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短編 79 異世界ひでお伝説

作者: スモークされたサーモン


 異世界転移の勇者物も書いてみたいなぁ。実はへっぽこで後世に伝わってるのとまるで違う真実だった、という感じで書きたいなぁ。


 という訳で書いてみた!


 


 英雄王ひでお。


 この国の者ならば幼児とて知らぬものはいない建国の父である。


 彼は異世界からこの世界を救うためにやって来た異邦人とされている。


 彼はこの世界で出会った仲間と共に荒れきった国を平定し、新たな国を築いた。


 誰もが努力すれば幸せになれる国。そして誰もが他人を敬い助け合う、慈しみの精神に満ちた国。


 伝説となった英雄王ひでお。


 彼によってこの国は建国され世界は平和になったのだ。


 彼の英雄伝説は後に彼の妻となった一人の聖女との出会いが始まりだったとされている。


 そう。表向きには。


 巷に溢れる英雄王物語に残された記述ではそうなっている。


 だが真相は勿論異なる。


 そもそも英雄王の本当の名前は『ひでお』ですらない。


 異世界から堕ちてきた者。


 英雄王の真の名は『田中英彦』である。


 そして本当の彼は裁縫と編み物をこよなく愛する乙女系男子。


 聖女が『よし、こいつに昨日、破れたパンツを直させよう』と話し掛けたのが英雄王ひでお伝説の始まりであったのだ。


 異世界から来た田中英彦。


 彼が街のお針子さんとして、わりと異世界に馴染んでいた一年目の出来事であった。




 普通の人間であった田中英彦。

 

 伝説に詠われる『英雄王ひでお』は身の丈二メートルを越す巨漢にして剛力の持ち主とされている。彼の振るった鉄剣『山崩し』は国宝として今も国王の椅子として使われている。


 英雄王ひでおは重さ二十キロを越す鉄塊を笑いながら片手で振り回したと伝説にはある。


 その剣の一振りで山をも崩した鉄剣。それが英雄王ひでおの剣。鉄剣『山崩し』の由来となる。


 勿論全て捏造であるが。


 お針子として働いていた田中英彦である。


 剣はおろか、棍棒すら彼は、ろくに使えなかったのだ。彼の武器は人生を一貫して針と糸である。


『ひでー! またパンツ破れたー!』


『あいよー』


『ひでー! 今度は靴下に穴空いたー!』


『あいよー』


『ひでー! お洒落したいからドレス作ってー!』


『あいよー』


『ひでー! 悪い王様を倒しに行くよー!』


『……え? 俺も行くの?』


 いつの間にかレジスタンスのメンバーに加入されていた田中英彦はこうして歴史の表舞台に、ではなく舞台裏で打倒国王を掲げるレジスタンスを支えることになる。


『ひでー! みんなの目印になるようなのを、なんか適当に作ってー!』


『うーん。同じ色のマフラーとかスカーフでいいか?』


『うん。それで!』


 後の国旗となる『ひでおブルー』はこうして生まれたのだ。


 レジスタンスを陰で支えるその他大勢の一人として田中英彦は働いていた。


 このときの田中英彦は無名の人物である。聖女と仲の良い、男性のお針子。レジスタンスの中でも特に目立つことのないモブである。異世界人であることも特に役立つこともなく戦士や騎士の陰に隠れていった。


 田中英彦自身が目立つことを避けていた節がある。


『この世界の事は、この世界の住人に任せるべきだ』


 そんな考えで彼は動いていた。


 陰で支えるなら問題はない。そんなことより、とりあえずパンツを直さねば。破きすぎだぜ聖女。


 そんな感じで国崩しは順調に進んでいった。


 問題が起きたのは悪い王様を倒したあとである。


『誰が王様になる?』


 これでレジスタンスが割れた。元々田中英彦はパンツを頻繁に破く聖女に連れてこられただけのモブである。


 聖女も悪い王様が居なくなった事でレジスタンスに拘る意味が無くなった。聖女は内部分裂が起こる前のレジスタンスから脱退して旅に出た。各地を放浪し人助けをする巡礼の旅に出たのだ。ただ一人、田中英彦だけをお供にして。


