第三話:遭遇
俺が冒険者になってから二年が経った。武器や防具も借り物ではなく、稼いだ金で自前の物が用意できるようになり、ランクは一つ上がってDになったものの、実力は左程上がっていないのが現状だ。いや、わかっていたことではある。これが『ハズレ』が『ハズレ』と言われる所以なのだから。努力ではどうにもならない壁、それがギフトだから。
それでも俺が強くなることを諦める理由にはならないのが、未だに冒険者を続けていることで証明できる。そう、決して諦めることはない……。
実のところ今の俺には焦りがあった。それは奴隷になっているかもしれない家族のことだ。基本的に奴隷と言っても、大半は酷い扱いを受けることはないが、俺の家族は恐らく違法奴隷になっているだろう。
借金を返すことが出来なかったことで落とされる借金奴隷や罪を犯したことでなる犯罪奴隷とは違い、正規の手段を踏まれずに奴隷として強制的に奴隷になったのが違法奴隷だ。
そうなると買い手も犯罪紛いのことに手を染めているものに限られてくる。つまり俺の家族は危険な状態に晒されている可能性も高いわけだ。
村が盗賊に襲われて七年が経つ。もしかしたら……という不安も幾度となく感じた。時間が経つにつれて最悪の状態になる可能性が増大する以上、俺は一刻も早く強くならなければいけない。
◆
今日、ギルドに不思議な依頼が掲載されていた。内容は「ガラの森における連続怪奇事件の調査」だ。
主な被害は冒険者。被害を受けた冒険者たちの話では特に外傷などはなく、森に入った後の記憶だけが全くない状態で森の外縁部で寝ていたらしい。最初はうっかり昼寝でもしたのだろうと皆が笑ったが、それが何度も毎日のように起きている事件であるため、ギルドが緊急の依頼としたのだとか。
魔法で精神を操られているのかとも考えられたが、結局記憶が無くなっているだけなので後遺症なども発見されず、不思議なだけの危険度の低い依頼だ。
適正ランクはD。今の俺であればこの依頼は受けることが出来る。正直これを受けて俺が強くなれるかと言えばかなり微妙だが、ガラの森は俺が主に活動する森であり、他の依頼と重ねて受けることが可能であるため、ついでに受けてもいいかなとは思う。
今日もガラの森にいくのは変わらないわけだし、行っても必ず怪奇事件の被害に遭うわけでもない。加えて被害を受けたとしても何か害があるわけでもない。
結局、何か見つかれば儲けものという軽い気持ちで依頼を受けてしまった。
これが俺の人生を大きく変えることになるとは、この時は全く想像もしていなかった……。
◆
二年前、初めてゴブリンを討伐して以降、俺はよく討伐依頼を受けている。理由は至極単純。経験を積み、強くなるためだ。ガラの森には多くの魔物が生息している。いずれも比較的下級のものばかりだが、その中に「初心冒険者の壁」と言われる魔物が存在する。
その魔物の名前がイビルタイガー。素早い動きで相手を翻弄し、強靭な刃のような爪と噛みつきの攻撃を主とする虎型の魔物である。
魔物は脅威度というもので大まかに格付けが為されており、イビルタイガーは脅威度がDである。
ちなみにゴブリンの脅威度はE、スライムの脅威度はE-である。「E-」は脅威度Eの魔物より少し劣るという表記で、ゴブリンが群れた場合は「E+」になるが、それはゴブリン単体のEより少し厄介であるという意味だ。
脅威度Dの魔物の強さを一般人との戦いで例えると、一般人が何も出来ないで負けるぐらいの強さだろうか。脅威度がDの魔物はDランク冒険者と同格か少し下という扱いであり、文字通りに見ればランクDの俺は苦戦する相手だ。Dランク冒険者でも多少苦戦するため、初心冒険者には強敵であるということだ。まあDランク冒険者でも苦戦する、というのは戦いに工夫を入れなかった場合の話で、実際は苦戦するという話は聞いたことがない。
