第六話:覚醒
転生魔法。それは命を代償にして一か八かギフトを獲得するという儀式魔法だ。その代償故にこれまで実験台にした人間はおらず、加えてルナのオリジナル魔法であることから成功した前例がない。
だが、家族を救い出すにはもうこれしか選択肢はないのだ。二年間冒険者を続けて全くと言っていいほど成長していない俺には……。
成功すれば強さを得て、失敗すれば死ぬ。この話を断っていても俺はいずれ無茶をして死んでいただろう。
俺の人生全てを賭けた勝負だ。この魔法は体を作り替えるという性質上、体を分解する段階で想像を絶する激痛が発生するという話だ。それに耐えれば成功、耐えられなければ失敗だ。
魔法が発動してから少し経って、これまで無言だったルナが言葉を発した。
「そろそろよ……心の準備をしておきなさい」
余程集中しているのだろう、魔法陣からひと時も目を話していない。それほどこの魔法は難しいということだ。
俺は覚悟を決めた。そしてついにその時が来る。
「ぐっ、ぁぁぁぁああああ!!!」
これまで体験したことのない激痛を四肢の先から感じる。思わず口から絶叫を上げてしまうほどの。こんな激痛は前世でも……。頭がどうにかなりそうだ。
痛みの発生源からは俺の体の一部だった粒子が胞子のように宙に浮きだしている。
気絶だけはすまいと気を保つ。だがこれがいつまで続くのだろうか……。
「気を確かにして!気絶しても狂っても終わりよ!」
「わ、かってる……さ!ぐっ!」
絶え間なく続く拷問のような激痛。この痛みにはいつまで経っても慣れそうにない。
「あと少しよ!気張りなさい!」
気が付けば既に魔術は終盤に差し掛かっているようだ。俺は声を出す余裕がなく、ただ歯を食いしばって耐えるのみ。
やがて痛みを叫ぶ口が無くなったころ、俺の視界は暗転した。それと同時に痛みも消えるが、代わりに俺を襲ったのは不安だ。
「これは、もしかして失敗したのか?」
呟いた瞬間、俺の心を絶望が覆う。だが次の瞬間、俺の耳に聞こえた声がその不安を打ち消す。
「ふぅ……成功したようね。あなた、かなり精神が疲れているみたいよ。私に構わずにゆっくり眠りなさい」
俺はその言葉に安心し、意識を落とした。
◆
再び木漏れ日を瞼に感じ、俺は目を開けた。
「目覚めたみたいね。気分はどう?」
「……どうだろうな。不思議な気分だ。まるで俺が俺じゃないような……」
異常はないかと体中を手で触ってみる。足、腕、胸……頭。順に確かめていくがその中で明らかにこれまでと違う部分があった。
「これは……角か!?なぜこんなものが生えている……まさか!」
しかもこの形状、ものすごく見覚えのあるものだ。それは俺の目の前の人物の頭部についている。
「そう、あなたは魔人族になったのよ」
「なぜ……?」
俺の混乱は止まらない。転生魔法とは体を作り変えるだけの魔法ではないのか。
「転生魔法は体を再構成する都合上、再構築する体を熟知している必要があるわ。私は人族のことは知らないから、転生先を魔人族として設定したの。黙ってて悪かったわね」
「お、お前……!」
まるでいたずらが成功した子供のように笑顔を浮かべるルナに俺は少し腹を立てた。魔人族になったことに怒ったのではない。きちんと説明しなかったことに怒っているのだ。ルナに会ったことで俺の魔人族に対する悪いイメージはかなり払拭されていたから。全く悪気を感じていないだろうその顔に一発入れてやりたくなるが……。
「……はぁ、なってしまったものは仕方がない……か」
「ごめんなさいね?言うと拒否されると思ったの」
「確かにそうかもしれないが。しかしこれでどうやって生活すればいいんだ……」
こんな姿では家族探しどころか冒険者活動もままならない。街に入ろうとしても討伐対象になるのがオチだ。