『……あれ? 何で?』


 田中英彦はまたしてもいつの間にか聖女に連れ回されての旅である。


『ひでー! またパンツが破れたー! 直してー!』


『あいよー』


 何故かパンツをしょっちょう破く聖女の従者として彼は聖女と旅をした。


 荒れ放題になっていた村々を巡り、聖女としての務めを果たす聖女と、お針子として、ものすごく村人の役に立つ田中英彦。


 二人は悪い王様が居なくなったのに、まるで良くならない王国における希望の象徴として広く国民の間で崇拝されるようになっていった。


 希望の聖女……そのオマケ。そんな感じである。


 内部分裂し、権力闘争に明け暮れる元レジスタンスの幹部はそれを疎ましく思った。なので刺客を差し向けた。


 ここからの冒険が『英雄王ひでお伝説』の大まかな元ネタとなる。


 聖女とお針子。その二人に差し向けられる暗殺部隊。


 一人の傭兵は聖女と田中英彦を襲おうとして一目惚れしてしまう。


 この傭兵は後に仲間となった。


 一人の暗殺者は聖女と田中英彦を暗殺しようとして一目惚れしてしまう。


 この暗殺者も後に仲間となった。


 どちらも聖女に一目惚れ。田中英彦は蚊帳の外である。聖女は頻繁にパンツを破いていたが、女としての見た目は大層よろしいものだったのだ。


 そして四人となった聖女パーティーは暗殺者達から逃れるため、国を離れ隣国へと逃れる事になる。


 かの有名な『三国同盟』の走りはこうして生まれたのだ。


 この時出会った隣国の寵姫とのロマンスが後世では有名な話として伝わっている。


 隣国の姫君に見初められた英雄王ひでおが心揺れてしまう一幕だ。


 聖女と姫君との間で揺れる英雄王。


 彼は三日三晩悩みに悩んだ末、聖女を選ぶのだ。そして隣国の姫は涙を流して身を引く。永遠の愛を誓いながら。


 でも実際はこうである。


『ひでー! パンツー!』


『あいよー』


『あの……ひでー殿? わたくしの下着も……』


『……あいよー』


 この時代の女性が特に脆いパンツを使用していた訳ではない。聖女と姫のパンツが頻繁に破けていただけである。田中英彦は聖女の従者。それが彼の立ち位置である。これが普通の男であれば、そんな会話の場に存在することすら許されなかっただろう。


 しかし聖女は姫君と仲良しであったのだ。聖女の従者たる田中英彦は常に彼女の側に控えていた。何時なんどきパンツが破れても良いように。


 パンツ破きすぎ! 


 田中英彦はいつもそんなことを思いながらパンツを直していた。


『ひでー! なんかお洒落なの作ってー!』


『……うーん。鉄のパンツでいいか?』


『お洒落じゃないよ!』


『うーん。ダメか』


 こうして出来たのが『愛のフリルスカート』である。


 今も隣国に伝わる婚約指輪に並ぶ愛の証しは聖女の無茶ぶりから生まれたのだ。


 そして隣国の姫はこの可愛いフリルスカートを特に気に入った。


 この下りを後世の者が脚色して隣国の姫君とのロマンスが生まれたとされている。


 田中英彦は隣国の姫と仲良しにはなったが恋仲にはなっていない。しかしこんな会話はあった。


『何でお姫様もパンツが頻繁に破けるんですか?』


『……それを知ったらあなたを殺すか、わたくしの婿にするしか道はありませんが……どうしても知りたいですか?』


『……パンツにそんな重荷を背負わせるな!』


『ひでのパンツは軽くて履きやすいよー?』


『そうじゃねぇよ!』


『……ひでー、ではなくて、ひで殿なのですか?』


 田中英彦は異世界に翻弄されつつも旅を続けた。


 近隣諸国を転々とし、聖女の巡礼のお供として彼は聖女のパンツを直し続けた。


 聖女は困窮する人々を救い、そしてパンツを破く。破けたパンツは田中英彦が直す。


 そうして旅は続いていた。王国の周辺諸国も荒れ続ける王国のせいで安寧と平和とは程遠い。聖女を必要とする者は沢山いたのだ。


 そんなあるとき。


 田中英彦は仲間から聞かれることになった。


『聖女様のパンツってどんな感じ?』と。


 聖女に一目惚れした傭兵あがりの戦士が聞いてきたのだ。


『……パンツだな』


 田中英彦は答えた。彼にとっては聖女云々は重要ではなく『パンツはパンツ』なのである。田中英彦は聖女を女としては見ていなかった。


 頻繁にパンツを破く女。そしてそれを男である自分に何の羞恥心も無く直すよう頼んでくる女である。いくら見た目がよろしかろうが『女性』として見るのは田中英彦であっても無理難題であったのだ。


