第391話 ゴキブリホイホイ
「おっ……来た来た……」
何も知らない教会関係者が、大聖堂の一室に吸い込まれる様に消えていく。
馬鹿な連中だ。この国は所詮、属国になる運命だとでも思っているのだろう。
アホ面を晒……いや、表情から油断が見える。
その姿はまるで、罠だと知らずゴキブリホイホイに誘われるゴキブリの様だ。
隷属の首輪と契約書に縛られた王都の教会関係者達が一様にして苦い表情を浮かべているというのに、「どうされましたかな? 顔色が悪いですぞ」と談笑する位、油断している。
そんな教会関係者達を後目に、来客名簿にチェックを付けると、俺は笑みを浮かべた。
「……よし。全員揃ったな。そろそろ行くか」
生憎、俺は忙しい。
こういう事はサッサと済ませるに限る。
屋根裏から出て、部屋の扉に耳を当てる。
すると、部屋の中から開会を告げる挨拶が聞こえてきた。
◆◆◆
「皆様、本日は遠路遥々、お越し頂きありがとうございます。これより司教会議を始めたいと思います」
逮捕されたレンティ助祭に代わり、ユルバン助祭が司会進行として挨拶すると、司教の一人が声を上げる。
「うん? ちょっと待て。そなたの首にあるは隷属の首輪ではないか。何故、隷属の首輪を嵌めている」
実に目敏い。返答に困る質問だ。
俺は司教の問い掛けに言い淀むユルバン助祭を後目に姿を眩ますアイテム『隠密マント』を身に纏い部屋の中に入り込む。
そして、言い淀むユルバン助祭の背後に立つと、こう返答する様にと小言で助言する。
「私の趣味ですと言え…… それが嫌なら『CLUB mami』のマミちゃんに嵌めて貰いましたでも可とする……」
すると、目を血走らせたユルバン助祭がこちらに視線を向けてきた。
「い、言える訳がないでしょう!」
「いや、言えるって……お前の口は何の為に付いているんだ。こういう場面で今言った言い訳をする為に付いているんだろうが」
つーか、他の教会関係者が俺の存在に気付くだろ。こっち向くんじゃねーよ。
台本通り喋れ、大根役者。
「……これは命令だ。今すぐ喋れ」
すると、ユルバンは泣きそうな表情を浮かべながら司教の問いに答える。
「『CLUB mami』のマミちゃんに嵌めて貰いました……」
「…………」
まさかまさかの回答だ。
そこは『私の趣味です』と答える所だろうに、マミちゃんに嵌めて貰った事にしやがった。
こんな回答をして大丈夫だろうか。
司教に視線を向けると、司教は納得した表情を浮かべる。
「……そうか。そういえば、君はそれが原因で降格処分となったんだったな。まあ、趣味を咎めはしないが程々にしておけよ」
「!?」
よもやよもやだ。まさか納得するとは……
他の教会関係者も皆一様に頷いている。
聖職者として、それでいいのかと思わなくもないが、教会関係者達のユルバン助祭に対する印象がそれなら仕方がない。
とりあえず、納得してくれたので良しとしよう。
「……司会進行を続けろ」
教会関係者達が納得した所で、そう囁くと、ユルバン助祭は何とも言えない表情を浮かべながら司会進行を続ける。
「……それでは、改めまして、司教会議を始めたいと思います。本日の議題は、セントラル王国の平和的併合についてです」
平和的併合ねぇ……
実に面白い言い回しだ。
皇帝と皇子を殺害し、深夜の内に帝都を侵略する事が平和的併合とは……コイツらの頭の中は一体どうなっているのだろうか?
「知っての通り、先の帝国併合は本国が深夜の内に帝国内にある教会に聖騎士を送り込む事で制圧。民間人の死者なく平和的に併合する事ができました。猊下は王国についても帝国と同じよう平和的に併合する事を望んでおられます」
「……ふむ。つまり猊下は教会の地下にある転移門の使用を望んでおられる訳か。しかし、転移門の使用には膨大な量の魔力が必要となる。それについては、どうするつもりかね? まさか、我々に膨大な量の魔石を用意しろとでも言うつもりではないだろうな?」
どうやら、転移門を使うには膨大な魔力とやらが必要になるらしい。
まあ、知っていたが、その辺りの話がまだ伝わっていなかったことに驚きだ。
司教の質問を受け、ユルバン助祭が回答する。
「それについては、この地に住む者から強制的に魔力を徴収する事で代用します」
「……ほう。しかし、魔力の徴収は体にかなりの負担が掛かる。平和的併合後は信徒になる者達だ。私としては、信徒に死者は出したくないのだが」
「問題ないでしょう。併合するまでは、信徒ではないのです。信徒でない者を守る義務はない。むしろ、彼等の魔力で平和的併合がなされるのです。泣いて喜んでくれるのではありませんか?」
んな訳ねーだカスという意見を平然と言う奴等だ。何というか考え方が気持ちが悪い。
泣いて喜んでくれるだぁ? んな訳ねーだろ、ドカス。
俺の怒気を感じ取ったのか、ユルバン助祭が緊張で汗を垂らす。
『――お、落ち着いて下さい。これが猊下直属の司教様方の認識なのです。少なくとも私はそんな事を思っておりません』
「ふーん、そう。でも、お前は司会であって司教じゃないよね? お前一人がそう思っていた所で司教会議に何の影響も及ぼさなくね? それとも何? お前が発言したら王国侵略がなくなるの?」
『い、いえ、それは……』
どうやら自信がないらしい。
「なら、一人助かろうと弁解の言葉を並び立てるなよ」
お前らは一蓮托生なんだからさ。
王国の侵略がほぼ確定している段階で、いくら自分は反対だったと主張した所で意味はない。行動が伴っていないのだから当然だ。
僅か数分会議を見ただけで、世の中には、独りよがりな害悪が蔓延っているという事。そして、長い物に巻かれる事の醜さをよく理解できた。
「――よし。もういいや」
借金漬けにした上で契約書と隷属の首輪で縛ろうと思っていたが、こいつらにそんな手間をかける事自体が無駄である事を悟らされた。
こいつらは、ミズガルズ聖国の教皇、セイヤの傀儡……人の住む国を勝手な思惑で侵略しようとする侵略者に慈悲の心はない。
精々、俺が拠点を持つこの国を侵略しようとした事を悔いて奴隷に落ちるといい。
――パチン
俺がそう指を弾くと、司教を始めとした教会関係者達の背後に隷属の首輪を持った闇の精霊・ジェイドが現れる。
「へ?」
そう呆けた声を上げる教会関係者の前に姿を晒すと、隷属の首輪を嵌めるようジェットにお願いした。
「ジェイド。やれ」
その瞬間、教会関係者の首に隷属の首輪が嵌っていく。
突然の事で理解できないのだろう。
「――な、なんだコレはァァァァ!?」
「――どう言う事だ。何故、我々に隷属の首輪をォォォォ!?」
「――貴様、裏切ったな!?」
隷属の首輪を嵌めた司会進行。
ユルバン助祭を見て、司教達が声を上げる。
「裏切っただなんてとんでもない。彼を責めないでやって下さいよ。ただ、お前らの発言が聞くに耐えなかったからやらせただけで、裏切った訳じゃないんですから」
むしろ、一連托生という奴だ。
ユルバン助祭の持つ呪いの武器の戦闘能力は高く評価しているが、それとこれとは話が別。俺と敵対関係にある国に属している時点で、こいつも俺の敵である事に変わりない。
そう言って、ユルバン助祭の肩を叩くと、批判の視線を一身に受けるユルバン助祭は涙目を浮かべた。





