chapter2
なぜ彼女に惹かれているのか.もちろん美人だったというのもあるが,一番は声.落ち着いた低い声に心がもっていかれたのだと思う.思うのだけれど,いま目に映っている和泉さんは落ち着いているとはとてもいいがたく...いや,あれは落ち着いているのか.授業中に安らかに眠っている.
もうかれこれ15分は額を机に押し付けていて,先生はそれを無視して授業を続けている.
ときどき寝息なのか寝言なのか,かすかに声が漏れていて,それに聞き耳を立ててしまう.特に意味を紡ぐ言葉というわけではないから他の人は気にも留めないが,私にとってはそれが心地よく聞こえる.
それにしてもここまで授業への参加を放棄する人は見たことがない.つまらないのだろうか.
彼女のストライキが敢行されるのはたいてい古典や日本史といった文系科目だ.逆に理数系の授業では手が忙しく動いている.
私もどちらかというと理数系の方が好きなので,ちょっと話を聞いてみたい.けれど友達でもないのにそういうことを聞くのはなあ,と弱気になる.
和泉さんとは朝と帰りにあいさつを交わすくらいで,私のことはクラスメートの一人という認識だと思う.そもそも彼女はあいさつを皆と交わしていてとても外向的な人なんだと思う.一方で誰かと一緒にいるところを今のところ見たことがない.昼休みも教室にいないし.他クラスの友人のところにでも行っているのだろうか.
しばらくしてチャイムが鳴り,昼休みに入る.
私はいつも通り勉強しながら昼食を食べようと,鞄の中に手を差し込み,お弁当と参考書を掴みかけたとき,和泉さんが席から立ちあがった.
また教室の外に行くのかな,と想像していると,彼女の足は私の横で止まる.
「今日の夜メッセージ送ってもいい?」
「え...? う,うん,いいよ...?」
それだけの会話の後,和泉さんはすたすた歩みを進め,教室の外へ行ってしまった.
残された私の手は何も掴むことなく,しばらく鞄の中に隠されたままだった.