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井の中の蛙

作者: 雉白書屋

 井の中の蛙、大海を知らず。


 その蛙は井戸の中で生まれ、そして育った。

大きな蛙である。無論、種の枠組みから逸脱するほどではないが。

 何にせよ、彼には敵はいなかった。

 彼が主。彼が王。彼が支配者。

 餌はある。それに共に生まれ、食らい合いの中、生き残ったメスも何匹かいる。

何不自由なかった。安寧の日々。

 と、言っても所詮は蛙。そもそもその小さな脳は悩みや不満など抱かない。

腹を満たし、眠り、そして繁殖期を待つのみ。

 時々、その井戸の中から空を見上げるが、想うことは無し。

 

 その日が来るまでは、だが。


 いつもと違った空であった。

 曇天。空を隠す黒々とした雲。いや、それをも隠す、大雨が地に降り注いだ。

雨はこれまでも何度かあったが規模が違う。

井戸に流れ込む水の量と箇所は時が経つほど増え、そして井戸は完全に水没した。

 彼は汚泥が舞う水中からぴょんと飛び出し、斜めに倒れている木、その枝に乗った。


 彼は刮目した。人が見れば『まるで川のようだ』と呟くような辺り一面、水の世界。

普段生えている雑草は沈み、所々、木はあるが、どこまでもどこまでも

水平線は広がっているようだった。

 そしてそれは流れを生んでいる。

彼はそれはどこまで、そしてどこに向かっているのだろうと疑問に思った。

 降り注ぐ雨粒が顔にかかり、彼は何度も瞬きをする。

 パチパチパチパチ。

 脳内でも思考が弾け、火花を起こしている。

 そして彼はさらに混乱をが生じさせるものを目にした。

 流れに飲み込まれている生き物。

巨大であるが、必死にもがいている様からして泳げないようだ。

それが人間であり、近くの田んぼの主であり

助けを求めていたことも彼にはわからないが

次々と押し寄せる情報の洪水により、彼はこう思った。


 知らなければよかった。


 彼はくらくらくら目を回し、そしてポチャンと水の中に落ちた。

 流れ流され、その最中、彼はそれが楽と知った。

 そして彼は後に流れ着いた先で海を目撃し、更なる混乱に陥るわけであり

雨上がり、海岸にて呆然とする彼を見た子供が

『わあ、すごい。蛙がここまで流されて来たんだ!』

ときゃっきゃと笑うが彼には何のことか、わからないのである。

 そして子供も彼の胸中がわからない。

 しかし、それでいいのだ。


 井戸から出て海を目にした彼は

『知らない』『わからない』は楽であることを知ったのであった。

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