第411話 最終話
――神々が住まう天上の世界。
地球の管理をしている神、アースはいつの間にか置かれていた黒く禍々しい邪気を放つ頭部を見て唖然とした表情を浮かべる。
『――これは……なんということを……』
この世の理不尽や不条理全てを濃縮し、煮詰めたかの様な神の頭部。
見ているだけで呪われそうだ。
しかもこの顔、見た事がある。
どこで見たのだったか……
『この顔……まさか、オーディンか!?』
オーディンとは、北欧神話の最高神にして、自らの世界の滅びを察し、この世界の神であるアースに助けを求めてきた神の名前……
そのオーディンの首が何故、ここに?
常日頃から忌々しい奴だと思っていたが、何故、死んでいる?
すると、突然、頭部が浮き上がり、歯がカタカタ動き始める。
そして、目が光り出し、爆散すると、アースは絶叫を上げた。
『ギィァァァァ!? 呪いが! この私に呪いがァァァァ!?』
死して闇に堕ちた最高神の呪いは超強力。
アースが浴びた呪いを人で例えるなら、致死性の毒物と濃硫酸を全身に受けるのと同義。
直近で最高神の瘴気を浴びたアースは雲の上をのたうち回る。
『な、これは……! だ、大丈夫か! うっ!? グァァァァァ!!』
『何が起こっ……ギィヤアアアア!?』
『だ、誰か、助け……!?』
アースを助け出そうと側に寄った神々も皆揃って苦しみ出す。
――ま、まさか、この瘴気は伝染するのか……!?
『マ、マズい。このままでは、天界が……!? 天界に住まう神々に伝染し……』
死屍累々となった神々の住まう天界。
それを想像したアースは顔を青褪めさせ、絶叫する。
『――嫌だァァァァァァァァ! それだけは絶対に嫌だァァァァァァァァ!! 私にはまだまだやり残した事があるのにィィィィ!! 私が原因で天界が亡ぶなんて絶対嫌だァァァァ!』
私はまだ地球の行く末を見通していない。
私はまだ人間で遊び尽くしていない。
私はまだオーディンの先兵たる高橋翔に死の安寧を与えていない。
苦しみ悶えていると、どこからともなく声が聞こえてくる。
『――ああ、忘れていたよ。これまで君が数多の不幸をプレゼントしてきた高橋翔君から言葉を預かっているんだ。聞いてくれるね?』
『だ、誰だっ!? た、高橋翔だと!? 何故、その人間の名前が出てくる!?』
アースは苦悶の表情を浮かべながら絶叫する。
そして……
『今まで不幸をありがとう。与えられた不幸は全て倍にしてお返しします。不幸を抱き、絶望の中、安らかにお眠りください。だってさ、拝聴ありがとう。そしてさようなら』
ロキの言葉と共に呪の力が増し、朽ち果ていくアースの体。
『――ぎぃああああああああ!!』
アースが身を捩る度、光の粒となって体が崩れていく。
それを見たロキはクスリとほほ笑んだ。
『――地球の神にしては呆気ない最後だったね。でもまあいいか。神なんて誰にでも務まる。地球に新たな神が生まれるまでの間、ボクがその役目を果たそう。他の神々が治める世界と同様にね』
オーディンの頭部という名の特級呪物で天界の神を一掃したロキは、復讐を終え安らかな表情で朽ちていくオーディンの頭部を踏み付けると、地球が映る水晶に視線を向ける。
そこには、ゲーム世界から解放された人々が涙する光景が映っていた。
◆◆◆
「……お、終わった。俺はもう駄目だ。死亡届出されてる」
「家もない。職もない。食べ物もない。俺は一体どうすりゃいいんだよ」
「ううっ、ぐす……ゲーム世界に囚われている間に三十路に……彼氏とも連絡取れないし、仕事も解雇って、私はどうしたら……」
ゲーム世界から解放され涙する人々。
「まるで浦島太郎だな……可哀想に……」
アースガルズに辿り着き、アース神族であるロキに願いを叶えて貰った俺こと高橋翔は今、数年越しに現実世界に戻ってきた人々に哀れみの視線を送っていた。
俺が叶えて貰った願いは、ゲーム世界に囚われていた人々の解放(ただし、俺がゲーム世界に連れて行った奴は除く)と、こちら側に存在するゲーム世界の住人の回収。
オーディン曰くゲーム世界はその内、滅ぶらしい。
確か、そんな事を言っていた気がする。
ゲーム世界に囚われた人達をそんな所に放置するのはあまりにも可哀そうだ。
