第八話:小さな騒動
「へぇ……これが人族の街ね」
日付が変わって次の日、ルナは今グレス王国王都の入り口にて巨大な外壁を見上げながら歩いている。俺が住んでいるグレス王国は結構歴史のある国で、魔人族領と唯一隣接しているため人族からすればかなり重要な立ち位置の国だ。そのため防衛に関してはかなり力を入れている。
なぜ、俺たちが王都の目の前にいるのか、それは俺の荷物を取るためだ。大したものは残っていないがこれから旅をするに置いて重要なものが結構ある。
それにこれを機に剣を買い替えようと思っている。これまでコツコツ溜めてきた金を奮発して質の良い剣を買うのだ。今使っているものは結構の間酷使していたため、そろそろ限界だからな。
魔人族の最大の特徴である二本のねじれた角はルナの魔法で隠してもらっている。
「っと、そろそろだな」
王都に二つある入り口のうちの一つ、東の大門。ここを通るには身分証明書が必要だが……。
「ルナ、人族の身分証明書は……持ってないよな」
「外で待っていたほうがいいかしら?」
「いや、金は必要だが入ることは出来る。中で冒険者登録でもすれば身分証になるだろう。王都でやることが増えたな」
冒険者カードは身分証にもなる、非常に便利なものだ。冒険者という身分も身軽で旅もしやすくなるだろう。
とりあえず俺は依頼の報告と荷物整理、武器屋で剣の購入だな。ルナの冒険者登録も……不安だしついていった方がいいな。放っておいたら何をやらかすか不安で仕方がない。
門を問題なく抜けた俺たちは街を歩きながら冒険者ギルドを目指す。ルナは初めて見る人族の街を物珍しそうに見まわしながら言った。
「さすがね。私の故郷よりもかなり発展してるわ。これも数の多さが為せる技かしら」
魔人族は長命故に子供が出来にくい。そのため人口も少ない。やはり人口が多いほうが文明というものは発展しやすいのだろう。
「そうかもな」
適当に相槌を打ちながら歩いていると冒険者ギルドが見えて来る。俺たちの関連性を疑われないように別々に冒険者ギルドに入った。正直、勘が良い奴は違和感に気づくと思うが、ルナの正体については気づけないだろう。
そんな中、俺に近づく巨漢が居た。
「よう。久しぶりだなソル!」
「……ああ。久しいなハンス」
この男はハンス。Cランク冒険者だ。俺と同時期に冒険者登録し、何かと絡んでくるが悪い奴ではない。見た目はどこの暴漢だと言いたくなるほど厳ついが。
後ろには彼のパーティーメンバー三人が控えているが、俺に対して冷たい目をしているな。
理由は簡単、俺みたいな底辺冒険者とハンスが気安く話しているのが気に食わないからだ。
ハンスは言わば期待されている冒険者だ。ギフトが斧術六階位と上位のものを持っており、恵まれた体格と戦闘センスで魔物を蹂躙するんだとか。
対する俺はランクD冒険者。ランクCとDではそれほど違いがないように思えるが、その実力は大きく開いている。
同期に置いて行かれたのは寂しさがある。しかしそれで俺が僻んだり恨むわけがない。単純に応援している。
これからは俺もハンスに追いつき、更に追い越すつもりだからライバルになるな。
「なんか雰囲気変わったなソル?何がとは言えないが、決定的に何かが違うような……」
「相変わらず、流石だな。俺は変わった……これからはお前とはただの友人ではなくライバルだ」
俺がこれまでとは違うことを鋭く察することが出来る、見た目では全く変化がないのに。それがハンスという男だ。魔人族になったことがバレたかと少し冷や汗をかいたがな。
具体的に何が変わったかなどは聞かない。それが冒険者の暗黙の了解だから。
「何言ってんだ、俺とお前はずっとライバルだろ、ハハハ!」
「そう、だな」
全く、こんなに気が良くて騙されたりしないのだろうか。
「じゃあな!期待してるぜ」
「ああ、またな」
ハンスと別れた俺は受付に向かって歩く。ルナはもう既にギルドに入っているようだ。冒険者登録した後に偶然を装ってパーティーを組むつもりだが大丈夫だろうか……。
「いらっしゃいませ。あらソルさん、依頼の報告ですか」
二年も通っていれば受付嬢に顔と名前は覚えられるか。
