第404話 侵略者に対する罰はやりすぎ位が丁度いい
「え、いや……はっ?」
モブフェンリルの言葉を受け、ガマルは頭の上に疑問符を浮かべる。
今の流れはどう考えても教皇に責任を押し付ける流れだった。
なのになんで?
なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんでそうなるの??
困惑していると、モブフェンリルの口から罵詈雑言が飛び出す。
「『え、いや……はっ?』じゃねーだろ。舐めてんのかテメーは……確認怠ってこの国で大惨事を起こしたのはお前ら聖騎士だろ。その責任まで教皇に押し付けるんじゃねーよ。聖騎士の癖に他責思考とか頭おかしいんじゃねーの? 他責思考の人間に生きてる価値ねーぞ。人に害を為す碌でも無い生き物。それが他責思考の人間だからな。価値ある人間でいたいなら反省って言葉位知っておけよ」
ひ、酷い。あまりにも酷過ぎる。
ちょっと間違いがあったとはいえ、教皇に命じられ転移先に侵攻したのは事実なのに他責思考扱い。
「だ、だが、教皇に命令されたのは事実で……」
そう言い訳しようとすると、何かが顔の横を勢いよく通り過ぎ爆発する。
前に視線を向けると、そこにはバズーカ片手に照準を向けてくるモブフェンリルの姿があった。
「……聞くに堪えないとはこの事だな。加害者が勝手にほざくな。虐殺者が今更、許されようと思うんじゃねーよ。自分のやった事を省みず許されようとかサイコパスかテメーは?」
罵倒に次ぐ罵倒。
温室育ちの聖騎士であるガマルは今まで受けた事のない罵倒の数々に泣きそうになる。
しかし、ここで泣く訳にはいかない。
泣いた所で事態が好転しない事を知っているからだ。
今まで数多くの背信者達と会ってきた。
中には泣き叫び助けを乞う者もいた。
しかし、その者達が助かる事は無かった。
何の慈悲もなく罰を下すのが我が使命であると本気で信じ、実行に移していたからだ。
だが、立場が変われば考え方も変わる。
ガマルを始めとした聖騎士達は泣き叫ぶと、今まで罰を下してきた咎人と同様に命乞いを始める。
「だ、だすげでぐだざい! 俺が悪かったです。だずげでぐだざい!」
「俺はこんな所で死んでいい人間じゃないんだ! 有象無象とは違うんだ!」
「何だよ。何なんだよお前ェェェェ!」
聖騎士達の魂の叫びを前に、モブフェンリルは……
「自分達がこれまでやってきた事を省みず命乞い……醜いな。やっぱり、他責思考の奴には無理か。助かりたいなら自責って言葉位、覚えておかないと……」
と首を振って呆れ返る。
「まあでも、今となっては他責も自責も関係ない。俺は許してやるよ。広い心で許してやる。俺が本拠地を置く王国を侵略しようとした事についてはな……結果として侵略されなかったし、今のお前達を見てると、何だか哀れに思えてくるしな」
「なっ……なぁ……」
そもそもガマルを始めとした聖騎士達がこの地を王国と錯覚し、侵攻してしまったのは、モブフェンリルが大聖堂を王城に見せかけていた事が原因。
もしここが聖国と分かっていれば、聖騎士達が聖国の民に惨虐の限りを尽くす事はなかった。
モブフェンリルの言葉を聞き、ガマルは歯を食い縛り怒り狂う。
「よ、よくもまあいけしゃあしゃあと……! 誰のせいで……! 誰のせいでこんな事になったと思って……!」
我々、聖騎士は教皇の命令を受け、王国を侵略する為に力を振るったに過ぎない。
モブフェンリルが余計な事をしなければ、ここが聖国である事にもっと早い段階で気付けた筈だ。
その事に気付いたガマルは怒りを発露する様に声を発する。