その結果、ゲーム世界にログインできなくなると説明を受けたが悔いはない。
嫌な言い方かも知れないが、金は腐るほどあるのだ。
ミズガルズ聖国は統治は蘇らせた前教皇に任せてきたし、セントラル王国で手掛けた事業はエレメンタルと支配人に預けてきた。
ゲーム世界にログインできなくなる事で入手できなくなる氷樹の権利も現都知事に譲渡したし、その他のゲーム世界関連事業はすべて嫌な奴等(俺の敵)に押し付けておいた。
ゲーム世界内外で暮らす俺関連の人々に対するアフターフォローは万全だ。
「――思えば色々な事があったな」
会社の不当解雇から始まり、カツアゲ少年、放火、クソ兄貴の再来、暴力団やマスコミ、東京都との戦い。
現実世界にやってきたゲーム世界の人間との戦いなんてものもあったっけ……
感慨深いな。どんなに思い出を思い起こしても良い思い出が一つもない。
身に降りかかる火の粉を払うだけなのに、様々なバリエーションがあった気がする。
よくもまあ、たった数年であれだけの問題事を捌けたものだ。
エレメンタルがいなければ、俺はとうの昔に詰んでいただろう。
しかし、それも昨日までだ。
「メニューバーオープン」
ほら、こう言っても、メニューバーは開かな……え?
目の前に表示されるメニューバー。
それを見た俺は唖然とした表情を浮かべる。
「お、おかしいな……何で、メニューバーが?」
俺、ゲーム世界に囚われていた人々の解放を願ったよね?
ロキはゲーム世界に二度とログインできなくなると言っていたし、
当然、「ゲーム世界に囚われていた人々」の中には俺も入っているよね??
エレメンタルもこの世界から撤退した筈だし、そんな筈が……
すると、どこからともなく声が聞こえてくる。
『――ああ、それね。残念でした』
その声はロキ!
いい加減にしろよ。狡知神!
「――残念でしたってなんだ。残念でしたってっ! 嵌めたのか? 俺を嵌めたのかこの野郎!」
そう声を荒げると、ロキは何の悪気もなく言う。
『いやー、だって、君の願いはゲーム世界に囚われていた人々の解放でしょ? 出入り自由な君は全然、ゲームに囚われていないじゃん。それにいいのかな? こっちの世界にログインできなくなって困るのは君だと思うよ?』
「――え?」
いや、それどういう事だよ。
困るのは俺ってどういう事っ!?
『今回、オーディンを天界に送り込んだ事で、地球の神のみならず、他の神々も滅ぼしてしまったからね。今度は、今までの比にならない位の不幸が君を襲うだろう』
ロキの言葉を聞き、俺は愕然とした表情を浮かべる。
「そ、そんな馬鹿な……」
地球の神死んだの?
しかも、他の神々を巻き添えにする形で!?
思い付く限り最悪の死に方なんですけど!?
『――そうだね。思いつく限り最悪の死に方だ。神々の眷属すべてを敵に回す最悪の死に方。となれば必要になるだろう? こっちの世界の力が……』
「た、確かに……」
人間程度であれば、一生セキュリティの万全な豪邸に引き籠っていれば問題ない。
しかし、神相手にそれは悪手……。
と、なれば、どうしても必要になる。ゲーム世界の力……主にエレメンタルの力が……。
ようやく不幸続きの人生から逃れることができると思ったのに……!
「ク、クソォォォォ!!」
俺の平穏な日常はどこに行った……!
愕然とした表情で四つん這いになると、俺こと高橋翔は握り締めた拳を床に叩き付けた。
――――――――――
これにて本作は一旦完結です。これまでたくさんのフォローや評価、応援コメントをありがとうございました。
最後まで読んでいただいた皆様に心より感謝を!
最近、現実社会の中でこれだ!という問題事が中々起きないものでネタが切れてしまいました……orz
(問題が起きないのはいいことですが)社会人としての実体験も踏まえリアルに描いた部分(西木社長や石田管理本部長など)もあり、読者の皆様におかれましては「こんな人間本当にいる訳ないだろ!」と、脳を酷使されたと思います。
改めて読者の皆様、ここまでの読了お疲れさまでした。
最後に評価を付けて下さると非常に嬉しいです。
また次回作や他の場で会えることを楽しみにしています。