「話が早くて助かるな。これが討伐証明部位だ」
「そういえばもう一つ依頼を受けていませんでしたか?」
受付嬢が思い出したようにもう一つ依頼があっただろうと促す。これが本題だ。ルナの存在をどうやって誤魔化すか。
「ああ、それなんだが……異常はなかったと報告するほかない。一日中原因を探してみたが俺には見つけることが出来なかったな」
「そう、ですか。確かに森に入った冒険者が全員襲われているわけでもないですし、そういうこともありますよね。ではまとめて報酬をお渡しするので、少々お待ちください」
異常なしという報告を疑問に思わずにそのまま書類に書き込む受付嬢。事実、嘘をついているので罪悪感が……。いや、これは仕方ないことなんだ。
奥の事務所のようなところから報酬を持ってくる受付嬢。その手には俺が想像していたよりも多い報酬が握られていた。
「イビルタイガー三体の討伐と、調査協力依頼の報酬ですね。お受け取りください」
「ああ……。何の成果も報告できなかったが報酬は出るものなのか?」
報酬を受け取り、懐に仕舞ったあと単純に疑問に思ったことを口にする。
「ええ。調査ですので、異常なしなら異常なしでいいんです。有益な情報を提供してくださるならその分報酬は多くなるでしょうけど……。」
「な、なるほど」
更に重く罪悪感がのしかかった。少し苦しい……。これまで嘘なんてあまりついてこなかったからな……。
「……どうしました?」
少し固まっていた俺を不思議に思ったのか、受付嬢が俺に尋ねて来る。
「……なんでもない」
俺はそのまま受付を去った。
さて、冒険者ギルドの用事はこれだけではない。ルナの冒険者登録、今はどうなっているのだろうか。俺はルナに目線を向けて耳を澄ませる。
「……ますか?」
「いいえ、大丈夫よ」
「……承知しました。それではお名前をお伺いします」
「ルナよ」
「ルナさん、ですね。それでは少しお待ちください」
どうやらギフトの鑑定はせずに登録するようだ。事前に打ち合わせはしていたが、俺としかパーティーを組まないのならそれで正解だろうな。
十階位のギフトが表示されないのだとしても、ルナの魔法のギフトは九階位。認知されているものでは最上位に当たるから大騒ぎになるだろうからだ。目立ってしまっては活動がしにくくなるためにそうまとまった。
問題なくルナは冒険者カードを受け取ったようだが、受付を離れたルナに近づく三人の冒険者がギルドから出ようとしているルナの行き先を塞いでいた。
「おいおい、嬢ちゃん。そんななりで冒険者になろうってのか?」
内容だけ聞けば親切なようだが、言葉から伝わってくる下心が台無しにしている。どうやらルナの見た目が良いので良からぬことを考えているようだ。
問題を起こさないように割って入りたいが、俺が行くのは不自然だ。
いや、冒険者が問題を起こすなんて日常茶飯事だし、別にいいかと傍観することにした。ルナの実力ならもしものことはありえないだろう。
「余計なお世話よ。退いて頂戴」
冷たい目でルナはその言葉を一蹴する。だがそれで引き下がるならそもそも声はかけていないだろう。
「そんなこと言うなって。ルナって言ってたか?俺たちが良い武器屋教えてやるから……」
案の定ニヤニヤした顔で詰め寄る冒険者たちにルナは不機嫌な顔をしている。これはどう見ても怒っているな……。
「聞こえなかったのかしら。退いてと言ったはずよ」
「チッ、こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!」
そういって強引にルナの腕を掴もうとする冒険者A。それがついにルナの逆鱗に触れたのか、次に見たのは壁にめり込んだ冒険者Aだった。流石にやりすぎだろう……。
だがギルド内は俺の内心とは裏腹に喧噪を帯びて来る。
「いいぞー!」
「やっちまえ!」
流石冒険者。荒事には慣れているどころか歓迎している。だがルナはその歓声を無視してギルドの外へ歩を進めていた。取り巻きの冒険者二人は呆然していて何が起こったかわかっていない。
俺はルナを追って冒険者ギルドを後にした。