第401話 壊れ行く聖国
「た、大変です! 聖都の至る所で爆発が……!」
ミズガルズ聖国にある大聖堂。
聖騎士達を送り届けたセイヤは、聖都から聞こえてくる破壊音を聞き、眉を顰める。
……まさか、王国による侵攻か?
「……どうなっている」
聖騎士を王国に転送してすぐの侵攻。
まさか、こちら側の情報が漏れているのか?
あり得ない。しかし、あまりにもタイミングが良過ぎる。
大聖堂の守護には、闇の大精霊を就かせている。万事抜かりはない。
問題は聖都の方だ。
「……大聖堂に残った聖騎士すべてを聖都に向かわせろ。今すぐにだ!」
「は、はい!」
セイヤの言葉に頷くと、司教はセイヤの言葉を聖騎士に伝える為、走り去っていく。
「――腐っても鯛とはよく言ったものだな。流石は王国といった所か……」
ミズガルズ聖国は、宗教国家。
戦力の基盤がその宗教が持つ価値観や組織力、それを支持する国民の数に依存する為、国を守る聖騎士の数には限りがある。
聖国の持つ戦力の七割を侵略戦争に割いたのは早計だったか……
「しかし、問題あるまい……」
聖騎士は強い。
ミズガルズ聖国の聖騎士は、その全てがエレメンタル使い。
エレメンタルの力を侮り碌に育てもしない内から弱いと結論を出す様な王国とは違う。
例え、三割しか戦力を出せなかったとしても十分やり合える。
「まずは様子見……どの道、エレメンタルも碌に使えぬ愚か者共では聖門の突破は不可能」
大聖堂に辿り着くには、聖門を通る必要がある。
しかし、聖門は固く閉じられており、破壊はエレメンタル以外に不可能。
奴らの侵攻はそこで終わる。
「愚図共が……無駄に足掻くがいい」
所詮は今日、滅ぶ国の悪あがきだ。
謂わば、それは断末魔の叫びのようなもの。
そう呟くと、セイヤは軽くほくそ笑んだ。
◆◆◆
「こ、これは……何と罰当たりなっ……!」
模倣された聖都の聖門を見て、ガマルは唸るように言う。
聖門は、ミズガルズ聖国にある清らかな門。
こんな穢れた王国にあっていいものではない。
何より、王国が聖都の象徴たる聖門を模した建築物を建てていた事に強い憤りを覚える。
大方、聖門を模した建物を建てておけば時間稼ぎに使えるとでも考えたのだろう。実に浅はかな考えだ。
ガマルは殺気立つ聖騎士達の前に立つと、聖門に向けて剣先を向ける。
「アレを破壊しろ! 聖門を穢した王国を絶対に赦すなァァァァ!!」
「「オオオオォォォォ!!」」
聖騎士達による怒声。
怒りの衝動が迸る中、放った魔法が乱れ飛ぶ。
ドオオオオンッ!! ヒュン!
「「「――っ!?!?!?!?」」」
数多の魔法が聖門に着弾すると共に跳ね返る。
「う、うわァァァァ!?」
「ぎゃああああっ!?」
「な、何ぃ!?」
想定外の光景を前に、ガマルは目をガン開きにする。
ま、まさか、聖門と同等の力を持っているとでもいうのか!?
