第五話:絶望と希望
俺の後ろに突如現れたルナ。恐らく俺が攻撃したときに何か魔法を発動したのだろう。体はもう動かず、魔力を使い果たした倦怠感が俺を支配している。
魔力は人の活動において欠かせないエネルギーであり、魔力が尽きれば動けなくなる。
「背中を見せたわね。これで終わりよ《アイスニードル》」
「ぐあああッ!」
体を動かすことが出来ない俺は魔法をモロに喰らって地面に倒れた。
意識が遠のく……。だが意思の力で強く踏みとどまり、気絶は避けた。
「しかし、驚いたわ。魔法をあんな風に使うなんて。あと少し転移するのが遅れたら私は死んでいたでしょうね」
工夫してあの形になったのではなく、俺にはあれしか出来なかったのだ。
しかし、今何と言った……?
「てん、い……まさか転移魔法、なのか?」
這いつくばったまま俺は、そのままの疑問を投げかける。
伝説の魔法の一つ。理論は完成しているが誰も成し遂げたことがない魔法だ。それが使えるとすれば冒険者で言えばランクA相当……。俺には到底勝ち目のない戦いだったということだ。
「攻撃が当たる前にね……。さて、そろそろあなたともお別れかしら」
「くっ……」
「別に死ぬわけでもないのよ。記憶を消して森の外に放り出すだけ」
「だが、それでも……」
勝ちたかった。勝って強くなりたかった。
「何が問題なの?」
「悔しさ、を……忘れたくない。この敗北を、忘れた、ままでは、俺は弱いまま……」
そう、悔しかった。敗北も勝利も人を強くする糧だ。この戦いは俺の人生にとって大きな戦いだった。
そんな俺の意識は意思から逆らい落ちていく……。
◆
木漏れ日を瞼に感じ、俺は目覚める。
ここは……森の中だ。なぜこんなところに?
何か重要なことがあったような気がするが……頭が混乱していて思いだせない。
確か、ギルドで二つの依頼を受けた。イビルタイガーの討伐と、それから……。
「起きたみたいね。調子はどう?まあ魔法で直したから後遺症があるわけないけど」
「……ッ!」
思わず起き上がり剣を探す。すべて思いだした。怪奇事件の調査にきて、その犯人が目の前の魔人族、ルナだった。
「あなたの剣はそこに立てかけてるわ。それを取ってもいいけど……」
直ぐ近くの木を指さしてルナは言う。口では「取っていい」と言うが、ルナの目は「剣を取れば容赦しない」と言っている。
本気を出されて勝てると思うほど自惚れていない。その場所に座ってじっとすることにした。この状況を打破できない自分に嫌気がさして思わずため息が出る。
「はぁ……なぜ俺の記憶を消さなかった?」
「可能性を感じた、ってところかしら。私の探し物をあなたが持っている可能性」
「俺に……?」
分からない。彼女が何を探しているのか。目的がはっきりしない。
「そうよ。私は、共に旅をする仲間を探している。見ての通り私は魔術師よ。前衛を出来る人材を探しているの」
「記憶を奪うんじゃなかったのか?」
「それは嘘よ。そう言わないと本気を出してくれないから。ここに魔人族がいるって悟られたら大変なことになるから記憶を消しているだけ。覗き見たりはできないわ」
まあ負けたときの記憶を消されるくらいなら……と思う者も多いだろう。俺は記憶を消されること自体を嫌がったわけだが。
「しかし旅と仲間、か。それには俺は相応しくないだろう。戦ってその通り、俺は弱い。ルナが相手するほどの魔物と相対すれば、間違いなく踏みつぶされるだけだ。それに俺には俺なりの目的をもって冒険者をやっている。だからルナにはついていけないだろう」
「そうかもしれない。でも私にはその弱さをどうにか出来る手段があるとすれば?」
悪魔の囁きともいえるその言葉に俺は身を乗り出した。
「どうにかできるのか!?」
「それはあなた次第、とだけ。その儀式で必要になるのは強靭な精神力のみよ」
なるほど、それで冒険者を襲って目的を達成するに相応しいか試しているわけか。