「お前だ。お前のせいだ。今すぐ俺達を解放しろ! 破壊された物全てを元に戻し、被害に遭われた方々に謝罪するんだ! やれ、今やれ、お前がやれ! お前がこの惨状を齎した元凶はお前だろ!? 知ってるんだよ俺達は! お前がやれ! 自分が元凶である事を告白し、補償しろォォォォ!!」
聖国には、聖騎士達の家族や友人、恋人も住んでいる。その家族や友人、恋人がまるで怨敵でも見るかの様な視線を向けてくるのだ。
こんな筈じゃなかった。
聖騎士は王国を討ち滅ぼす事で感謝と尊敬の視線を受ける筈だった。
なのに何だこれは……
これでは、聖騎士の立場がないじゃないか。
「――責任転嫁するなよ。これだから他責思考は救えない。救う価値もない。誰のせいでこんな事になっていると思っているんだ? お前だよ。お前ら聖騎士が自国を侵略したからだろ。人に罪を擦り付けるなよ気持ちが悪い。吐き気がする」
「な、なぁ……!?」
責任を認める所か、返ってきたのは無慈悲な罵詈雑言。
モブフェンリルの言葉にガマルは絶句する。
「……まあ、いいや。これ以上、話していても不毛だし、助かりたいなら、民衆に誠意を見せろ。安心しろよ。民衆にお前達を殺させはしない。例えお前達の命がゴミ屑以下の価値しかなくても、民衆に人を殺したという自責を負わせたくないからな。何があっても死なない様、処置してやる」
そう呟くと、モブフェンリルの背後にヘルヘイムの支配者、ヘルが姿を現す。
「……なんだ。なんだそれはァァァァ!?」
見ているだけで体が震えてくる。
何なんだ。何なんだよ。それはァァァァ!
その問いに答える様に、モブフェンリルは紹介を始める。
「ああ、紹介がまだだったか。彼女の名はヘル。俺に賭けで負け言いなりになっている恐ろしくもどこか哀れなヘルヘイムの支配者さ」
「ヘ、ヘルヘイムだと……!?」
ヘルヘイムとは、ヘルの支配する死者の国の名称にして、元の世界における地獄の様な立ち位置の場所。
「――そう。ヘルヘイムの支配者、ヘルだ。どうせ、これからお世話になるんだ。今の内に精々遜っておけよ。そうしたらヘルヘイムでの生活が楽になるかも知れないぞ?」
「そ、そんな、馬鹿な……」
そんな馬鹿な事があってたまるか……
ただでさえ、ヘルヘイムの存在を懐疑的に思っているのに、ヘルヘイムの支配者、ヘル張本人の登場だと……!?
呆然と立ち尽くす聖騎士達を前に、モブフェンリルは言う。
「信じられないだろうが、これが事実だ。お前等の敗因は、喧嘩をする相手を間違えた事だ。喧嘩を売る相手を間違えなければ、侵略は成功し、今頃お前達は自国のヒーローになっていただろうよ。実際、上手くいっただろ? 俺のいない帝国侵略はさ……だが、勘違いするなよ?」
「か、勘違いだと?」
意味が分からずそう呟くと、モブフェンリルが罵倒する。
「ああ勘違いだ。俺にお前達を止められたという事は、お前達の実力がその程度のものでしかなかったという事だ。寝込みを襲ったら運良く国を侵略できた。ただそれだけの事だよ。住民達が起きていれば、お前達の侵略は間違いなく失敗していた。お前達の力を実際に確認した俺自身がそう断言してやる。まぐれ当たりを自分の力と錯覚するなよ。自意識過剰か、お前等」
「「「……っ!?」」」
酷い。あまりに酷い罵倒。
何故、我々がこうも罵倒されねばならないのだ。
――パンッ
罵倒した張本人を睨み付けていると、当の本人であるモブフェンリルが手を鳴らす。
「……さて、話はここまでにしておこう。時間切れだ」
ハッとなり周囲を見渡すと、いつの間にか聖騎士達を取り囲む民衆の姿が見える。
「お喋りしている間に、処置は終えた。後は好きにするがいい。まあでも、やり過ぎるなよ」
モブフェンリルが民衆の中に割って入ると、聖騎士達に指を向ける。
「それじゃあ、やれ」
その瞬間、数多の投石がガマルを始めとした聖騎士に降り注いだ。