 しかしそれは他人には理解されない事である。


『羨ましいぃぃぃ!』


『……パンツ縫ってみるか?』


『縫えるかぁぁぁ!』


 こうして嫉妬に狂った仲間によって田中英彦は、とある国の地下牢に閉じ込められてしまう。


 この事件から始まったのが『英雄王ひでおと地下帝国』の物語である。


 仲間によって陥れられた英雄王ひでおが繋がれた地下牢。その地下牢には隠し通路が繋がっていた。そこから地下牢を逃れた彼は地上侵略を企む地底人と出会うことになるのだ。


 実際は地底人ではなく犯罪者である。懲役として炭坑で働かされていた者達が地下牢に雪崩れ込んできたのだ。彼らの脱出口がたまたま牢屋に繋がったにすぎない。


 せっかく脱出したと思ったら牢の中。がっかりするヤクザ者達を率いて彼は牢屋破りを果たす。そして荒くれどもを率いて国を乗っ取ったのだ。

 

 そして隣国が攻めてくる前に逃げ出した。


 この国は元々危うい状態だったので田中英彦はすぐに逃げる事にしたのだ。勿論荒くれどもにも説明した。


『この国ヤバイぞ? 問題だらけでヤッバイぞ?』


『うるせぇ! てめえの指図は受けねぇ!』


 彼らは自由を得たと思ったのだろう。荒くれの誰もが浮かれていた。田中英彦は説得を諦めて一人、滅びが確定している国を逃げ出した。いくら牢屋からの謀反とはいえ荒くれだけで乗っ取れる国である。既に末期は過ぎていた。


 周辺国から攻め込まれる直前に田中英彦は国を抜け出せた。


 そしてその足で田中英彦が一人向かったのは砂漠の国。


 彼はそこに行く途中、オアシスへと向かうキャラバンに拾われることになる。


 これが『英雄王ひでおと熱砂の美姫』の物語となる。


 砂漠のオアシスを訪れた英雄王ひでおは運命的な出会いを果たすのだ。砂漠の部族、その姫とのロマンスがここで語られる。


 一人砂漠に来たひでおはキャラバンの姫と恋仲に落ちる。そして愛を交わすのだ。ひでおがキャラバンの一員としてしばらく暮らしているとここに聖女が現れる。そして修羅場が始まるのだ。


 これは残念ながら事実と大体同じである。


 キャラバンの姫とラブラブしているところに聖女が現れて大激怒する流れは実際に起きた事でもある。


 姫の年齢は全く違うが。


 物語では妙齢の美姫とされているが、実際の姫は三才である。


 田中英彦は子供に好かれるお兄さんだったのだ。聖女は幼女を肩車させながら仕事している田中英彦を見て大層驚いたという。

 

『なんでこんな小さな子のパンツを縫ってるのよー!』


『いや、命の恩人だし』


『私のパンツが全滅なのよー!』


『戦士に縫ってもらえば?』


『とっくに死んだわよー! アサシンもー!』


『おやまあ』


 田中英彦も大変な目に遭っていたが、聖女も大変な目に遭っていた。


 恋敵を排除した戦士とアサシンコンビは聖女に嘘をついた。


『田中は聖女様に愛想を尽かして去っていきました。もう二度と奴が帰ってくることはないでしょう(ぐへへへへ。これで聖女ちゃんのパンツは俺のもの)』


『……パンツどうしよう』


『我らがなんとか致しましょう(俺が縫ってやんよ。ついでに洗濯もしてやんよ! ひゃーはっはっはっはっは!)』


 戦士とアサシンは中々にエキセントリックな仲間達であった。だが当然というか必然と言うか。邪な彼らではなんともならなかった。


 聖女のパンツは聖なるパンツ。


 邪なるものは触れただけで裁きが下る聖遺物である。


 パンツがすぐに破れてしまうのは普通の素材では聖なる力に耐えられない為。聖女と仲良しな『隣国の姫君』も聖女と同じ『聖なる乙女』である。一国の姫であり、聖女でもある彼女には巡礼の義務が免除される。


 その分、国の民を幸せにするという責務を負うのだ。


 聖女という称号は『自称』ではないし『伊達』でもない。


 そしてそんなすごい相手のパンツを縫える田中英彦も、ある意味ですごいパンツ職人だったのだ。


『ひでー! パンツー!』


『……俺、裁縫師でパンツ職人と違う』


『聖女がノーパンだとバレたら怒られるのー!』


『……まぁパンツは履いてて欲しいわな』


 この『英雄王ひでおと熱砂の美姫』の物語では英雄王ひでおが美姫と約束をしてから砂漠を去るという流れになっている。


『必ず王になって戻ってくる。その時は妻になってくれ』と。


 この美姫は後に第三夫人となって英雄王ひでおを支え続けたという。


 これも大体事実に則している。


『ひで。なんか王国がキナ臭いわ。火消しに行くわよ』


『……え、俺、裁縫師なんだけど?』


 田中英彦は聖女に首根っこを掴まれて砂漠をあとにすることとなった。幼女姫はそれを見て笑顔で手を振り見送った。分かっている幼女である。


 王国へと舞い戻った二人はかつての同胞達、レジスタンスの仲間達と出会う。今の王国を支配する者達ではなくて、かつて悪い王様から国を救おうと東奔西走していた、かつての仲間達である。