「だから現状での強さは関係なく、強敵に歯向かう精神力を持った人物を探していたわけか?」
「それもそうだけど、ほかに理由があるわ。私があなたを選んだのは、最後に見せた強さに対する執着。冒険者は強者に挑む度胸は十分あるけど、死ぬことに対して達観しすぎていると思うのよ」
確かに冒険者は常に死を覚悟して挑む職業だ。だからこそ実入りがいいのであり、死にたくない奴は冒険者をやらない。
「そうか……。仮に俺の実力面は解決できたとしても、俺には冒険者をやっている目的があるわけだが」
強くなれるという甘言に『ルナと旅をする』という方に気持ちが向かう。だが俺の『奴隷になっているかもしれない家族を救い出す』目的が達成されない保証がある限りは、俺は梃子でも動かない。
「それは内容によるわね。私の旅は長いからまだまだ余裕はあるわ。私の目的を話してもいいけど、先にあなたの目的を聞いておきましょうか」
「そう、だな」
俺がこの話を断ったとして、不利益があるわけでもない。受けた場合はリスクがあるようだが、強さを得る上でリスクは承知の上だ。
◆
俺はルナにこれまでの経緯を話した。前世が勇者であるということは省いたが、話したところで話の趣旨的にはあまり関係ないことだし、『生まれ変わり』なんてこと信じると思えない。
「ギフトがなく、村が全滅、家族を探して……。随分苦労したみたいね」
「余計なお世話だ。それで、どうなんだ?」
少し気持ちが焦っている。強くなれるかもしれないのもそうだが、人に話して改めて俺の家族の危険を強く感じた。……もう七年になるのか。
「問題ない、と思うわ。私の旅は各地を回るのを目的にしているし、その点については。ただ最終目標だけはあなたが受け入れられるか、わからないわね。いえ、それについては私一人で……」
「俺は可能性を手に入れられるのだろう?ならそれで十分だ。最後まで付き合うさ」
軽い感じで了承してしまったが、俺にとっては強くなれるという可能性を与えられるだけで、俺の目的を果たした後にルナの旅に付き合う理由になる。
「本当に?言質とったわよ。その言葉、生涯忘れないことね」
どうやらとんでもないことを抱えているようだ。それもそうだろう。ルナは間違いなく強い。そんな彼女が共に戦える相棒を探しているからだ。
「……話は決まりだな。ちなみにルナの最終目標というのは?」
目的と言わず、目標ということから成し遂げられるかかなり不安なことなのだろう。
「そうね……それはまだ秘密にしようかしら。信頼に値できると思った時に教えてあげる」
「……ああ、わかった」
そこまでは教えてくれないのか。いや、俺が話し過ぎただけかもしれないな。何故かルナは初めて会った気がしない。
◆
「準備はいいかしら?」
「問題ない」
俺の足元には巨大な魔法陣。何を書いているか全く見当もつかないが、これから使う儀式魔法に必要なものらしい。
ギフトは生を受けたときに人が授かる。判別するのは五歳のころだが、ギフト自体は生まれながらに持っているものだ。
それを拡大解釈し身体を作り替え、再誕生とすることによってギフトを獲得しなおすというものである。
かなり無謀な賭けのように思うが、ぶっちゃけ『ハズレ』のままではいつになっても家族を救いだせないだろうから、これは俺が取れる唯一の手段だと言える。
ルナが言うには理論上、成功確率は精神力に比例するらしい。
理論上というのが少し怪しい……いやここまで来たのだから思い切ってルナを信じてみよう。
「あっ、儀式が失敗したときのために名前を聞くのを忘れていたわ」
わざとらしくルナが不謹慎なことを口にする。
「はぁ……こんなときにろくでもないこと言うなよ。……ソルだ」
少し憂鬱な気分になりつつ答える。どうやら場を和ませようと冗談を言ったようだが、さすがに笑えない。
「……じゃあ行くわよ。──《リ・バース》」
そんな微妙な雰囲気で転生魔法は発動した。