第十話:良い話
刀を購入した翌日、冒険者ギルドにて。
「まずはパーティー登録だな」
これまで誰ともパーティーを組まなかった俺だが、まあ怪しまれるかもしれないが問題はないだろう。
気が変わったとでも言って誤魔化せばいい。
「おはようございますソルさん。今日は依頼ですか?おや、そちらの方は……」
いつも俺の対応をしてくれている受付嬢が俺の隣に違和感を覚えたのか尋ねて来る。この受付嬢の物腰も随分柔らかくなっている。
「ルナよ。ソルとパーティーを組むことにしたの」
「あら、そうですか。では今日はパーティー登録ですね」
少し気になっているようだが冒険者に詮索を入れてはいけない暗黙の了解があるのは受付嬢も同じだ。
「そういうことだ。登録は冒険者カードの提出だけでよかったか?」
「はい、それで大丈夫ですよ。それとソルさん少し連絡が……」
「ふむ」
手招きして俺を呼び寄せる受付嬢。どうやら内密にしたい話があるようだ。
俺は近づいて耳を傾ける。
「……ギルドマスターが少しお話をしたいと。どうやら悪い話ではなさそうでしたし、断ってもいいような口ぶりで、実際に会うかどうかはソルさんが決めて頂いて結構ですので……」
「……そうか」
少し迷う話だ。俺は今、魔人族。ギルドマスターは相当な実力者だったと聞くから見破られたりしないだろうか。
「どうしたの?愛の告白?」
「そんなわけないだろう。ちょっとした極秘依頼みたいなものだ」
「ちょっとした極秘依頼とかないんじゃないかしら」
紛れもない正論で少し笑ってしまう。だがそれで俺の緊張は少し解けたようで、ギルドマスターの話を聞きに行く決心がつく。悪い話ではないのだから悪いようにはしないだろう。
「フッ、そうだな。用事ができた。ちょっと待っていて貰えるか」
「ではソルさん、こちらに。パーティー登録は別の者に任せますので……」
そうして連れられてきたのはギルドマスターの執務室。
さてギルマスと全く接点がない俺をどうして呼び出したのか。
タイミング的にルナの正体についてのことだろうか。いやそれなら悪い話ではないということに矛盾するな。どちらにせよ警戒するに越したことはないはずだ。
受付嬢が執務室のドアをノックしてギルドマスター冒険者ソルさんをお連れしました、と呼びかけると入れ、と短く返答があった。
「では私はここで待機していますので、ここからはソルさんおひとりで」
「ああ、わかった」
ドアを開けて執務室がある。ギルマスは無言で席に座ることを促し、俺はそれに従う。久しぶりに姿を見たが、現役で冒険者をしていると言われても疑う余地のない肉体をしている。
老人ではあるようだが、その眼光は鋭く、獲物を狙う猛獣のようだ。しかし俺と目が合った瞬間、孫息子をみるような優しい目に変わる。
部屋に入って少しの沈黙のあと、俺は口を開いた。
「俺に何か話があるということだったが?」
「そうじゃな。Dランク冒険者ソル、君とっていい話になるはずじゃ。ワシも君に興味があっての」
「俺に……?それと話にどんな関係が?」
別に注目されるのは悪いことではない。むしろいい仕事を斡旋して貰ったりランクを上げて貰いやすくなる。だが何もできない冒険者だった俺に注目していた真意がわからない。
「ワシの経験からして君の行動は不思議に思っての。変だというわけじゃないんじゃが、いい意味で変わっておる」
「いい意味で変わっている……?」
全く理解できずに俺は首を傾げてしまう。
「そうじゃ。君は二年前、冒険者になった。じゃが若者特有の欲がないんじゃな。危険な依頼を避けて、確実に成功できる依頼を受けている」
「それは普通のことじゃないのか?」
誰だって命は大切にするだろう。それは俺も同じことだ。
「いいや。冒険者は時に自分の命を顧みない行動をするものじゃ。まあそれでソル君に興味を持ったワシは、君のことを調べた。一体どういう生き方をすればそんなに常に冷静でいられるのか、と」
む、俺のことを調べたのか。別に後ろめたいことはやっていないが、冒険者の過去に首を突っ込むのはご法度であるのはギルマスが一番わかっているだろうに。
「それについてはワシが謝ろう。だが調査した結果、もしかしたら、物凄く重大な事件に君は巻き込まれたのかもしれないのだよ」
ここからが本題だろう。ギルマスが言っているのは俺の故郷が盗賊に襲われた件だと推測できるが、重大な事件とは一体……?