 彼らも仲間であったはずの元レジスタンス幹部から酷い仕打ちを受けていた。賊軍扱いで討伐対象である。権力を手にしたかつての仲間は狂ってしまった。

 

 だからどうか助けて欲しい。


 かつての仲間からの懇願に再び剣を取る英雄王ひでお。

 

 これこそが『英雄王ひでおと国崩し』の物語になってくるのだ。


 彼はレジスタンスを率いて真っ向から城に乗り込み鉄剣『山崩し』で城門を破壊した。


 そして城内に雪崩れ込むと悪い奴等をばっさばっさと斬り倒して国に平和をもたらしたのである。


 英雄王ひでおが『英雄王』と呼ばれるのは、この偉業を讃えての事なのだ。


 実際は勿論異なる。


『ひでー! なんか策あるー?』


『……うーん。俺が直接関わるのはヤバくないか? この世界からすると部外者だろ?』


『私と結婚すれば関係者! 神様! 私達結婚します!』


『……マジで? 俺、隣国のお姫様がタイプなんだけど』


『なにー!? あの子は私のだー! あの子と結婚したくば私と結婚するのだー!』


『…………とりあえずあれだ。城の地下に抜け道あったよな。あそこを破壊して城を崩そう。まともに攻めるのは損害が出すぎるから』


 田中英彦が武器を取り、実際に戦った記録はない。しかしこの時から参謀『お針子田中英彦』として作戦会議に毎回参加するようになったと記録には残っている。


 レジスタンスによる陽動作戦。そしてその陰で行われる卑怯にも思える破壊工作。


 レジスタンスのメンバーも『聖女のオマケが指揮してるよ。終わったな、俺達』と諦め半分であった。自暴自棄ながら作戦は順調……とは言えないが、それなりの速度で進んでいった。


 そして地味な地下通路破壊工作を始めて一週間後。

 

 城が唐突に崩れ落ちた。


 城壁に囲まれた城を遠まきに囲んでいたレジスタンスの陽動部隊も正直な所、驚愕である。彼らは田中英彦の作戦が上手く行くなんて全く信じていなかったのだ。


 城が崩れ落ちたので旧王国は完全に消滅した。かつてはレジスタンス幹部であった現王国側の首脳部も城と共に崩れ落ち、全員が埋もれ死んだ。


 戦力差にして百倍を越す相手を殲滅。それもたった一週間で被害は軽微そのもの。


 これは偉業と言えるのだが、あまりにも偉業過ぎた。


 お針子田中英彦はレジスタンスのメンバーから化け物扱いされることになる。


 これが『英雄王ひでおは敵に一切の情けを掛けなかった。歯向かうものは、たとえ赤ん坊でも皆殺しにした』という伝説に繋がっていく。


 しかし当の本人はそんなつもりなど当然ながら無い。


『ひでー! 城が壊れたー!』


『……いや、直せないから。俺、裁縫師だよ?』


『それじゃあ、パンツー!』


『あいよー』


 城を落としてなお、田中英彦は変わらなかった。聖女と仲睦まじく騒いでいる彼の姿はモブそのもの。


 レジスタンスのメンバーが『今度の指導者をどうするか』という会議を開いた時には彼は会議室の端で、ずーっと黙っていたという。聖女は聖女なので国の元首にはなれない。


 このときの彼の様子から『英雄王は背中で語る』という有名なあの慣用句が生まれる事になった。


 会議は緊張感に満ちた沈黙に支配された。誰もが田中に恐怖を抱いていたのだ。こんな男が国王になってよいのだろうかと。


 レジスタンスのメンバーは悩みまくった。そして結局今のレジスタンスの指導者が新たな国の元首に着くことになった。


 聖女も田中英彦もそれに異議を唱えることはなかった。


 こうして新たな国は復興作業から始まることになったのである。


 伝説では最初から国王として認められていた英雄王ひでお。


 しかし史実としては最初の国王は別の人となる。国の名前も別物である。


 聖女は権力とは別の次元で生きている。その従者……いつの間にか夫にもなっていた田中英彦もまた、権力とは無関係の価値観で生きていた。


 しかし彼らがそうであっても、周囲の人間は違うのだ。


 英雄王ひでおが国王になってすぐの物語『英雄王ひでおと八人の反逆者』はこの話を元に作られている。


 八人の反逆者によって国を追われる英雄王ひでお。国王になったばかりなのに、いきなりの国外追放である。


 しかしこれには面白い理由があった。八人の反逆者は全員が女性。英雄王ひでおは彼の妻の座を狙う女性達の修羅場から逃げ出す。そして砂漠の国に隠れる。そんな筋書である。わりとコメディチックな話なのだ。今回の物語は。


