転生ヒロインは世知辛いこの世に光を見いだす
「転生ヒロインは世知辛いこの世を嘆く」 https://ncode.syosetu.com/n1258ir/ の続き
とりあえず、伯父侯爵の動向を探ろう。
マンガには親の描写は出ていなかった。
考えられるのは二つ。家族とは死別したか、何らかの理由で養子になったか。
残念ながら伯父侯爵についての記憶はあまりない。かなり前、一度会ったきりで、その時はかわいがってもらったような気がする。高い高いしてもらったなぁ、程度だが。
伯父侯爵に子供がいれば、養子なんて道は無いはずだけど。
現状、父におかしな様子は見られないので、病気や怪我など、伯父侯爵が引退となる要因は無いと考えてもよさそう?
今、私は8歳で、確か王立学校への入学は15歳だったかな。
あと7年の間に何があるのか。残念ながら記憶に無い。
夕食の一品であるスープが入った鍋をくるくるするお仕事を、真面目に遂行しながら考える。ナイフは危ないからと、まだ使わせてもらっていない。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい。お仕事お疲れ様」
「とうさん、お帰りー」
父がミシェルを抱えて帰ってきた。
ちなみに父もかなり見た目は良い。遺伝子良い仕事したな。
「ミシェルはお眠?」
「うん。初めて遠出したから疲れてるみたいだね。アメリーは大丈夫かい?」
「大丈夫。もう元気」
今世の名前で呼ばれて、やっぱり自分は転生したのだと実感する。
そういえば、町並みはオランダなのに、名前はあんまりオランダぽくない気がする。フランス映画に「アメリ」ってあったな。おぅ、そうだ。マンガでもアメリーだった。
なお、前世の名前は思い出せていない。
しかし思い出せないで良かったかも。変な未練や違和感を感じずにすむ。
あくまでも今の私は「アメリー」だ。ここで生きている。
そう気づけただけでも、なにも考えずに二次元の設定に引きずられずにすんで良かったかもしれない。
マンガ準拠だとは思うが、乙女ゲーム準拠だったら最悪だ。バッドエンド怖い。
……待てよ。
不意に気づいて、お玉代わりのでっかいスプーンがぴたりと止まる。
ミシェル、いたか?
スプーンを手元でくるりと回しながら考える。
妹が居た描写はなかった気がする。
父も、母も、妹も。肉親設定は何も思い出せない。マンガだから端折られてるだけ?乙女ゲームだったらその辺設定あったのかな。
設定集欲しい。
ただ、家族が亡くなってたら、いくらなんでもあんなお花畑の脳天気具合にならないと思うんだけどなー。でもあくまでも二次元だからなー。油断しゃだめか。
悪いことは起こらないと思いたい。
「アメリー、そろそろ良い?」
「うん。大丈夫。お野菜柔らかくなった」
巨大スプーンでスープを掬うの難しい。お玉ほしい。
「ねぇ、アメリーに言われて気づいたんだけど、マティアス様にミシェルをご覧に入れなくて良いかしら?」
「兄さんに?そうだなぁ、一度見せに行っても良いかもしれないな。父上や母上も会いたいだろうし」
「お仕事は大丈夫?」
「休暇の申請をしてみるよ。この際だ。半期くらい逗留してみようか」
「じゃぁあなたの都合がわかったら教えてくれる?私もお休み取るから」
「わかった」
おぉ。とんとん拍子とはこのことか。
パンの中心部の柔らかい所にチーズをのせてぱくり。むぐむぐと噛みしめながら両親の様子をうかがう。
パンは黒くてちょっと酸っぱい。こっちはドイツパンかぁ。そんでもって穴あきチーズ。
いやぁ、町並みはオランダ風、名前はフランス、パンはドイツ、チーズはエメンタール。スイスだな。
ごった煮極まれり。この勢いで味噌醤油で日本をぶっこんでくれ。
それにしても半期逗留とな?
暦を思い出してみる。
たしか50日で1期として数え、それ掛ける5期、250日で一年だったか。
ここはナーロッパ準拠で1年365日じゃないのか?面倒くさい。
でもって一期50日、1年250日て。こりゃ乙女ゲームのパラメータ管理優先の仕様だなぁ。
パンの端っこ部分はスープに浸たすためにちぎろうと、一人格闘する。むぎぎ。かったいなぁ!