聖門とは、魔力と膂力、エレメンタルからの攻撃以外のすべてを弾く聖なる門。
「お、おのれェェェェ!!」
エレメンタルの力を借り、跳ね返ってきた魔法を避ける聖騎士達。
己に跳ね返ってきた魔法を避ける度、正門前に広がる町並みが破壊されていく。
「おい。貴様らッ! 何をやっている!!」
「な……貴様は……!?」
王国に居るはずのない聖騎士長、マンダムの姿を見てガマルは全てを察する。
一方、マンダムは聖門の上からガマル達を見下ろすと般若の表情を浮かべた。
「貴様ら、自分達が何をやったかわかっているのか! 貴様らは自らの手で聖国の民から私財を簒奪し、住居を破壊したのだぞ!」
マンダムからすれば、王国に侵攻している筈の聖騎士が聖国を侵攻しているのだからその怒りは尤もだ。しかし、王国に転移したと思い込んでいるガマル達に言葉は通じない。
むしろ……
「――そういう事かよ。マンダム……。通りでおかしいと思ったぜ……!」
聖門の精巧な造形。
聖都の町並みを模した建物の数々。
そして、聖門を越えた先にある王城。
聖騎士の中にセントラル王国に与する裏切者がいる。
そう考えれば、合点がいく。
少なくとも、セントラル王国を侵略していると思い込んでいる聖騎士達の心の内では……
「マンダム、この裏切者がァァァァ! 皆、エレメンタルの力を使え! 王国に与する裏切者を決して赦すなァァァァ!」
「「「オオオオォォォォ!」」」
まさかまさかの展開にマンダムは目をパチクリする。
「――な、何を馬鹿な……! この私が裏切者だと!?」
マンダムとしては裏切者はどちらだと叫びたい気分だ。
しかし、ガマルを始めとした聖騎士達は『裏切者である事を看破されキョドッている』と勘違いしたのだろう。
聖門への攻撃が一層激しくなる。
「や、止めろ、お前ら! 聖騎士がなぜ、聖門を攻撃する!!」
攻撃の理由は単純だ。王城への侵攻に邪魔だから。
しかし、大聖堂の守護を担当しているマンダムにはわからない。
「今すぐ止めろ! 今すぐ止めろと言っているだろうがァァァァ!」
しかし、攻撃は止まらない。
数分待つと、聖門の外壁が崩れていくのが見える。
「ば、馬鹿な!? 聖騎士が聖門を破壊するなど、そんな馬鹿な事があって溜まるものか! うん? ぎゃああああっ!?」
聖門を通り抜け飛来した魔法の直撃を受けたマンダムは薄れゆく意識の中、手を伸ばす。
そして、大聖堂の中にいる筈の闇の大精霊が外にいる事に気付いたマンダムは呟く様に言った。
「――猊下……どうかお逃げください。どうやら我々は嵌められたようです……」
意識を失ったマンダムと共に崩れ落ちていく聖門。
「うおおおおっ! 裏切者のマンダムは打ち取ったっ! あとは、王城を落とすだけだァァァァ!!」
そう声を上げると、ガマルは聖騎士を扇動し、王城へと向かった。
◆◆◆
遠慮なく建物の中を物色し、町を焼いていく聖騎士達の姿を見て、俺こと高橋翔は唖然とした表情を浮かべる。
「――やべーな、こいつら……まさかここまで気狂いとは……」
建物に火を付け、民衆の絶叫を聞いて興奮している。
ちょっと、対応を間違えたかもしれない。
いや、俺自身、こんな事になるとは思いもしなかった。
まさか、こんなにも酷い対応をしてくるとは……
「栄えていると聞いていたがこんなものか!」
「雑魚共がッ! 聖国を侮辱しやがって!」
「テメェ、俺を誰だと思っていやがる! 聖騎士さんだぞ? 殺されてぇのか!」
もはや、聖騎士とは名ばかりの輩。俗物だ。
聖騎士が町を破壊しながら一直線に町の中央へと向かっていく。
聖国の民からしたらたまったものではないだろう。
しかし、その一方で、俺が止めていなければ、これと同様の事が王国中で行われていた可能性を考えれば、まあ良かったのかなと思えてくるから不思議だ。
この戦争で被害を受けた方々には、戦争終結後、町の破壊活動を行った聖騎士達を糾弾して欲しいものだ。
いい憂さ晴らしになるだろう。
「しかし……聖騎士に対する暗示がここまで効果的とは思いもしなかったな」
俺のやった事といえば、司教達を脅し、王国に転移させたと装う事。そして、大聖堂が王城に見える様、闇の大精霊の力を介し、暗示をかけて貰う位のもの。
転移システムの信頼性が彼らの判断能力を奪い、王国に転移したと思い込ませた。
転移システムを司る司教達を手の内に加えて正解だった。
お陰で、被害を被ったのは聖国の人々のみ。
被害は最小限に抑えられた。
「あ、聖門が落ちた……」
聖騎士達が私財を簒奪する姿を見ている隙に聖門が落とされた様だ。
聖門では激しめのフレンドリーファイアが飛び交っている。
「後は、仕上げだな」
俺の両親を特定宗教に洗脳したゴミ屑が……
その報い、身を以て知るがいい。
そう呟くと、俺はセイヤのいる大聖堂に向かった。





