第407話 社会のゴミの居場所はヘルヘイムに限る
我に命乞いをしろというのか……この我が、この凡愚共に……
『――そうだな。特別に十分間、時間をやろう。では始めるぞ』
ヘルの話が終わると共にセイヤは凡愚に視線を向ける。
「おい。凡愚共。我はこんな所で死んでいい人間ではない。だから、泣け。我の事を思い泣け。今すぐ泣け。凡愚とはいえその位の事はできるだろ?」
教皇としてそう命令すると、凡愚共はギリッと歯を鳴らす。
この視線は知っている。
これは憎悪の視線だ。
所詮は凡愚。どうやら立場の違いも分からないほど愚からしい。
「……どうした? 教皇である我がそう命じておるのだ。サッサと泣かぬか、それとも、我の言葉が理解できぬのか?」
くっ……まったく、これだから凡愚は使えない。
言葉を理解する脳を持っていない。
哀れで矮小な生き物だ。
セイヤは事が上手く進まない事に苛立ち、ため息を吐く。
「もう一度だけ言おう。我の為に泣け。泣かぬのであれば、こちらにも考えがある」
最初から切り札を切る羽目になるとは思いもしなかったが仕方がない。
言葉が通じぬ凡愚に言葉を理解させるにはあまりに時間が足りな過ぎる。
「……時間切れだ。我に仕えし、闇の大精霊よ。贄をくれてやる。この者共を泣かせろ。我の死を悼み、洗脳した上で涙を流させるのだ!」
その瞬間、闇が凡愚共を飲み込んだ。
闇の大精霊は代償を支払う事で、確実に命令を実行する。
一度、使った事があるが、あの時もそうだった。まず闇が贄を飲み込み、その後、命令を実行に移すのだ。
「さあ、凡愚よ。我の死を悼み涙を流すの――」
そこまで言って、セイヤは呆然とした表情を浮かべる。
何故か。それは、闇が引いたその先に誰もいなかったからだ。
「――は?」
セイヤは意味が分からずそう呟く。
どういう事だ? 何故、凡愚共がいなくなる? まさか、勘違いしたのか?? 闇の大精霊が勘違いしたのか??
確かに贄をくれてやると言ったがそうじゃない。そうじゃない!
「おおおおい! 闇の大精霊よ! そうではない! 誰が全員贄にくれてやると言ったァァァァ! 今すぐ凡愚共を吐き出せェェェェ!!」
そう闇の大精霊に命令すると、闇の大精霊は絶賛気絶中の凡愚達を闇から解放した。
セイヤは絶賛気絶中の凡愚達を見て絶句する。
「あと、四分だな……」
そして、憎きモブフェンリルの言葉を聞いて膝から崩れ落ちた。
「四分……我の命が後、四分だとォォォォ!?」
「ああ、あと四分でお前はヘルヘイムに堕ちる。良かったな。四分あれば、カップラーメンを一個食べることができる。冥土の土産に丁度いいじゃないか」
「いや、できるかァァァァ!!!! そんな事をしている場合ではないわァァァァ!」
セイヤは急ぎ凡愚達の下に向かうと、必死になって体を揺さぶる。
「おい、起きろ! 起きろォォォォ!!」
しかし、凡愚共は眠ったまま、起きる様子はまるでない。
「う、ううん。ママぁ――」
それ所か、いい大人が子供みたいな事を言い始めた。
マ、マママママママママ、ママじゃない!