手が震え始めたところで、父がひょいと取り上げ代わってくれる。視線は母の方に向けたまま。
ありがとーと礼を言いつつ私用の小さめスプーンでスープに浸かったパンを突く。
ヒロインが入学する王立学校の淑女課には5科目あってな。
その5科目を50日間の間に満遍なく10コマづつ履修すれば、季節の区切りである1期の間でパラメータを各50上げられるわけだ。
1年5期のうち、デートイベント盛りだくさんの長期休みはまるっと1期分あったな。
結果、学習面で上げることができるパラメータは1年で最大200。わっかりやすーい。計算楽ー。
もし1週間7日で1年365日だと52週以上ある。250日てのはより早く終われて、周回がやりやすいと。
最初は慣れないけど、パラ調整には便利だと某SNSで見た。
休暇が取れた気になってきゃっきゃとはしゃぐ両親を眺める。
半期って言うとけっこう長いぞ?そんなに長く休んで大丈夫?首にならん?
ヒロイン優遇?まさか。もしかすると伯父侯爵の威光から忖度されての緩さかも。平民だろ?父、ちゃんと仕事してる??
急に不安になってくる。もしかして父って仕事できない系?
パンがスープでふやけるのを待つ間にソーセージを食べる。お。こっちはボロニアソーセージ。イタリア入ってきたぞ?
「とーさん」
「ん?なんだい?」
「とうさんってコネ採用?」
「コネって?」
「おじさんのおかげで仕事にありつけてるの?ちゃんと働いてる?」
父の手からぽろりとパンが落ちる。
「いきなり何!?」
「えー。半期も休んで、お仕事大丈夫なのかなって」
「半期もって。みんなそれくらいお休みあるよ?」
「え?」
「お父さん、みんなより働いてるよ?みんなが代わりばんこに長期のお休み取ってる間も、領官の第一補佐官だからって……」
へにゃりと眉を下げて切々と訴えられる。なんだなんだ、いきなり涙目だぞ!?
「みんな交代でお休み取ってるのに、この2年くらい、私だけお休みなしなんだよ?一番使い勝手良いって何?いくら兄上から「こき使ってよし」って言われたからって。一日二日の短い休暇は取れるけど!私だって長期休暇取って、マリエルやアメリーとずーーっと一日中一緒に過ごしたいのに!!」
半期って、長期休暇って、まさかバカンス!?
わはは!いきなりここだけ現代ぶっこんできたな、おい。
いや、バカンスって……再びチベスナ顔になる。
騎士や役所が長期休みってあり?その間戦争起こったらどうすんだ??矛盾ありまくりだろ。嘘くさい。
「そりゃぁ領官や騎士とかは長期休みないけどさ。平の職員はみんな交代で休み取ってるのに……。せっかく、わざわざ「ここ」で平民になったのに。こっそり役所の試験受けて、平職員になったのに。あの時エルネストにさえ見つからなければ…」
めそめそぶつぶつし出したぞ。
母がよしよしと頭をなでる。子供か。
呆れ顔にならないように、顔面に力を入れてスプーンをくわえる。
ん?いや待て。気になる部分があったな。
『わざわざ「ここ」で』?ここでしか「バカンス」は無いってか?
「でもお隣のコレットのおうちのおじさんはいっつもお仕事してるよ?金物屋のドミニクおじさんのお店だってお休みないよ?」
「ああ。長期休暇があるのはこのバリエ伯の所だけだよ。それと普通のお店は、お休みの日は自分で決めてるだろう?」
「そうよー?フクリコーセー?だかなんだか知らないけど、そのせいでバリエ伯の領地にあるお役所は大人気なんだから。お給金も良いし。試験も難しくてなかなか入れないんだから!その点お父さんはたった一回目の試験で受かったのよ!さすがよね!」
「そうだぞぅ。お父さん、お母さんのために頑張ったんだから!」
「あなたったら!!」
おおぅ。両親が暴走している。ベタ惚れか。子供の前でいちゃつくのはやめろ。
思わず、すいと目を細める。フクリコーセー……福利厚生?どこからその概念が?
うわ気になる。気になるが!!!掘り下げるのは危険かもしれん。私8歳。子供。
思わずにやりとする。
見つけたかも!転生者様!!
乙女ゲーム?マンガ?逆ハーレム?そんなもんどうだって良い!!
どうにかして調べねば!!!!
伯父侯爵のことはすっかり頭の片隅に追いやって燃える私の前で、まだ両親は手に手を取って見つめ合っている。
ちらりとベッドでに転がるミシェルを見ると、すやすや眠っている。
彼女は2歳。まだまだ手のかかる年頃だ。
近々、弟か妹ができるかもなぁ。年子じゃないだけマシか。
続きました。