第十五話:再開
俺は全力で走った。今この瞬間にも妹に危機が迫っていると思うと急がずにはいられなかった。
立ちはだかる衛兵を次々と気絶させ、俺は進んでいく。これも以前ではできなかった芸当だろう。
ベルツの私室は恐らく二階の一番奥だ。侵入者が到達するのを少しでも遅らせる措置だと思うが、場所がわかるのは今回ありがたい。
辿り着いたこの屋敷で一番豪華な扉を勢いよく開き、俺はその瞬間を目撃する。
「グフ。ついにビアンカ、お前も十五になったことだし、ここは私が一つ夜の技術とやらを教えてやろうではないか」
ベルツ伯爵らしき男は興奮して俺には気づいていない様子だった。
偉そうででっぷりと太った中年の男が一人の少女へ手を伸ばしていく。その少女とは白髪に紫の目をした俺の妹、ビアンカであった。
それに対してビアンカは、怯えているように体を震わせていた。
一声かけても良かったのだが、この時の俺には自制心というものが皆無だったのは仕方のないことだろう。
「おおおぉぉぉぁぁああッ!」
一心不乱に駆け、刀を抜いた。そして血しぶきが舞い、男は床に倒れる。
「……ああああああぁぁぁああああ!私の腕がぁぁぁ!」
男は無様に床を転げまわり、必死に出血した腕を押さえている。切断はしなかったが、ほぼそれに近いだろう。
「えっ?……ええっ!?」
突然の乱入者により、気が動転しているビアンカ。俺は安心させるための声を掛けるべくビアンカに近づいた。
「ビアンカ、迎えに来たぞ」
「えっと、誰……ですか?」
そう聞いて、俺は少し落ち込む。
「はぁ……まあそうか。七年も経てば兄の顔など忘れてしまうものかな」
「もしかして……兄さま!?」
「もしかしなくても、俺がソルだ」
その決定的な台詞にビアンカは硬直した。そしてその直後に涙を流し始めたのだ。
「おい!?どうした!ベルツが何かしたか?」
そういって振り返り、俺はベルツを睨む。一方ベルツは腕の痛みでそれどころではないらしく、汗と涙と鼻水を垂らしながらうずくまっていた。
だが、そうではなかったらしい。俺の後ろから柔らかい感触がし、首だけ振り返る。
「ビアンカ?」
「違うんです。……いえ、違わないこともないですけど、この涙は兄さまに会えたことに対する涙なんです」
震える声でビアンカは俺にそう呟いた。
「そうか……。どれ、ここには居たくないだろう。俺が仲間の元へ送っていこう」
仲間とは俺の仲間のハンスとルナのことでもあり、ビアンカがこれまで頼りにしてきただろうあの四人の少女のことでもある。その六人は俺が飛び出してきたため、一緒にいるはずだ。
「……そんなことありません。兄さまが居れば、そこは安全なんですから」
すぐに泣き止んだようだ。俺を腕から解放し、俺が向き直った後でそう告げた。
俺はそんなに信頼を勝ち取るようなことをしただろうか。いや窮地を救ったのだからそうなのかもしれない。
「ビアンカがそう言うなら……。ただ、少し残酷な場面をみるかもしれないぞ」
「構いません。それがこの男に決着をつけるという意味なら、むしろ私は見届ける権利があります」
一体、何がビアンカを強くしたのだろうか。八歳の時に盗賊から攫われて七年、まともな教育を受けることもなかったはずなのに。
「……そう、だな」
「お取込みのところ失礼。私もお仲間に入れてもらっていいかしら」
「……ルナ」
姿を現したのは俺が置いていったルナだった。俺が心配でついてきた、といったところだろうか。
「あの、どなたでしょうか?」
「私はソルのパーティーメンバー、ルナよ。それにしても、派手にやっちゃったわねぇ」
ルナは床に散らばった血を見てそう呟いた。ビアンカはなるほどと言って何かを考え出した。何が「なるほど」なんだ?
