第十三話:噛ませ犬
「おい、ソル!今日は大事な任務があるだろう……なぜ挑発に乗った」
ハンスが言っていることはもっともだ。今日は俺の家族を救出する日。居るかどうかは不確定なのだが、俺は「居る」と確信を持って言える。それがなぜなのかはわからないが、勘のようなものだと思う。
「冷静さを欠いたわけじゃない……。ただハンスは気づいてるよな?俺が変わったということ」
具体的なことは言わない。俺が変わったことは見抜いていたはずだ。
「どうやらそうらしいな……。でも模擬戦でも何かあったら任務に出れなくなるどころか最悪追放だぞ?」
本来、依頼を受けて失敗したとしても冒険者ランクが下がることすらない。しかし今回は極秘依頼。指名依頼よりも責任は重いため、ペナルティも大きい。
「そうだな……。でも俺は変わった実感がないんだ。それを確かめなければ次に進めない」
「なら俺が相手すれば……!」
確かに、ハンスが俺の対戦相手なら怪我をする可能性はかなり低くなる。だが、安全な戦いではダメなのだ。命を懸けるまではしなくても、十分怪我をする可能性のある戦いを受けるには……今しかない。
「わかっているだろう、ハンス。お前では俺に全力を出せない」
「……そうだな。その通りだ。……はぁ。ただ、依頼遂行できなくなったら怒るからな」
俺にとって重要な依頼というだけでなく、ハンスは俺と初めて受ける依頼なので楽しみにしているのだろう。
「もちろんだ、約束しよう。俺がお前を裏切ったことなんてない」
「お熱いわねぇ……」
蚊帳の外になっていたルナは、どこか遠い目をして呟いていた。
◆
俺とルナは申し込まれた模擬戦、と言うよりは決闘を受けるためにギルドに併設されている訓練場へと足を運んだ。観戦席にはギルマスやハンスが座っている。野次馬の冒険者も居るようだ。
「最初は俺とタンク、次にルナと魔法使いだな」
「まあ、ほどほどに頑張りましょ」
名前は知らない。あいつらは俺たちに名乗る名前などないとでも思っているのだろうか。
「ルールは標準、大怪我や死に繋がる攻撃は禁止だ。俺の場合は寸止めだな」
「私の場合は、完封したら勝ちかしら」
「恐らく」
魔法の模擬戦のルールなど知らない。だが危ない攻撃は禁止ということだから、魔法をぶつけ合ってその威力で勝負するのだろう。ルナが負けるとは思えないが。
観客がそんなにいるわけでもないので割と静かだ。何やらひそひそ話をしている奴らは以前俺を『ハズレ』と罵った奴らだったか。少し見回してみれば知った顔も見受けられる。
「俺は変わった。見てろよ……」
そう呟き、俺はタンクに相対した。
戦いはもうすぐ始まる。タンクが俺に向ける目線は、恨みと言うより哀れみだった。
「ああ、こんな大衆の中で無様を晒す君をかわいそうに思うよ。ハンスと関わらなければこんなことにはならなかったのにね。日ごろ忠告してあげていたのに残念だ」
いや、既に戦いは始まっている。ここで挑発するのも一つの戦術だ。……なるほどな。
「随分と長ったらしい戯言を言うものだ」
彼の挑発に突っ込みどころはあったが、いちいちそれを指摘しても挑発が目的なので意味をなさないだろう。
ならばと思い、言い返してみたが……。
「……ッ!」
おや?どうやら怒ってしまったようだ。先ほどの言葉はまさか本心だったのか?