なぜ俺がこんなことを考えているかと言えば、今回受けた依頼が例の調査依頼とイビルタイガー三体の討伐だからだ。イビルタイガーは群れない習性であり、勝てることには勝てる。だが俺からすれば油断ならない相手だ。隙を晒そうものなら死ぬことになるだろう。
不思議な依頼のこともあり、俺は少し警戒して森に入った。今のところはいつもの森と全く変化がないように思える。
今回の依頼で、最初に探すべきなのはゴブリンだ。単体でもいいが、より好ましいのは五体ほどの群れである。
イビルタイガーに限らず人の丈ほどの魔物を討伐するに当たって、有効な手段は罠だ。だが獲物をひたすらに待つのでは効率が悪い。そこでイビルタイガーの鼻の良さを利用し、血の匂いに釣られてやってきたところを罠と不意打ちで討伐する。
これで何度も討伐を成功させているので、この方法はかなり信用できる。
森に入り、少し歩いたところでゴブリンの群れに遭遇した。数は少し多めで七匹だ。これが冒険者を始めたてのころなら苦戦しただろう。だが実力が上がっていないのだとしても、ここに来るまでに得た経験や知識のおかげで難なく倒すことが出来た。
あとはいつものように剥ぎ取りを行い、一つの場所にまとめて置く。ゴブリンの血の匂いに釣られてイビルタイガーが寄ってくるわけだが、それまでに罠を設置しなくてはならない。
罠と言っても仕組みは簡単どころか、子供でも作れる、ただの落とし穴だ。
堀った穴の上に枯れ木と葉で蓋をして、茂みに隠れてしばらく待つ。俺の匂いはゴブリンの強烈な匂いが消してくれる。
やがて、一匹のイビルタイガーが現れた。二匹だとその場で争いが始まり、疲弊したところを漁夫の利で掻っ攫うことも出来るのだが、そう都合よくはいかないか。
イビルタイガーの目は新鮮なゴブリンの死体にくぎ付けであり、俺に気づいている様子ではない。落とし穴はゴブリンの死体の周囲でに掘ってあるので、食おうとすれば必ず引っ掛かる。人が見れば一目瞭然だが、魔物はある一定の強さになるまで知能は左程高いわけではない。
俺は弓を構えてイビルタイガーが罠に嵌まるのをじっと待った。
罠に嵌まってイビルタイガーの足が地面に沈む。流石に体ごと落ちるような穴は作っていないが、それでも動きが止まるので十分だ。
動きが止まったイビルタイガー目掛けて、限界まで引き絞った弓で矢を射る。
痛みを感じてイビルタイガーが小さく吠える。急所は外したようだが、当たっただけでマシだ。俺には弓のギフトはないのだから。
俺の存在を知覚したイビルタイガーに弓は有効ではないことに加えて、もう一度当てる自信がないことから弓を放り、剣で斬りかかる。
それほど俺と距離は離れておらず、すぐにイビルタイガーの元へたどり着いた俺は横薙ぎを繰り出した。
後ろに飛んで躱されてしまったが、向こうは動けば動くほど血が流れ不利になる。結局、動きが鈍ったところを俺の剣が体を貫き、その生命を終えた。
その場で同じように続けてイビルタイガーを二体討伐し、討伐証明部位や金になる毛皮や爪を剥ぎ取ったあと、ふと思った。
今回の依頼の一つである、ガラの森における連続怪奇事件の調査だが、これまで全く異変は見つけられなかった。核心となるものは見つけられなくても、何かしらの違和感があってもおかしくはないはずなのにだ。
「あら、奇遇ね。こんなところに人が居たなんて」
俺に話しかけてきたのは、どうやら人のようだ。考えるのをやめ、振り返り返事しようとしたところで俺は気づく。
「……気配を殺して近づいてきたな?何者だ」
気配を悟れなかった。戦闘力はともかく、前世の経験からそういう面では抜かりなく行動してきたし、これまでも不意打ちされることはなかった。
「ただの善良な人間よ?……人類全体から見れば悪人になるかもしれないけど」
そういって姿を現したのは金色の髪に青色の目を持った女。美しい容姿に誰もが見惚れるだろうが、その人物の頭は悪魔の象徴ともいえる二つの角がある。
それは人族が敵対している魔人族の特徴だった。




