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妖精王

〈辺境の瞳〉シリーズ 第三弾


カレンとジェラルドのお話を中心に、読み切りの形でお届けします。時系列は関係なく、二人の娘アンジェリーナが幼少期の頃のお話です。投稿はゆっくりめです。

よろしくお願いいたします。

2024/06/04 鵜居川みさこ

「父しゃま、寝ちゃったの…?」



 ダヴィネスの初夏。


 ダヴィネス城の馬場から出た先の、大きな1本の木の立つなだらかな丘に、ダヴィネス領主夫妻とその娘が居た。


 シーズンの王都から帰ったばかりのジェラルドは、久しぶりの家族水入らずの時を過ごしている。

 ピクニック・ランチを終え、ジェラルドは珍しく睡魔に意識を手放した。



 カレンは唇に人差し指を充てて、アンジェリーナに「しー」と合図し、

「よくお休みだから、このままね?」

 とヒソヒソ声で話した。


 アンジェリーナはコクンと頷くと、そうっと音を立てないように立ち上がり、少し離れた所にいる護衛のティムの元へと行った。


 アンジェリーナが生まれてからこちら、カレンはシーズンの王都には同行していない。

 来年あたりはアンジェリーナも一緒に行けたらいいな、と思っていた。


 眠るジェラルドは、自らの片手を枕に仰向けで眠っている。

 カレンは傍らに座り、ジェラルドの寝顔を見守る。


 夏草のそよぐ丘からは、夏色のダヴィネスの風景が一望できる。

 清々しい風が、丘中に生える夏草をサワサワと揺らす。


 年中多忙な領主の、ひとときの休息…


 穏やかな時間が過ぎる。



「母しゃま、コレ…」


 アンジェリーナが、何かを手に持って戻ってきた。


 まあ…!


 白詰め草で作った花冠だ。


 見れば、アンジェリーナの頭にも花冠が乗っており、ネックレス、更に両手首にも小さなブレスレットとしてはめてある。


 どうやら、ニコルとティムとでせっせと作ってくれたらしい。

 ニコルもティムも、とても手先が器用だ。

 花冠は捻れることなく、どれもきっちりとキレイに編まれており、アンジェリーナはご機嫌だ。


 カレンは、アンジェリーナから渡された花冠に顔を寄せた。


 花冠は、白詰草の瑞々しくも夏の空気をギュッと絞ったような甘い芳香を放つ。


 …いい香り…


「母しゃま」

 アンジェリーナはヒソヒソ声で、自らの頭を指差す。


 あ、私にもかぶれってことね。


 カレンは花冠を頭に載せた。


 それを見たアンジェリーナは満面の笑顔になる。

 と、さらにもうひとつ花冠を差し出し「父しゃまも」と、カレンに渡した。


 え? ジェラルドにも?


 アンジェリーナは期待の眼差しだ。


 辺境伯閣下の頭に花冠…恐らく娘であるアンジェリーナにしか思いつかないだろう。


 カレンは眠るジェラルドの顔をそっと伺う。


 …よく眠ってる…


 カレンは最大限の注意を払い、そうっとジェラルドの頭に花冠をはめた。


 …!…これは…!


 わあ…

 アンジェリーナも声にならない感嘆の声を上げた。


 少し乱れた長めのダークブロンドと相まって、花冠はジェラルドの精悍で端正な顔立ちを引き立てている。


 まったく違和感がない。


 …まるで…古の物語に出てくる妖精王みたいだわ…


 カレンは、同じく驚いた表情のアンジェリーナと顔を見合せて、声なくふふふ、と微笑み合った。



 カレンはまじまじとジェラルドを見つめる。


 …妖精王…そうね、ダヴィネスという妖精国を統べる、最強の魔力を持つ妖精の長。その魅力に屈せずにはいられない…。

 ならば、アンジェリーナはニンフかしら…?


 カレンはいつの間にかジェラルドの横にうつ伏せで寝そべると、頬杖をついた姿勢で、妖精王もとい夫の妄想に耽っていた。


「……キスはまだ?」


 !


 眠っていると思っていたジェラルドが、片目を開けてカレンを見た。


「ジェラルド、起きていたの?」


「あなたとアンジェリーナが楽しそうだったから…眠れる森の、かなと思って」

 あなたの目覚めのキスを待っていた、と臆せず言うあたり、確信犯だ。


「…眠れる森の…妖精王?」

 カレンはジェラルドを例えた。


 妖精王か…と、ジェラルドは自らの頭に乗る花冠に手をやる。


「ならばあなたは、妖精の女王だな」

 カレンの頭に乗る花冠から、そっと頬をなぞると、親指を唇まで滑らせた。


『我が女王よ、その甘き唇をもって、我に目覚めを』


 ジェラルドの滑らかな低い声、芝居の台詞のような古めかしい口調に、カレンはドキリとする。


 突如「妖精王ごっこ」が始まった。

 カレンはジェラルドのこの遊び心が大好きだ。


 ならば私も…


『そなたの望みを聞こう。しかし、我の口付けは、とこしえの誓いのみを引き換えとする。そなたに誓えるか?』


『無論。我の望みは女王への愛のみ。さあ、我に口付けを』


 なかなか強引な妖精王だ。

 カレンは込み上げる笑いを堪えながら、チュッと軽めのキスを捧げた。


『…我は妖精王なり。かような口付けでは、目覚めには及ばぬ』


 えっ?


 深緑の煌めく瞳の妖精王ジェラルドは、あっという間にカレンに覆い被さると、抜ける青空を背に深い口付けを与えた。


「ん…」


「あなたに、とこしえの愛を…」


 カレンの唇を解放すると、瞳の煌めきはそのままに、妖精王は“ジェラルド”に戻って誓いの言葉を述べた。


「ジェラルド…」

 カレンはうっとりとジェラルドを見上げた。


「あっ、アンジェリーナ様!」


 ティムの止める声を後ろに、ニンフ・アンジェリーナがパタパタと両親に近づくと、ポスリと二人の間に収まった。


 カレンとジェラルドは、その可愛らしい様に微笑み合う。


『女王よ、ニンフ・アンジェリーナにも祝福を』


『承った。ニンフ・アンジェリーナよ、望みを叶えよう。何を望む?』


『ニンフのアンジェは、お二人のキスがほしいです!』


 親が親なら子も子だ。

 妖精王ごっこの続きで、カレンとジェラルドはアンジェリーナに次々とキスを落としたのだった。

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