「仕方ないだろう。ギリギリだったんだ」
「そうかもね。でもさすがにこのままベルツが死んじゃったら不味いかも。ということで傷を塞ぐわね」
そういってルナはベルツに歩み寄り、回復魔法を掛けた。といっても簡易なもので本当に傷を塞いだだけのもので適当だ。
「確かにな。行動が短絡的だった。すまない」
「そんな……!兄さんは私を助けるために……」
「ビアンカ、これは依頼なんだ。私怨はあるが、任務内容を優先しなければならない。殺しは厳禁なんだ」
「そうね。でも……」
「おい、そこの女!よくやった、私の妾にしてやってもよいぞ!?」
「こうやって痛めつけることはできるわ《アイスエッジ》《ヒール》」
ルナが放った魔法は時間差でベルツに効果を与えた。一つ目の氷の刃はベルツの腕を軽く切り裂き、二つ目の回復魔法で傷だけ塞ぐ。この二つで傷跡を残しながら痛みだけ与えられるという寸法らしい。
「ぐぎゃああああ!!!」
先ほどよりも浅い傷なのに、同じようにベルツは床を転がりまわった。血が出ていないのに痛みだけは残っているようだ。
「うるさい口ね。塞ぎましょう《サイレント》。……これで静かになったわ。どうソル、やってみる?そっちのお嬢ちゃんでもいいわよ」
ルナが静音魔法でベルツから出る音を消し、俺ばかりかビアンカにも提案してきた。だが俺はともかくビアンカはそれを望まないだろう。そして俺もそこまでは望んでいない。
どうやらルナもかなり腹を立てているようだ。
「いえ、遠慮します」
「俺も同じく、だ。それよりも聞かなければならないことがある」
俺がかなり真剣な雰囲気であることを悟ったのか、ビアンカとルナは同時に頷いた。
「なら先にそっちを済ませるべきね。私はお嬢ちゃんと部屋の前で待機しているから。さぁ行くわよ」
「私はビアンカです。兄さま、お気をつけて」
「ああ。ルナ、頼んだぞ」
「任されたわ」
そして二人が退出し、残るはベルツと俺になる。
俺はベルツにゆっくりと歩み寄り、胸ぐらをつかんで持ち上げた。
「ひっ!く、ぐるしい……」
「一つ聞こう。グリージャという女性に聞き覚えはあるか?」
ルルが言うに聞き覚えはあるようだ。ただ忘れかけていたみたいだから相当前にここから姿を消していた可能性が高い。ベルツなら知っているはずだ。
「は、放してくれ、そうしたら……」
「窒息するのと今すぐ喋るのとどっちがいい?」
軽く威圧してベルツに再度問いかける。殺すことはないが、窒息はかなり苦しいことだろう。脅してしまったな。……まあいいか。
「ひいぃぃ。し、知っている……。グラン家が欲しいというのでやったまでだ。そごからはじらない……」
「ふむ……」
そろそろ本気で苦しそうだ。情報を喋らないのは困るので、手を放して床に落下させた。
尻を打ったようだが気にするようなことではない。
「た、助かった……」
「……細かく話せ」
「わ、わかっている!グランティン家とはこの国にある五つの公爵家の一つ、逆らおうにも無理な相手だった。美しい女だったから目を付けていた……」
「余計なことは言わなくていい。それとも斬られたいか?」
更に脅す。これで有益なことを話せばいいのだが。
「わ、私を殺せばどうなるか……!」
俺は足に切り傷を一つ付けた。同様に泣き叫ぶベルツ。それの髪を上に引っ張り、顔が見えるようにしてやる。
「次はない……。わかるな?」
「は、はい……わかり、ました。グランティン家の長男がこの屋敷に訪れたときに気に入ったようでして、後日私に寄越せと。その先は知りません……。ほ、本当に知らないんです!」
嘘はついていないか確かめるために睨むと必死に弁解している様子から嘘ではないようだ。
しかし突然態度が変わったな。下手なことをいって斬られたらたまらないと必死なのだろう。
「そうかグランティン家か……」
どうやら次の目的地はグランティン公爵家のようだ。




