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流れ星じゃなくなったハチ

作者: ニスコー

 ぶろろろろ…


 トラックがやってくる。真っ黒で金のラメ。トラックと言うよりどちらかというとそれは霊柩車に見えたが、きっと気のせいだろう。


「宅急便ですニャ」


 黒猫がそういうと判子を求めてくる。ほらやっぱり気のせいだった。

 何せ宅急便の黒猫さんだ。それはもうヤマト的な宅急便の黒猫さんに違いない。


 ハチは安心して判子を押した。


「ではここに置いていきますニャ」


 黒猫はそういうと棺桶を置いて帰っていく。


 棺桶…やっぱりあれは霊柩車だったんじゃ?


 ハチは恐る恐る棺桶を開けた。そこにいたのはシロクマだった。

 血の気のない真っ白な顔。顔だけじゃなく体まで真っ白だった。


「遅かったのか? 」


 シロクマは余命いくばくもなかった。

 ハチが運命を変える旅に出ている間に死んでしまったのかもしれない。


「て、おーい! 白熊なんだから白いのはあたりまえニャ」


 突っ込み不在の緊急事態に慌ててつっこんだのはドラ猫だった。さっきの黒猫とは違う。黒猫の仲間だろうか?


「お前は? 」


 いぶかし気に問うハチ。


「私はコマーシャルちゃん。最も美しくもっとも気高い。女の中の頂点に立つ存在ニャ」


 コマーシャルと名乗ったドラ猫はそういうと胸を張った。


「おミャーが1人漫才するもんだからテーマ曲を流す暇もなかったニャ。コマーシャルちゃんはテーマ曲と共に現れるのがお約束なのに。今からでも歌ってもいいかニャ? 」


「別に勝手にしたらいいが…」


 ハチが呆気にとられるのを無視してコマーシャルちゃんは歌い始めた。


「そ、れ、は、サービス! 貴方のために~、サービス! ラララララララ~、サービス! ラララララララ~、サービス! ラララララララ~」


 歌い終えたコマーシャルちゃんは満足したようにマイクをしまう。


「コマーシャルちゃんはこの世界の女の中で一番偉いのニャ。なにしろ親父様のお妃さまだから。だからこの世界の住人は一番にあいさつに来ないといけないニャ。もちろん袖の下も忘れずにニャ! 」


「お前が神と一心同体だと言う親父様と言う存在の妃なのか? 」


「YES! 」


 じゃあとりあえず拉致するか?

 最初の目標は神殺しだったためそんな考えが頭に浮かんだ。

 だが今はそれなりに友好的に行動しなくてはいけないという結論に至っているのでとりあえずそれはやめておく。

 神の弱点になりえる存在を簡単に手中に収められる状況と考えると非常におしいけれども。


「この世界は本当に皆が不老不死なのか? 」


「ピアノ売ってちょうだ~い! 」


「??? 」


「その通~り! 」


「う、うざい」


「ニョホホホホホ、だってコマーシャルちゃんはコマーシャルちゃんだからニャ」


 ハチはちょっと、いやかなりイラっときたが会話を続ける。


「そんな夢のような世界ならもっといろんな人間を集めない? この世界の住人になりたいと言う人間は五万といるだろ? なんで俺なんかを選んだ? 」


「それはシローに聞いたんじゃニャいか? 」


 確かにあのシローとかいう犬のお巡りはハチが命を奪いつつ、命の大切さを知っているからとかなんとか言っていた。あの時は勢いで納得してしまったが、もっとふさわしい奴は五万といるように思う。


