chapter1
「和泉さん,今の話聞いていましたか?」
窓を開放している教室は春風を取り入れて暖かい.少し前までマフラーと手袋が手放せなかったのが嘘のようだ.なんなら暑いくらい.
先生に名指しで注意された彼女は,反省の意が全くこもっていない間延びした「すみませーん」でその場をやり過ごす.
先生はあきれながら授業を再開し,それを見計らって和泉さんは窓の外に視線を移すのだった.晴れた日はたいていそんなやりとりを目にする.
いったい窓の外に何があるんだろう.他クラスの体育をのぞき見しているわけではないようだし.私は授業中,内職することはあっても勉強に無関係なことに気を取られることはない.だから教室という箱の外に興味を示す彼女につい視線をやってしまう.
今気を取られていることがまさに勉強に関係ないことだなと矛盾していることに気づいて,慌てて板書を始めた.
あれは始業式の日,体育館から早めに戻ってきて塾の課題を解いているとき.学年がひとつ上がり,新しいクラスの面々が続々と教室に集まる中,ひとりが私に声をかけてきた.
「名前,なんて読むの?」
あまりクラスメートと話すことがないので,急に初対面で話しかけられて少し驚く.驚きながら努めて静かに,
「かずのみや,です」
そう答えた.答えた流れで目線を上げ,相手の顔を覗くと,
「あ,そうなんだ.わみやかと思った.まぁわみやなら廊下側の席だもんね.わたしはいずみ.席すぐ近くだから,よろしく」
そういって笑顔を浮かべる彼女,いずみさんは私の斜め前の席に座った.一方の私はといえば小さい声で「こちらこそ」というくらいしかできず,新学期早々に人間性の違いを見せつけられてしまう.同時に彼女をとらえた私の視線は他に移すことができないでいた.
これが一目惚れというやつなのだろうか.やかましい心臓の音で,塾の課題は全く手につかなくなってしまった.