 事実とはまるで違うが、起きたことは大体同じである。


 妻を狙っている八人の内の一人は勿論聖女である。彼女は基本的に動じない。しかし他の女性陣が国を挙げての大戦争を起こすのだ。そして国が滅ぶ。復興途中にして完全に滅びきってしまうのだ。七人の女性も何故か死ぬ。


『ハーレムは程々にね!』


 そんな教訓を残す英雄王屈指のコメディパートである。


 で、事実はというと……滅んだのだ。物語でも滅んだが、復興途中にして王国は完全に滅んでしまうのだ。周辺諸国も巻き込んで。


 お針子田中英彦と聖女の二人に新たな国王は恐怖を抱いてしまう。そして周辺諸国の首脳陣もまたこの二人を危険視したのだ。そして周辺諸国は手を取り合い、こぞって二人を殺そうと動いたのだ。


 田中英彦と聖女は急いで王国から逃げ出した。砂漠の国へととんずらである。この二人でも逃げるしかないほどに危険な状況だった。


 様々な人に助けられて田中英彦と聖女は砂漠へとたどり着く。そして彼らは砂漠の国で一生を過ごす決意を固めるのだ。


『むきー! あいつらなに考えてんのよー! むきー!』


『……やり過ぎたんかなぁ。あ、尻出てるから、ほら』


『むきー! パンツー!』


『はいはい』


 聖女は、お冠であった。さしもの聖女とはいえ、ここまで蔑ろにされては黙っていられない。恩を押し売りしたつもりはない。しかしこの仕打ちはどうなのよ、と。


 田中英彦は対照的に静かであった。彼はほとんど怒ることがなかったと伝えられている。


 いつも優しく微笑んで針を動かしている。そんな人であったと。


『あ、聖女連合が動くかも』


『なにそれ初耳なんだけど?』


 まだまだ妻について知らない事が多い田中英彦。彼の手にはほぼ常時妻のパンツがあったという。修理中もしくは新たなパンツである。


 連合、え、複数? どんだけ? どんだけパンツを作っとけばいいの?


 田中英彦はこの時真っ青になったという。


 聖女イコール破けるパンツ。


 田中英彦にとって聖女とはそういうものであった。


 聖女連合とは……全ての国から独立した宗教組織で、この世界の神直属の超法規的機関である。バックに本物の神がいるので俗世にはあまり関わらないのも、ここの特徴である。


 悪いことを続ける国に対して天罰を行使するのがここの役割。その強権は本当に凄すぎるので行使されることは滅多にない。


『悪いことをすると天罰をくらうぞ』


 この世界では本当にあることなのだ。滅多にないが、あるのだ。


『聖女連合を決して怒らせるな』


 それが各国の王に共通する第一の掟である。


 各地を人助けしながら巡礼する聖女はこの組織の末端とも言える。

 

 だから各国家は聖女を手厚くもてなすのだ。害するなんて以ての他。


 巡礼中の聖女に手を出した時点で天罰は決定事項となる。それは盗賊、国家の隔てなく降り注ぐ。


 聖女を抱える『隣国』も聖女を殺害しようとした国のひとつである。聖女と仲良しであった姫君は幽閉され天罰への盾とされた。


 国王は恐れたのだ。


 娘をたぶらかす田中英彦の影を。そして自らの地位を脅かさんとする田中英彦の影に。


 姫君はともかく、田中英彦に玉座を望む意思は皆無である。だがそれは他人には通じないものなのだ。


 王国と周辺諸国は同盟を組み、聖女連合に対抗しようと一致団結した。その矢先である。


 天雷。


 王国を中心として広範囲の国に空から万を越える雷が降り注いだ。


 天罰てきめんである。


 これで王国のみならず、周辺諸国もまとめて滅んでいく。


 これも『英雄王ひでおと天界の主』という物語に形を変えて残っている。


 偉業を讃えて英雄王ひでおは天の国へと招待される。そこで出会う武を司る神との決闘で、英雄王ひでおは雷を受けまくるのだ。


 鉄剣『山崩し』で雷を下界へと受け流していた英雄王ひでお。いくら雷を受けても倒れない英雄王ひでおに業を煮やす武の神。最終的に殴りあいに発展し、武の神は打ち倒されるのだが、英雄王ひでおもまた瀕死の重傷を負ってしまう。