「まあ、いいニャ。本人に聞けばいいんじゃニャいか? 良かったニャ。まだ死んでニャくて」


 コマーシャルちゃんはそういうとシロクマを指さした。いつの間にか目覚めたシロクマはあたりをきょろきょろと見ている。


「死んでたら食べてたところニャ」


 コマーシャルちゃんがボソリと呟いたが、それはハチの耳には届かなかった。


「良かった。目が覚めたのか」


「ここは? 」


「ここは神様も住まう土地だ」


「神様の…勝手に入ってもよかったの? 」


 シロクマは恐る恐る尋ねた。


「パスポートがある」


 ハチはパスポートをみせた。平仮名で「ぱすぽーと」と書かれている。


「これ貴方の字じゃない? 」


「本物だから問題ない」


「本物だから問題ないニャ」


 コマーシャルちゃんも同意する。漫画喫茶の名前の欄も自分で書くし、クレジットカードの名前の欄も自分で書くからパスポートも自分で書いて問題ないのだ。たぶん。


「ここにいればお前は助かる。何しろこの世界の住人は不老不死だから」


「厳密に言うとこの世界にいる間、シロクマちゃんの寿命は止まるニャ。この世界以外では生きれないから気を付けるニャ」


「な、なんだと!? 」


 そんなことは初耳だ。ハチが驚く。


「そんな話は聞いていない」


「そりゃ聞かれてないからニャ。元気になってはいサヨナラでは死にかけの奴ばかりがこの世界にやってきて寿命が延びたら帰っていくニャ。それは迷惑と言うものニャ。本当はあまりシロクマちゃんも受け入れたくないけどまだ若くてプリプリのハっちゃんがこの世界の住人になってくれると言うから特別に受け入れてやろうというだけの話ニャ」


「なんだと…」


 やはりこの世界には裏があるのか? だが裏があったと言ってもシロクマが助かるならそれにすがるしかないと言うのも事実ではあった。むしろカラクリがあるのならいい話ばかりではないということで好ましいともいえる。大切なのはこの事態をどう利用できるかだ。ハチは優秀なヒットマンだった。常に不利な状況は自分で考え危機を乗り越えてきた。今回だって乗り越えられるはずだ。


「この世界にいる間に寿命が止まるといったな。ではこの世界にいる間に外の世界でシロクマの病の特効薬が見つかったらどうなる? 」


「その場合は外の世界にでても大丈夫ニャ。ただ、特効薬があったとしても死にかけの人間を助けることはできないニャ。いくら薬があっても本人の体力がないと意味ないからニャ。そう言う点ではかなり厳しいと思われるニャ」


「…」


 ハチはシロクマを見た。


「そう、この世界は…」


 シロクマは何かを察したようだった。


「これは旅行みたいなものなのね」


 シロクマは言った。


「貴方と旅行に行くの初めてね」


「そうだったか? 子供のころはよく行ったじゃないか? 」


 ハチが首をひねる。

 ハチには昔から家族がいなかった。一匹狼だった。大してシロクマには両親がいた。シロクマの両親はハチをまるで自分の子供のように扱ってくれた。だから一緒に遊びに出かけることは少なくなった。


「旅行じゃないよ。私のお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に、一緒に行っただけじゃない? 」


「シロクマのおじいちゃんとおばあちゃんは地球の反対側に住んでいた。旅行みたいなもんだろう? 」


「それは、そうかもしれないけれど」


 シロクマは同意した。

 でもそれは本当に納得しているのかどうかは分からない。ハチに合わせるだけだ。

 シロクマはいつもそうだ。誰にでもそうする。だからみんなと上手くやっていくことができる。でも幼馴染のハチに対してまでそうするのは良く無いんじゃないかと、今初めてハチは思った。

 だってハチは幼馴染なのだし。親友なのだし。特別に仲がいいのだ。仲がいいのだからそういう我慢をさせてはいけない気がする。


「やめろ。本当のことを言ってくれ」


 思わずハチは声を荒げた。


「? 」


 シロクマが首を傾げる。

 それを見てハチは反省した。何を焦っているんだ。あまりにも情緒不安定すぎる。

 なんでそんな風に思ってしまったのか。ハチはその正体に気が付いていた。

 シロクマはハチの幼馴染だ。大切な存在だ。彼女のためにハチは命を懸けてこの地を訪れた。でもシロクマは? シロクマにとって自分がそうなのかは分からない。シロクマにとってハチは自分の世界を捨てるような存在なのかどうかは分からない。


