第二話:初依頼
受付嬢の案内で片手剣と丸盾を借りた俺は初めての依頼を受けるべく冒険者ギルドにある依頼ボードの前に向かった。もう朝のピークは過ぎているようで、既に冒険者たちは依頼に赴いており、先ほどはあんなに騒がしかったギルド内が嘘のように静かだ。
大量の依頼が張り付けられている依頼ボードに目を通し、俺が受けられる依頼を探す。記念すべき最初の依頼は……薬草採取だ。
受付に依頼書を持っていき、受付嬢に手渡し依頼を受ける。こうすることで他の冒険者と依頼が被ることが無くなるのだ。
薬草採取に必要なのは、薬草を刈り取るナイフと知識のみ。今回受けた依頼の薬草は下級回復薬の材料に使われるものだ。孤児院にいたころ冒険者がこっそり連れ出して採取を手伝わせてくれた薬草でもある。
さて、強さを求める俺がなぜ、一般的に言えば地味な薬草採取という依頼を受けているのか。それはこの薬草がソロで活動するにおいては非常に役に立つモノだからだ。
回復薬にしなくても患部に塗り込めば自己治癒能力が上がり、傷の治りが早くなる。初心冒険者で金がなく、これからソロで活動するだろう俺には必要不可欠だ。
加えて今の所持金が五千グレスしかないため、万が一魔物討伐の依頼を受けて剣と盾を弁償出来なくなったら俺は詰む。だから最初に少し稼いでおかないといけないのだ。魔物が生息する森であるため薬草採取も魔物と遭遇するかもしれないが、討伐に比べればその確率はかなり下がるものだからな。
というわけで必要な道具を準備した俺は目的地であるガラの森に向かうことにした。
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ガラの森。そこには魔物が生息している。主な魔物はゴブリンやスライムなどの下級の魔物であるため比較的安全な森とされている。そうは言っても魔物に対抗する術を学んでいない一般人には危険な森であることには違いなく、そのために冒険者が魔物の間引きや薬草採取を行うわけだ。
効能の高い薬草が生えている場所は魔物の生息域であることが多く、その原因は魔物を構成するうえで欠かせない魔素の濃度だとされている。魔素は魔力の元になる目には見えない自然エネルギーとされ、魔素が濃い地域では魔物が生まれやすい。逆に一定以下の魔素濃度であれば魔物は発生せず、そこに人類は街を作り、国を作ってきた。
生物や植物というのは魔素を体内に取り込み、魔力に変換する。だが魔物は魔素をそのまま運用し、強力な魔物になると魔法や身体能力強化を息をするように発動するのだ。俺に限らず魔力は生物すべてが持っているものだが魔法を発動させるのは小規模のものであっても努力が必要だ。そういう俺も少し前まで魔力の運用法を学んでいたところで、実用には至っていないが魔法も少しは使えるようになった。戦闘に使えるかどうかはこれからの努力次第だろう。
森に入ると少し人の手が入っている薄暗い道と小鳥の声が来訪者を出迎える。魔物が出るとは思えない静けさだが、特にゴブリンは狡猾でどこに息を潜めているかもわからない。出来るだけ茂みから離れ、道の真ん中を歩くように心掛けた。時折周囲の草むらをかき分け、薬草の見逃しがないかもチェックすることも忘れない。
薬草の名前はユーリ草。それほどこの森ではそれほど珍しい薬草でもないため、少し歩けばすぐ発見できた。納品する数は十本だがこの調子ならすぐに集まりそうだ。
茎の根元から切り取り腰から下げた袋に仕舞う。群生地でも見つかれば楽なのだがそう簡単にはいかない。地道に採っていくことにしよう。
さらに少し歩いて森の中に入っていくと、ふと周囲に気配のようなものを感じた。転生し、大幅に弱体化したとはいえ元は勇者だ。気配察知ぐらいは気を張っていれば容易である。
数は複数。この森は中心部に入ればオークなどの強力な魔物も生息しているが、ここは魔素の薄い外縁部だ。つまりこの気配は下級の魔物で、かつ群れで行動することの多いゴブリンである確率が高いな。
抜剣していつでも剣を触れるように警戒していると、痺れを切らしたのか一体のゴブリンが姿を現した。他の個体が姿を見せないのはどうやら俺を不意打ちする気らしい。