 ここで英雄王ひでおは一人の女神に命を救われるのだ。彼に恋をした殺戮の女神によって。


 中々に肩書きが物騒な女神様であるが、この辺は実話である。


 殺戮の女神に命を救われた英雄王ひでおは彼女と体を重ねてしまう。そして禁忌を犯したとして地上に落とされるのだ。罰として国を全て破壊されるというオマケ付きで。


 英雄王ひでおは嘆き悲しみ、深く後悔しながらも国を興す。


 それが『英雄王ひでお』の物語のコアとなっているのだ。


 勿論実際はかなり違う事になっている。


 天の国へは無理矢理連れていかれたし、武の女神と刺繍の女神と殺戮の女神で田中英彦の取り合いが発生したりして、てんやわんやだったのだ。嫉妬した主神によって地上に無理矢理落とされなければ、田中英彦は三つに裂かれていただろう。多分神の力で三人の田中英彦になっていた可能性は高い。


 砂漠の国から問答無用で天の国へと拉致された田中英彦。彼が落とされたのは滅びきってしまった『旧隣国』であった。そこで彼は一人生き残った姫君と出会い共に旅をすることになる。


『ひで殿……あの、下着が……』


『……あいよー』


 二人きりの旅。二人の関係はすぐに深まっていく。


『……』


『……』


 中学生みたいな時間は、わりと長く続いた。砂漠の国へとたどり着いた時には二人は既に手を繋ぐような関係になっていた。


『ひでー! パンツー! あ、お帰りー』


『……それだけ?』


『大丈夫なのは知ってたし』


『うふふふ。わたくしも、ひで様の妻となりましたの』


『おー! おめでとー!』


 無事に砂漠の国へと帰ってこれた田中英彦と姫。そのお祝いも兼ねて、ささやかながら田中英彦達の結婚式が執り行われる事になったのである。


 正妻の聖女。第二夫人の姫君。そして砂漠の幼女姫が第三夫人に収まった。


 幼女姫は結婚式の準備を見ている時に自分も結婚したいー! と駄々を捏ねたのだ。父親は泣いて止めたが母親がゴーサインを出して結婚と相成った。


 砂漠の国は女系社会。女が強い国である。そしてみんなノリが良い。一人取り残された田中英彦はずっと首を傾げていたという。


 結婚式当日。


 花婿作のドレスに身を包んだ美しき花嫁達が現れると結婚式会場はため息で溢れ返ったという。砂漠の女性達も絶賛するドレス。田中英彦、当然徹夜である。まさかの幼女姫参戦で彼には寝る暇も無かったのだ。


 突貫結婚式ではあったが、それは温もりに満ちていた。


 結婚式は華やかに、賑やかに執り行われた。花婿は目の下に隈を作っていたが、それでも彼は幸せそうだった。


『あ、ひでー! パンツが……』


『……パンツが?』


『あれ? 破けてない?』


『……徹夜して縫ったからな。せめて式の間は大丈夫……』


『あ、やっぱり破けたー!』


『……あいよー』


『あ、ノーパンでもこのドレスなら大丈夫だよー!』


『あの……わたくしも破けてます……その……今は何も無くて……』


『あたちも脱ぐー!』


『……すいません。本当にすいません。お義母さん、笑ってないで止めて! 娘が脱ぎたてのパンツを振り回してるのを止めて!』


 この結婚式から砂漠の結婚式は花嫁がノーパンで式の間を過ごすのが慣習となっていく。


 初夜にパンツを履かせるところまでが結婚式。そんな流れが田中英彦達の結婚式で生まれていった。


 砂漠で結婚式を挙げたあと、田中英彦達は旧王国の復興に取り掛かる。天罰で全てが破壊され尽くしていたが、生き残りも少しは存在した。


 その人達をまとめて集落を整えたのがこの国の始まりとなる。


 初代の責任者は『田中英彦』


 英雄王ひでお物語は、その大半が創作ではあるものの、ある程度は史実や事実に基づき作られている。


 だからこそ全くのフィクションとも言いがたい。だが大きく異なるのはやはりここからなのだろう。


 国を興す英雄王ひでおの元に続々と人々が集まり国が出来上がっていく。


 王国の再興はすぐに成ったのだ。


 そして英雄王ひでおは他国へと侵略戦争を仕掛けて国土を広げていく。それはこの大陸のみならず、海を越えた国へも侵略の手は止まらなかった。


 これに危機感を抱いた天の国は英雄王ひでおに呪いを掛ける。


『毎月、満月の光を玉座に座った状態で浴びねば即座に死ぬ』

 