「す、すまない。シロクマはいつも人に合わせるから。俺といるときはそうしなくてもいいと思って」


「変なの」


 シロクマはそう言って笑った。


「私が合わせなかったら誰が貴方に合わせるの? それに、私合わせるの嫌いじゃない。というか、私それしかできない」


「そんなことは…」


「私主体性がないから。ひっぱってくれる人が好き」


「そ、そうか」


「できるならひっぱっていって、さらってしまって、全部決めてほしい」


 シロクマは遠い目をしながら言った。

 それはこの世界に勝手にシロクマを呼びつけたことを怒っていないということだろうか? そうハチは思った。


「なら、この世界で一緒に…」


「でも私はここで一緒には暮らせない」


 しかしシロクマは言った。


「私にはお父さんがいるお母さんがいる。お爺ちゃんとお婆ちゃんがいる。だから一緒には暮らせない。でも最後にここであなたと過ごせるのはとても嬉しいと思う」


「家族の他にも大切な友達がいるからニャ。大切な他人がいるニャ」


 捕捉するようにコマーシャルちゃんが言った。


「振られてしまったニャ。ハッちゃんにとってシロクマちゃんは唯一無二の友人でも、シロクマちゃんにとってはそうじゃニャかった。沢山の友人の1人に過ぎニャい。だからそんな君のために一緒にこの世界には来れないとそう言っているのニャ」


「違う。私自身のために皆を捨てることができないと言っているの」


 シロクマは即座にそれを否定した。


「つまり、この世界に皆を呼べないのはつまりはそういうことなのニャ。自分だけが来ればいいという話ではニャい。世界を変える。神を変える。宗教を変える。小難しいことを考える連中にはそういう風に受け取られてしまうからニャ。ニャあシロクマちゃんそういうことニャ? 」


「人はみんな繋がっているもの。そんな勝手にできない。私ひとりじゃできないよ…」


 シロクマは今度は否定しなかった。

 ハチは思ったより意外には思わなかった。シロクマをこの世界に誘っているうちに、そうなるんじゃないかと思って、いや恐れていたことに気が付いていたからだ。

 はたして、ハチがシロクマをこの世界に誘うことは幼馴染だからとか、友人だからとか、それだけでしていいものだったのか? もっと覚悟のいるものだったんじゃないか?


「でも、旅行ならいい。この世界の住人にはなれないけれど、旅行者ならなってもいい。私はずっと夢見ていたから。貴方がいつか迎えに来てくれるんじゃないかって。最後は貴方と過ごしたいから」


「シロクマ…」


 それが無難な回答なのかもしれない。ハチだってこの世界の事をまだ信用していないのだから。でも


「お前にとって俺は特別な友人か? 」


「特別な友人だよ」


 ハチには資格がない。シロクマを迎えに行く資格はない。だってハチは世界一のヒットマンだからだ。これまではそうだった。でもこの世界なら。不老不死の世界なら人殺しは存在しないんじゃないか?


「ならお前を無理やりこの世界に奪っていく。嫌なら逃げろよ」


「嫌だよ。連れていかないで」


 しかしシロクマは抵抗しなかった。


「さて、どうしたもんかニャ」


 そんなお熱い2人を見ながらコマーシャルちゃんは考えた。実は旅行にきただけというシロクマの意見はコマーシャルちゃんにとっては都合の良い物でもあった。

 なにせシロクマは死にかけだ。死にかけに来られたらこの世界が死の世界なんて誤解をうけるかもしれない。親父様はお優しいからきにしないだろうけどそれは迷惑なことだった。死ぬ前に元の世界に戻って死ぬなら死後の世界という誤解はうけない。


「やっぱり食べちゃおっかニャア? 」


 コマーシャルちゃんは冗談交じりにつぶやいた。

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