すとフレイヤに続けた。


「ミス ウェントワース、あなたのお気持ちはしかと受け取りました。王都へ戻られたら、陛下の御下で存分にお仕えください…これから益々女性騎士は増えるでしょう。あなたのその背中を追う方達の模範となられますよう…ダヴィネスから見守らせていただきます」


 最後は心からのエールを送った。


「はっ! しかと承りました」


 フレイヤはキリリと応えた。


 次いで再び礼を取り、颯爽と騎乗すると、ダヴィネス城を後にしたのだった。


 ・


「主人、エールを二つ」


「へいっ」


 カレンとジェラルドは、まだ開店前の城塞街の居酒屋{黒猫亭}のカウンターで、肩を並べていた。


「どうぞ」


 カウンターには、ジョッキに波々と注がれたエールが並ぶ。


「ではカレン、乾杯」

「乾杯、ジェラルド」


 領主夫妻のひとときの息抜きの時間。


 店主は「レディ、今日は変装は無しですかい?」などと無粋なことは、考えはしても口には出さない。


 多忙な二人の心安らぐひとときを邪魔するものは、誰もいなかった。

お読みいただしましてありがとうございます。

日本もビールの美味しい季節になりました。

酒豪のダヴィネス領主夫妻を、引き続きお見守りください。

よろしくお願いいたします!

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