「普通、村が盗賊に襲われたなら騎士団が盗賊団の調査と捕縛を行うじゃろう。じゃが君の村の調査記録を調べても何も出てこなかったんじゃ」
「それは騎士団がまともな調査をしなかったということか?」
なら、騎士団の腐敗を疑うべきだろう。国民を守るべき騎士がその使命を放棄したというのは許されざることだ。
「そうかもしれないんじゃが、ワシは調査情報が握り潰されたかもしれないとみておる。村が襲われたというのはすぐ広まる話じゃ。騎士団が調査に入らないわけにはいかん。それに騎士にも正義感がある奴はいるじゃろうからな」
「確かに……。騎士団よりも上の人物が情報を握り潰したというほうが説得力のある話だ」
騎士というと高潔で不正を許さないイメージだ。それにあこがれて入団する者もいるだろう。そして騎士団よりも上というと、貴族だろうか。
「大体の目星はついておる。騎士団が集めて来る情報を把握でき、かつ貴族の中でも黒い噂に堪えない人物というと限られてくるからの」
「それで、そいつの名は?」
「……ベルツ伯爵という上級貴族じゃ」
上級貴族か。騎士爵、男爵、子爵、伯爵、公爵と並ぶ貴族階級の上から二番目だ。これは一筋縄ではいかないな。だが……。
「……そうか。ここまで話して何だがその話が俺に対する良い話、なのか?」
これが良い話なのか?ということである。騎士団の腐敗と貴族の汚職の可能性、それを伝えるためだけに呼んだとは考えづらい。なぜならギルマスから見た俺は底辺冒険者なのだから。
情報を渡して何とかしてくれ、となるだろうか?
「これまで話したことを理解しているのが前提の話じゃ。君は盗賊に家族を攫われた。確か母と妹二人じゃな?」
「……そうだ。そこまで調べたのか」
攫われた話は他人にしていない。話したのは孤児院の管理人とハンスくらいだ。これもバレても困ることではないが人に言いふらすようなことでもない。
ギルマスが知っているなら、孤児院の管理人に聞いたのだろう。ハンスは態度は軽いが口は堅いからな。
「これも謝ることじゃな。それで三人の行方じゃが……」
「見つかったのか!?」
思わず身を乗り出してしまう俺。仕方ないだろう。昔から探している人物が近くにいるかもしれないと思ったら……。
「そういうわけはない。これもあくまで可能性じゃが、さっき言ったベルツ伯爵の屋敷にて奴隷として扱われているかもしれないんじゃ」
「……ッ、どうして?」
やはり覚悟はしていたものの、奴隷かもしれないとわかると胸が締め付けられるような思いだ。
「ベルツは以前から違法奴隷を欲しがっていたという情報がある。それで盗賊団を雇い、村を襲わせ、違法奴隷として囲っている……と考えるのが妥当じゃの」
「許せない……」
怒りがこみあげて来る。こんな感情は久しぶりだ。しかも他人に対して憎しみを覚えるなど初めてではないだろうか。村が襲われたときは自分への怒りだったからな……。
「いい情報、というわけではないが、悪い話ではなかったじゃろう?」
「ああ、情報提供感謝する。行くところが出来たからここで失礼」
そうして部屋から出て行こうとしてすぐ、ギルマスから呼び止められた。
「待つんじゃ!……全く、冷静に行動できると思って話したのに、熱くなって考えなしに動いては問題になるじゃろう。それにワシが話したのは可能性の話、確実にそうであるとは言えないんじゃぞ」
「なら、どうしろと?」
確かに俺は今からベルツ伯爵の屋敷に向かおうとしていた。恐らく王都に拠点をもつ貴族だろう。そうでなければここまで詳しく調べること出来なかったはず。
「ワシに考えがある。君も企みに参加しないかの?」
そういって怪しい笑みで俺に話かけたのだった。