「今すぐ起きろォォォォ!」
「――あと三分。あーあ、残念。冥土の土産にカップラーメン食べる時間すら失ったな。一国の教皇に成り上がった男が普段から凡愚と蔑んでいる国民におねだりとは、もはやプライドすら無くしたか」
「う、うるさぁぁぁぁい! お前はどっかに行っていろォォォォ!」
「おや? 本当にどっかに行っていいのかな? 今、お前の事を救えるのは俺だけだと思うんだが……ああそうか、最後の時位、自分一人の時間がほしいもんな。例えそれが残り二分だとしても……」
その言葉を聞き、セイヤは手当たり次第、凡愚達の胸ぐらを掴み揺さぶる。
「おい! 起きろよ。今すぐ起きろ! 我は教皇だ。いずれ神となる高貴な血族なのだ! 替えのきくお前ら凡愚とは違うんだ! 起きろォォォォ!」
しかし、凡愚が起きる様子は見られない。
「あと、一分」
楽しそうに告げるモブフェンリルを睨み付けると、セイヤは闇の大精霊に命令する。
「おい、そこの役立たず! 此奴らを起こせ! 今すぐ起こし、我の事を思い泣くよう洗脳しろォォォォ!」
しかし、闇の大精霊が動く素振りは見られない。
「何故だ! 何故、我の命令に従わない! 何故だァァァァ!」
死の前にして絶叫を上げるセイヤ。
セイヤの問いに答えるよう、モブフェンリルが薄笑いを浮かべながら回答する。
「何故って……それはね? その闇の大精霊がお前のじゃないからだよ。その大精霊は俺の精霊だ。お前の大精霊じゃない。だからお前の命令を聞く事もない。簡単だろ?」
「は?」
意味が分からずそう呟くと、モブフェンリルは意気揚々に説明する。
「お前が大精霊に対して、国民の洗脳を命じている事は知っていた。だから、倒させてもらったんだ。同格の大精霊を百体用意して」
「な、なん……だと」
大精霊を百体?
そんな馬鹿な……そんな馬鹿な事が……
「いや、分かるよ? そんな馬鹿なと思い込みたいよね。でも、馬鹿はお前だよ。お前が敵に回したのは、大精霊百体を簡単に用意できる男だ。お前はそんな俺を敵に回した。だから今、危機的状態に陥っている。そして、お前はお前が唯一助かる手段も放棄した……」
「な、なんだと……? 一体、いつ我が助かる手段を放棄したと言うのだ!」
意味が分からずそう言うと、モブフェンリルは呆れた表情を浮かべた。
「お前、人の話を真面目に聞いていないだろ? ヘルは『ここにいる者の中でお前の死を悼み涙を流す者を探せ』と言ったんだ。誰もお前の死を悼み涙を流させろなんて一言も言っていない」
「へ?」
意味が分からない。大精霊の力で我の死を悼み涙を流させれば結果は同じではないか。
「いいや、違うね。ヘルは探せと言ったんだ。神は言葉を違えない。そんな屁理屈通じる訳ないだろ。お前は自ら助かる道を放棄した。しかも、自分が助かる為に自分以外の人の命を贄に捧げようとしてね。残念だよ。この為に折角、蘇らせたのに……」
「よ、蘇らせただと? 一体、誰を……誰を蘇らせたというのだ……」
「決まっているだろ? 蘇らせたのはお前が殺した前教皇……お前の肉親だよ」
わ、我の親だと!?
「ああ、お前の親だ。だが残念だったな」
『時間切れだ』
その瞬間、足元が黒く染まり、体が地面に沈んでいく。
「――!? そんな……! こんな所で……! こんな所でェェェェ!」
こんな所で死んでたまるか!
我は……! 我はこんな所で死んでいい人間ではないのだ!!
セイヤは地面に沈みゆく中、縋るように言う。
「そ、そうだ! 取引をしよう! 我の! 我の命を助けてくれたらお前の望む限りの物をくれてやる! 金か? 女か!? 望む物すべてをくれてやろう! だから、我を助けろ!」
だが、モブフェンリルは耳を傾けない。
黙って様子を見ているだけだ。
しかし、体の半分が地面に沈み焦るセイヤは叫び続ける。
「不満か!? それだけでは不満か!? ならば、聖国で我に次ぐ地位を与えてやる! 枢機卿……いや、副教皇の座をくれてやろう! 副教皇の座にいれば何もかも思うままだ! だから我を……! 我を助け……!」
「助ける訳がないだろ。最初から言ってる通り、俺が欲しいのはただ一つ」
「何だ! 言ってみろっ!」
「……お前の命だ。悪いがお前にはこの世界から退場して貰う。権力を持った馬鹿ほど迷惑な存在はない。権力を持ってはいけない人間が権力を持ってしまった。お前はその典型だよ。利己的で、自己保身に長けた他責主義者は滅べ。二度と現世に現れるな。お前の様な害悪の居場所はヘルヘイムがお似合いだよ」
そ、そんな……!
「そんな馬鹿なァァァァ!!!!」
その言葉を最後にセイヤの視界が真っ黒に染まった。