「それについては問題ない、と言わせてもらうわ。幻影魔法で角だけを隠すことは出来るの」
「そんな魔法が……世界は広いな」
「実際にやって見せるわね《ステルス》」
幻影魔法とやらを唱えたルナの頭からは角が消滅している。姿隠しの魔法を部分的に発動したようだ。魔人族と人族の違いは角の有無だけなので、これならバレる可能性は皆無に等しい。
「ほう、それの効果時間はどれくらいだ?」
これは重要だ。常にルナに傍に居てもらわなければ生活できないなど、論外だからな。
「それはつぎ込む魔力量によって変わるわね。発動も部分的だから長時間隠すこともできると思うわ」
「そうか……ならよかった」
これからも前とほとんど変わらない生活ができそうだと胸を撫でおろす。少し、いやかなり落ち着いた。家族を助けたところで異端者を見るような目で見られるのは嫌だ。
「ほかに変わったところはあるか?」
「そうね……少し身長が縮んだかしら。多分減った部分が角になっているのね。再構築は元の体をそのまま流用するから」
「なるほど。そう言われてみればそうかもな」
あくまでも少しなので戦闘や生活に影響は出ないだろう。
「あとは……変化はなさそうね。髪色も銀、目の色も赤だわ。顔立ちも変化はないわね」
細かい部分まで伝えてもらうが、問題無さそうだ。知り合いには少しの変化で気づかれる可能性もあったからだ。
「さて、外見にほとんど違いがないとわかったところで、だ。本題のギフトだな」
ギフトは階位によって成長量が変化するだけなので、現時点では力が漲るとかそういったことはない。このギフトの有無によって転生魔法の意義が大きく変わる。
「そうね……。これを使いましょう《ストレージ》」
ルナは空間を魔法で切り裂き、球体のようなものを取り出したが、俺はその魔法の異常性を逃さなかった。
「まてまて!なんだその魔法は!?」
「ただの亜空間魔法の一つ、収納魔法よ?」
「そんな……それも伝説の魔法じゃないか」
転移魔法に引き続き、伝説魔法の一つである収納魔法だ。これは亜空間という概念が理解できないものであるため、人族が幾度も研究しては断念を繰り返してきた魔法である。転移魔法とは違い、理論すら組みあがっていない。
「こんなの魔人族ならだれでも使えるわ。もしかして人族って使えないの?」
誰でも使える……?魔人族とは一体……。
「現状では全く……。使えるどころか存在すら不確定な魔法とされている」
「そうなの?じゃあ機会があればソルにも教えるわね」
「ああ……」
意外そうな顔をしたルナは伝説の魔法を俺に教えるという。それを単純に喜ぶことは出来ず呆然とした様子で受け取る俺。仕方ないだろう、伝説の魔法を使う未来の俺が全く想像できないのだから。
「本題はこれね。『叡智の宝玉』の完全版よ」
「なに?あれは不完全なのか?」
「ええ、人族でもそうだと思うけど出回っているのは調べられる範囲を抑えた劣化品よ。これは私の自作。魔道具作成のギフトも持っているの」
完全に初耳だ。ルナには驚かされてばかりだな……。それにこれまで見たことのない完全版の『叡智の宝玉』を作れるとすれば相当の腕だろう。
「じゃあ完全版は何ができるんだ?」
「ギフト全てと『称号』よ」
劣化版ではギフト全てを網羅出来ていないのも驚きだが、一つ聞きなれない単語があった。
「称号?」
称号と言う概念は少なくとも人族の平民には伝わっていない。前世でも平民だったので同様だ。
「まあ何かを成し遂げた人物に送られる特殊能力……のようなものかしら。説明はしづらいわね。勇者や魔王なんかも称号の一つよ」
「勇者も……?」
勇者は称号だったのか……。特殊能力というと魔物に対して攻撃力が上がるアレだろうか。
「ええ、まあそれも『叡智の宝玉』を使えばわかることね。早速使ってみましょうか」