第410話 最高神の恨み
突然、転移門を破壊されたオーディンは唖然とした表情を浮かべる。
「は? な、何をやっているんだ、貴様は……正気か?」
この男……この世界に炎の巨人を招き入れた意味を微塵たりとも理解していない。
あれは地上に炎を放ちすべてを焼き尽くす存在。私が見た未来で世界を焼き尽くす終末の巨人そのものだ。
あれをどうにかする為には、転移門・ユグドラシルを介して彼らの国、ムスペルヘイムに炎の巨人を送還する他ない。
なのに、何故、転移門を破壊した?
意味が分からず呆然としていると、高橋翔がパチンと指を弾く。
「今からマジックを見せる。今みたいに指を弾くと視界が変わるよ。存分に楽しむといい。自ら招いた終末を……」
『貴様……何を言って……』
「それじゃあ行くよー」
パチン
高橋翔がそう指を弾くと、視界がぐにゃりと歪み切り替わる。
そして、私ことオーディンは、その光景を見て絶句した。
『な……なななななななな……なんで……?』
目の前に広がるのは、壊れ瓦礫となった元居城と炎の巨人の侵攻により燃え盛るアースガルズ。
い、意味がわからない。
これは、どういう事だ??
何故、炎の巨人がアースガルズに侵攻している!?
私はアースガルズからミズガルズ聖国に落ちたのではなかったのか??
これは何かの間違いだ。
「間違いじゃないよ。元からここはアースガルズだ。ミズガルズ聖国じゃない。つーか、アースガルズから落下して無事でいられる時点で気付けよ」
『な、なななな……!? で、では、ビブレストを破壊していたのは一体、なんだったのだ!?』
確かに私は視た。
高橋翔がビブレストを破壊する姿を!
「ああ、それは未来の俺の姿じゃないかな? お前の目には過去、現在、未来を見通す力があるんだろ?」
『ば、馬鹿な……!』
確かに私の目には過去、現在、未来を見通す力がある。
発動するタイミングもランダムだ。
だが、目は私にいつも危機を知らせてくれた。
『それがこいつに都合のいいタイミングで……あり得ない!』
「あり得ないと言われても実際あり得た訳なんだから仕方がないじゃん。妄想ばかりしてないでいい加減、現実を直視しろよ。じゃないと終わっちまうぞ? お前の世界そのものが」
『ぐっ! 人間の分際でェェェェ!!』
アースガルズは、大いなる神々、アース神族が住む聖なる世界。
ミズガルズ聖国の遙か上空に存在し、そこに辿り着くには、ビブレストを築き上るか、空を飛ぶ以外、方法はない。
しかし、それは一度内部に敵が侵入してしまえば逃げ場がなくなる事を意味している。
「じゃあ、俺達はもう行くから、世界を終末へと導く炎の巨人と共に滅んでくれ。人に不幸を振り撒く傍迷惑な駄神様よぉ」
『なっ! 貴様、どこへ行く気だ!?』
「決まっているだろ? 来た時と同様、ビブレストから地上に降りるんだよ。お前達が追ってこられないようビブレストを破壊しながらな!」
その瞬間、アースガルズと繋がっていたビブレストが破壊されていく。
『ま、待てェェェェ!?』
この私を置いていくな!
こんな所に置いていかれたら私は……私はァァァァ!?
まるで滑り台を滑る様にビブレストを破壊し、逃げ降りていく高橋翔とロキ達に私は必死になって手を伸ばす。
『頼む! 待って! 待ってくれェェェェ!』
「きゃああああ! 炎の巨人よ!」
「炎の巨人がなんでこんな所に!?」
「誰だ! 誰が炎の巨人をアースガルズに引き入れた!」
「ぎゃああああ! 誰か、誰か助けてェェェェ!」
アースガルズ中に響くアース神族の悲鳴。
それを聞き、私は絶句する。
こんな……こんな筈ではなかった。
私はただこの世界を……アースガルズを救いたかっただけだ。
なのに何でこんな事に!?