 英雄王ひでおはこうして動きを封じられる事になり、侵略戦争は鳴りを潜めた。満月の日には必ず国にいる必要が出来た英雄王ひでお。彼は内政に乗り出す事になる。


 これが後世に伝わる『英雄王ひでおの国興し』である。


 これは史実とかなり異なる。この話に当てはまるような出来事は存在しない。


 なので、これはもしかすると田中英彦自身が残した教訓なのかも知れないと思われている。


 現に玉座の間。満月の日には必ず玉座に光が届くように窓の角度が正確に測られ配置されている。全ての季節に対応した『月の窓』が玉座の間に設置されているのだ。


 玉座の間は遥か英雄王の時代に作られたものが、今もそっくり使われている。何度も改修はされたが『月の窓』だけは窓ガラスの改修しかしていない。


 英雄王ひでおは月の女神にも懸想されていた、そんな物語も有るほどである。


 ここまでして田中英彦が後世に残したかった訓示。それは『外に求めるな。中を満たせ』というものだった。


 内政に乗り出した英雄王ひでおは法の改正に乗り出していく。これは当時の人間から反発がすごかったと物語にすら書かれている。


 英雄王ひでおの物語なのに英雄王が徹夜して法律案を書き起こしていく異端の物語『英雄王ひでおとマグナカルタ』である。


 法の改正に難儀する英雄王ひでおは各地をめぐり優秀な人材を集める旅に出る。そこで後の七賢者と呼ばれる者達に英雄王ひでおは出会う事になる。


 この七人の賢者達と英雄王ひでおが七日七晩掛けて国の根幹となる『大法典』を書き上げる。


 この『大法典』を法の拠り所とし、王国は一気に発展していくのだ。


 これはほとんど史実と同じ物語となる。田中英彦は優秀な人材を積極的に登用していた。時には遠くの街まで自分が赴きスカウトして回ったと記録に残っている。あまりにもフットワークの軽い王であるが、側には必ず聖女がいたという。


 彼は王というよりも看板のような存在であったと史実は伝える。どんな時でも玉座で針と糸を繰りパンツを編んでいたと。


 彼の人柄に惹かれて多くの人材が王国に集まっていった。田中英彦は滅多に怒らない人物であったが、役人の不正には異常な程に厳しかったと言われている。


 たとえ頭脳明晰で優秀であっても性根が腐っていると判断するや、彼はすぐにクビにして国外退去を命じたという。


 ここに為政者としての田中英彦の限界と甘さが有ると多くの研究者は分析している。


 彼は潔癖だったのだろう。王としては清濁併せ持つのが正しい姿と言える。


 物語では発展著しい様子が描かれるが、史実では小国止まりであったという。


 それは清廉潔白を旨とした王の消極的姿勢のせいであると研究者は結論付けた。それは確かにその通りなのだろう。


 七賢者以外にも多くの優秀な人材がこの当時集まっていたのだ。彼らを上手く使えれば大陸支配も夢ではなかったはずなのだ。それこそ小国であるのが馬鹿らしい程の人材が揃っていたのだ。