……単に煽っていただけなのかもしれない。拍子抜けなんだが。
とはいえ俺が油断することは出来ない相手だ。ハンスよりは強くないだろうが、そんなに弱いわけでもないだろう。ランクはDの上位くらいが妥当な強さだろうか。
見るからに怒っているし、今にも飛びかかってきそうなほど血走った眼をしている。
「両者、構えて。よし、これより冒険者ソルとカイトの模擬戦を始めるッ!」
戦いが始まった合図だ。既に俺は刀を構えている。刀には居合切りという技があるらしいが、まだ実戦で使えるとは思っていないので今回は使わない。
というかタンクはカイトというのか。初めて知った。
始まるや否やタン……もといカイトが俺に向かって全力疾走してくる。いや、カイトはタンクではなかったのか?攻撃を受けきる専門家なのでカウンターが主な攻撃手段と思っていたのだが……。
しかも遅い。それは彼が日ごろ前に突進していくことがないからだろう。
恐らく彼は怒りに任せて攻撃を仕掛けようとしているか、俺をかなり侮っているのだ。
どちらにせよ好都合だ。
カイトは大きな盾に隠れてしまい、その体の半分も見ることが出来ないが、それは彼からも俺が見えないということである。
突然だが、この模擬戦は死に繋がる攻撃をしなければ何をしても基本的にはお咎めなしだ。
タンクが防御を無視して突っ込んできても、普段使わない武器を使っても、魔法を使っても、問題ない。
「《ステルス》」
俺は姿を消した。俺が今まで居たところをカイトが通り抜け、何やら違和感を感じたらしいカイトが大盾から顔を出した。
「なっ、どこに行ったんだ!まさか尻尾巻いて逃げた?フフ、口ほどにもないね。僕に勝てないならハンスと関わるのは──」
「──チェックメイトだ」
俺は動きが止まっていたカイトの首に後ろから刀を突き付け、試合終了を宣言した。
ちなみにルナの試合もすぐに終わった。俺のように心理戦などなく実力のみの勝負で圧倒的な差を見せつけ無口な魔法使いを下した。
「卑怯だぞ!もう一回やれば僕が勝てるんだ!」
そう騒いでいるのは俺に敗北したカイトである。俺的にもう一回模擬戦をやるのは構わないが、それは恐らくやめておいた方がいいだろう。
もう実力はだいたい分かった。あんな挑発で腹を立てるようなら俺には勝てない。
ならもう一回勝負してやれよと思うかもしれないが、それはカイトの名誉が傷つくだろう。今でも十分無様に喚いているが、これで俺が許可してもう一勝負となってまた負けたらどうだろう。
己の失敗を敵にやり直させてもらいつつ、本当の実力で負けたタンクという最悪な称号が付く。ハンスはそれくらいでは見放すなんてことはしないだろうが、割とそういう風聞は冒険者にとって重要なものである。
それを分かっている残りのメンバーはカイトを引きずって退場していくのであった。
「強くなったんだなぁ、ソル!」
ハンスは感極まった様子で俺の肩を叩いた。いや、俺が強いというよりもカイトが油断しすぎな気が。
「いや、自分のパーティーメンバーが負けたのにそんな感動していていいのか?」
「いいんだよ。あいつらにも薬が必要だったんだ。他人を見下していてもいいことなんてない。それを分かってくれればいいんだが」
やはりハンスは仲間想いでもあるようだ。その姿勢は全冒険者が見習うべきだと俺は思った。
「私は逆に恨まれるというか尊敬されてるっぽいんだけど」
「……圧倒的だったな。まさかミナがあんなに一方的に……。ああ、すまん。あいつはいつも人との関りを極力避けて魔法の研究ばかりしてるやつなんだ。俺のパーティーに入ったのも魔法を試し打ちするため。ルナに勝負を挑んだのも実力が見たかっただけなんだろうな」
魔法使いの名前はミナというらしい。どうやらかなり魔法には精通しているほうらしいが、ルナには勝てなかったようだな。
「それで私に弟子入りしようとしてくるんだから迷惑な話よね」
「そうなのか!?あいつにパーティーを抜けられると困るんだが……」
「断ったわよ。私にも目的があるから」
「そうか、良かった……」
こうして何やら騒動を呼びそうだったハンスのパーティーメンバーは退散していた。
本当の本番は今日、ベルツの屋敷に潜入する。しかし言いようのない不安が俺を襲っていた……。