『まあ、君の敗因は一重に人間に力を与え過ぎた事かな? 考え無しにアイテムを与えるからそうなるのさ。ボクなら絶対にやらない所業だね』
『こ、この声はロキ……! 何を言うかと思えば、貴様が人間風情に協力するからこんな事になったんだろうがァァァァ!』
『そうかもね。でも、例え、ボクが協力しなくても結果は同じだったと思うよ? だって、その人間風情に神に近しい力を与えておいて大丈夫なんて考えしているのだからね。足元を掬われるのも当然さ』
『そ、そんな……そんな馬鹿なァァァァ!?』
私が死ぬなんてあり得ない。
私は最高神。全知全能にして万物の神、オーディンだぞ!?
それがこんな所で!?
目の前に迫る炎の巨人の拳。
グングニルで磔にされた私に最早、逃げる術ない。
『ク、クソがァァァァ!! 絶対に……絶対に許さん! 皆、ぶち殺してやるからなァァァァ!』
怨嗟の言葉を叫ぶと共に炎の巨人の拳が私の頭に突き刺さる。
その瞬間、私の意識は霧散した。
◆◆◆
『と、いう事で、これがオーディンの遺物「最高神の恨み」だよ。死に際の神が君と地球の神を呪って作られた最上級の遺物さ。君はこれをどうしたい?」
「いや、どうしたいと言われても……」
自業自得を地で逝くオーディンの末路を聞いた俺こと高橋翔は最高神の恨みを前に困惑した表情を浮かべる。
俺としては、ゲーム世界に俺達を閉じ込め、数多の不幸が俺に降りかかる元凶となったオーディンに罰を与える事ができればそれで良かった。
まさか、自分で召喚した炎の巨人に殺られ特級呪物になるとは……
流石は他責主義の極み。生きていても死んでいてもタチが悪い。
正直、対処に困る。
とはいえ、このまま対応策を考えなければ、この特級呪物を押し付けられそうだ。
誰かいないか。誰かいないか……この特級呪物を押し付けた所で全く胸が痛まない人物はいないか……
すると、名案が閃く。
「……確かオーディンは言っていたな。オーディンに合わせない為、神々が俺に呪いをかけていたと」
通りでお祓いが効かない訳だ。
元凶である、神々にお祓いして貰おうとしていたのだ。当然の帰結である。
「それならさ。この呪物を地球の神々に送り付けておいてよ。今まで不幸をありがとう。与えられた不幸は全て倍にしてお返ししますってさ」
勿論、これはお願いベース。
ロキへの願いを使い切ったのだから当然だ。
すると、ロキはそれを快諾する。
『いいよ。結果論だけど、そもそも彼らが君を巻き込まなければ、こうはならなかったからね。彼らには責任を取って貰わないと……』
そう言うと、ロキはオーディンの特級呪物をどこかに転送する。
そして、何処からともなく椅子を取り出すと、俺こと高橋翔に視線を向ける。
『さて、後は君の願いを叶えるだけだね。オーディンは、アースガルズに到達した者の願いを叶える予定だった。しかし、そのオーディンは故人となり、炎の巨人によりアース神族はボクを除き全員死亡……これによりこの世界を統べるアース神族はボク一人となった訳だ。しかし、オーディンがした約束とはいえ約束は約束。神は約束を違えない。この世界に囚われた人々の解放と、地球で猛威を奮うヨルムンガルドの回収をした上で、一つだけ君の願いを叶えようじゃないか』
「へー」
実に気前のいい神である。
ぶっちゃけこの世界に囚われた人々の解放やヨルムンガルドの回収なんてどうでもいいが願いを叶えてくれるというなら叶えて貰おう。
「そうだな。それじゃあ、俺の願いは……」
そう呟くと、俺は真っ直ぐロキを見据えた。