 他国の英雄。


 放浪の賢者。


 天才と呼ばれた建築士。


 異端と呼ばれた薬師。


 異邦の魔女軍団。


 亡国の剣士達。


 田中英彦の人柄に惹かれて集まった彼らは一国を簡単にひっくり返せる力を持っていた。


 だが田中英彦は彼らを利用することなく、ただ受け入れたのだ。一人の国民として。同じ国に暮らす隣人として。


 懐の深さ以外は為政者として失格と言えよう。


 だが田中英彦の妻は聖女でもあった。それも二人。たとえ王であっても清廉潔白を貫かねばならなかった事情があったと思われる。


 それにしても駄目な所が目立つが。


 王国が発展したのは田中英彦が亡くなってからである。王国は彼の没後に一気に領土を拡大し大陸の支配者となったのだ。


 経済発展を王が止めていた。そう思われても仕方無い。それは確かに事実なのだから。


 だが田中英彦の時代に土台をしっかりと固めていたからこそ、今の繁栄があるとも言えるのだ。


 田中英彦はこの国の基礎を固めることにずっと尽力していたのではないか、そんな学説もある。少数派ではあるが、それを否定する材料は意外な程に少ない。


 田中英彦は次代の為にその人生を捧げた。


 彼の集めた人材は後進を育て国の根幹となった。大樹を育む土壌となったのだ。


 それは確かに事実なのだろう。しかし当時、田中英彦を慕って作られた『英雄騎士団』のアホみたいな強さが全てを吹き飛ばすのだ。


 有志のみで作られた、ほぼ自警団と言える『英雄騎士団』によって当時の王国は他国の侵略を蹴散らしていた。


 その強さは正に桁違い。当時最強と言われていた帝国の侵略もお祭りがてら撃退したと記録に残されている。


 この強さが英雄王ひでお物語に繋がっているのだ。国宝である鉄剣『山崩し』も一人の剣士が使っていたものと推察されている。彼女は後に田中英彦の妻にもなったと伝わっている。


 英雄王ひでおの物語は作られた物語。だがその雛形は確かにこの国に存在していた者達なのだ。あの『山崩し』を実際に使いこなしていた化け物を妻にする時点で田中英彦は十分に傑物であると言えよう。


 英雄王ひでおは内政を整えたあと後顧の憂いを子孫に頼んで天の国へと昇って行く。


 英雄王ひでお最後の物語『英雄王ひでおの最期』である。


 内政に精を出していた彼は気付くと老齢に差し掛かっていた。己の老いを感じた彼は死を意識するようになる。そして最期に一花咲かそうと彼は天の国に殴り込みを掛けるのだ。ただひとり、その手に剣を携えて。


 勿論その手にあるのは鉄剣『山崩し』である。しかし年老いた彼は剣を持ち上げる事も出来なくなっていた。


 鉄剣『山崩し』を諦め、一本のナイフを懐に納めて彼は天の国へと向かっていった。


 そして三日三晩、空は光り続けた。


 空がいつもの空に戻ると、人々は英雄王の勝利を確信した。しかし英雄王は二度と帰らなかった。


 空になった玉座には黒こげになったナイフだけが残されていた。まるで主の最期を暗示するかのように。


 これが英雄王ひでおの最期とされている。


 そしてこれは完全に創作と考えられている。


 史実は何も残っていないのだ。田中英彦はいつの間にか死んだ事にされ、玉座から消えていた。妻達も一緒に消えたのだ。残されたのは彼がいたという記録と鉄剣『山崩し』のみ。


 妻との間に子供もいたのだが、その子らも皆消えていた。田中英彦の作った国は王国の形をした議会制であった。彼の後継者は彼の子供ではなく議会から選出された者である。だから国は荒れなかった。不自然な程に。


 この様に当時の記録は奇妙な点が多い。


 田中英彦を慕っていた『英雄騎士団』も当時大きな人員変更があったとある。


 田中英彦は物語のように天の国へと行ったのかも知れない。彼を慕う者達と家族を連れて。


 それを示唆するようなものも、一応遺されてはいる。

 

 彼の残した日記の最後にただ一言。


『家出します。探さないでください』


 ……この最後の文言によって田中英彦の評価は研究者の中で低くなっている。この日記の信憑性をも揺るがせるアホな言葉であると私も思う。


 だが長年彼の研究をして来た私には彼の言わんとすることが何となく分かる気がするのだ。


『自分の物語はここでお仕舞いだ。あとは後世の人間に任せるさ』


 彼は最後に残したのだ。ともすればふざけた言葉を。


 次代へと繋いだ男の言葉である。いつか自分の日記を見られると分かっていて彼は残したのだろう。

 

 あの最後のメッセージは後世に生きる我らに向けたもの。


 偉大なる英雄ではなく等身大の人間である彼からの言葉。


 これを胸に刻み我らは前に進むべきなのであろう。過去に囚われず前を向いて。


 英雄王ひでおは多くの名言を残している。

 

 それを引き合いに出してこのレポートも終わらせる事にしよう。


『泣きながらでも前に進め。止まるな。諦めるな。それは死んでからでも十分だ』


 勿論、これは英雄王ひでおの言葉なので捏造でありフィクションである。


 田中英彦の残した言葉にも似たようなものがある。


『逃げても良いと思うんだよ。玉にはね』


 これこそが彼らしさと言えるものなのだろう。

 

 王としてはどうかと思うが、それでも彼は国を興した立派な王なのだ。


 伝説の王、田中英彦。


 それは決して手の届かない存在ではなく、いつも隣に座ってパンツを編んでいる、そんな身近な王であったのだろう。

 


 今回の感想。


 どんだけパンツ推しなの?


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