緑色の皮膚に小柄な体、頭に小さい二本の角があるのがゴブリンである。武器として持つのは木でできた棍棒であることが多い。小さい体の見た目通り人間の子供と同じ程度しか力はないが、考えても見てほしい。大人であったとしても棍棒を持った子供複数人に囲まれて楽な気持ちで居られるだろうか。多少戦闘の心得がなければ勝つことは難しいのだ。だからこそ魔物は人間に対して害意を持っているという時点で脅威である。
俺は焦らない。変に突撃して囲まれでもしたら苦戦するのは間違いない。故にゴブリンが待ちきれず俺に向かって攻撃してくるのを道の真ん中でずっと待つ。
数秒もすれば、多少知能があるとはいえ低級の魔物だ、人間を襲うという本能に負けて打ちかかってきた。
大振りの棍棒の一撃を難なく上に弾き、がら空きの胴体へ剣を振る。それだけで事切れた一体目のゴブリン。仲間がやられたことに憤慨していないのだろう、先ほどと同じ茂みから三体のゴブリンが一気に飛び出してくる。
目の前で仲間がやられたのに学習していないのか、馬鹿の一つ覚えのように冗談大振りの一撃ばかり繰り出してくるものだから反撃は簡単だった。当たればかなり痛いだろうが、頭に当たらなければ死ぬ心配もない。
三体居たため少し時間が掛かったが怪我を負うこともなく戦闘を終えることが出来た。一応、魔物とは初戦闘となったわけだが、前世では毎日のようにゴブリンとは比べ物にならない強敵と戦っていたぐらいだし、特に思うところはなかった。
一応このゴブリンにも討伐報酬がある。常設依頼という依頼の形式で、受付まで依頼を持っていく必要はなく討伐証明部位を受付に渡すだけで報酬が貰えるというものだ。常に依頼を置いている分、報酬の金額は低くなるが今日のような場合には重宝される。
ゴブリンの討伐証明部位は二本の小さい角だ。常設依頼の一体当たりの報酬は五百グレスだった。つまり今回の遭遇戦だけで二千グレスになり、薬草採取の報酬は三千グレスだったので依頼を無事達成できれば五千グレスになる。
思わぬ臨時収入ではあるが、命を懸けた戦闘の報酬が二千グレスしかないとみるか楽に勝てる敵を倒して二千グレスも稼げるとみるかは人次第だろうな。
そして魔物は体内に魔石というものがあるが、ゴブリン程度の魔物だと低級すぎて使い道がなく高く売れないため換算には入れない。
今倒したゴブリンの角と魔石を剥ぎ取って回収し、死体は道から離れた場所に一か所にまとめて置く。こうしておいておけば他の魔物が食ってくれるか、自然に消滅する。魔物は繁殖せず魔素から生まれ、死体を放置しておくと消滅してしまうことから生物のカテゴリーに入っていない。
ゴブリン討伐という一仕事を終えた俺は少し深呼吸し、次の薬草を探すことにした。
◆
約三時間後、薬草を十本あまり採取し終えた俺は冒険者ギルドに戻って依頼達成報告をする。最初は順調だったが魔物を警戒しながら薬草を探すのは少し骨が折れた。結局帰り際にもゴブリンに襲われたし、運が悪いのだろうか。
現在は昼で冒険者たちは依頼から戻ってきていないようで、ギルド内は依然静かだ。
「いらっしゃいませ。あら、あなたは今朝の……」
「ソルだ。依頼達成の報告に来た」
そういって薬草が入った袋をカウンターに置く。ついでに常設依頼のゴブリンの角も置いておいた。
「かしこまりました。受けた依頼はユーリ草十本の納品と……これはゴブリンの角ですね。少々お待ちください」
手元にある資料らしきものをいくらか捲って、俺が受けた依頼を確認したあと薬草が入った袋を持って事務所らしきところへ受付嬢は消えた。
きっと薬草の品質を確認し、報酬もその時持ってくるのだろう。
言われた通りに待っていると、案の定硬貨が入っているような音を立てる袋を片手に受付嬢が戻ってきた。
「おまたせしました。これが報酬の六千五百グレスになります。ご確認ください」
「ああ」
帰りにゴブリンを三体討伐したので報酬は千五百グレス多くなっている。
確認してくれと言われたが、ここで確認するのは流石にマナー違反だから後で確認するか。
無事に初めての依頼を達成できた俺は冒険者ギルドから出た後に胸を撫でおろした。これが冒険者か。一見危険に感じない薬草採取でも常に危険が付きまとう……。出来れば毎日魔物討伐して強くなりたいところだが、定期的に休まないと体を壊しそうだ。
俺は普段寝泊まりしている安宿のベッドに体を投げ出したあと直ぐに深い眠りについた。
そして二年後……。