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短編(シュール)

神に圧政を敷いた国王は天を仰ぐ

作者: 鞠目

 今、私は断頭台にいる。

 ジゴ王国の王都ダッジ、その中央広場にある国内最古の断頭台だ。これまで数多くの反逆者どもの首を落としてきたこの断頭台にまさか私自身が登る日が来るとは。国王であるこの私が。


 今朝、クーデターが起きた。私の政治に対する不満が原因のようだ。クーデターの一報を聞いた時はこんな事になるとは思っていなかった。下民どもが起こしたクーデターなんて半日以内に方がつくと甘く見ていた。

 しかし、気がつけばどうだ、私は側近たちに裏切られあっさりと捕まっていた。そして今まさに広場に集まった大勢の国民の前で処刑されようとしている。

 曇天の空、今にも雨が降りそうだ。まるで今の私の心の中のようだ。でも、どうせ死ぬなら晴天の空の下がよかったな。晴れ渡った空をもう一度見たかった。


 私の横に立っている男、革命軍リーダーのアリウスは先ほどから興奮のためか鼻息が荒い。民は頭がおかしいのか? 私を処刑した後、こんな頼りない男についていくと言うのだろうか?

 しっかりした体格に顔も整っている。しかし、捕まってから様子を見ているとこの男は何をするにしても仲間に相談している。靴紐の結び目の大きさを相談するリーダーが存在するとは衝撃だった。

 側近に裏切られ今まさに処刑されかけている私が言ったところでなんの説得力もないが、こいつには品性も知性も感じられない。カリスマ性も無さそうだ。どうしてこいつがリーダーになれたのだろう? 単なる強運の持ち主なのだろうか?


「国王よ! お前が私欲を満たすために無意味な戦争を行い、度重なる徴兵や増税をするせいでこの国は疲弊している。お前の圧政のせいで神がどんな生活を強いられているのかわかっているのか!」

 アリウスが無駄にでかい声で私に怒鳴りつける。わざとらしいパフォーマンスだ。

「そうだ! そうだ!」

 広場の民たちから声が上がりアリウスは満足そうに頷いている。


 アリウス、やはりこいつは頭が悪い。自分がたった今『民』と『神』を言い間違えたことにすら気がついていない。どうせ私を処刑した後の利権の事で頭がいっぱいなのだろう。

 たしかに私はやりたいようにやってきた。世界中の宝石を買い集めるために何度も増税をしたし、遊び感覚で戦争もした。事あるごとに記念日を設けて盛大なパーティーも開いた。

 宮殿だってそうだ。後の世で世界的に重要な遺産として認識されるように、国内の芸術家を総動員して美術的要素を詰め込んだ。そのために私財も含めて巨額の投資をしたが、もちろん増税だってした。民の苦労など私にとってはどうでもいいことである。大切なのは私の名声だ。

 でも、私だけじゃない。周りの国の王もやっている事じゃないか。私だけが処刑されるというのはなんだか不公平な気がする。私は運が悪いのだろうか? そんなことを思いながら広場の国民たちを見る。


 …………ん? 何か変だ。

 広場の様子がおかしい。ついさっきまで広場にいたのは痩せ細り今にも倒れそうな者や武器を手に怒りを露わにした者、好奇心に目を輝かせた者ばかりだった。

 しかし、今は違う。筋肉隆々の半裸の戦士たち。頭がジャッカルや鳥のような者。全身が海のように青い巨人。美しい翼を持つ天使たち。ドラゴンのような者、というより最早ドラゴン。双剣を持ちドレスを身にまとった女戦士。多種多様な出で立ちの者たちが広場を埋め尽くしている。

 民たちはどこに行った? こいつらは一体何者だ?


 呆然と変わり果てた広場の様子を見ていると、広場中央にいたドラゴンがむくりと首をもたげた。大人の人間よりも遥かに大きい深紅のドラゴンが口をゆっくりと開くと口の前に青く輝く光球が現れた。


「国王よ! 貴様の思いつきで建てたあの宮殿はなんだ! なにが後世に残る芸術作品だ、ただのお前の自己満足ではないか!」

 アリウスが私に嬉々とした顔で怒鳴り散らしながら宮殿の方向に剣を向けた瞬間、ドラゴンが宮殿に向けて光球を放った。


 光球は一直線に凄まじいスピードで宮殿に向かっていった。そして、ぶつかった…………と思った時には宮殿は音もなく消失していた。まるでそこには始めから何もなかったかのように跡形も無く。


 ああ、消えたのだ。宮殿が一瞬で。私は目を疑った。なんだ、この神がかった力は…………まさか、さっきアリウスが『民』と『神』を言い間違えたからか? そんな馬鹿な。

 だが、今目の前で起きている事態はなんだ? こんな事人間には不可能だ。もう一度広場を見る。どう見ても広場にいるのは明らかに人間ではない。信じ難いが広場にいるのはもしかすると大勢の神々なのかもしれない。

 まさかアリウスは超常の能力を持つ者だったのか? 慌ててアリウスを見る。額から尋常でない量の汗を流している。どうも様子がおかしい。恐らくこいつの能力ではなさそうだ。これはアリウスにとっても想定外の事態なのか……


「今日、ここで国王を処刑し、我らは真の自由を手に入れるのだ!」

 アリウスは一度深呼吸したかと思うと。高らかに叫んだ。こいつ何も無かったことにしやがった! この状況で一体何を考えているんだ。


 広場から歓声が上がった。

 しかし歓声のレベルがおかしい。歓声と共に大地は震え建物は軋み、空にかかった雲が一瞬で霧散した。私は悟った。やはりこの広場にいるのは神なのだと。という事は私は神々に圧政を敷いてきたことになるのか…………

 やばいやばいやばい!

 そんなの処刑とかじゃ済まないだろ私。死よりももっと恐ろしい事が待っている気がする。死よりも恐ろしい事ってなんだ? わからないが全身に鳥肌が立った。

「おい、アリウス! 待ってくれ。お前が言い間違えたせいで広場がとんでもないことになっている。今すぐ発言内容を正してくれ!」

 アリウスに向かって懇願する。こんな奴に頼み事をするなんて屈辱的だがそんな事言っている場合ではない。私は深く頭を下げる。

 しかしいくら待ってもアリウスからの返事はない。そっと様子を伺う。するとアリウスはまるで生まれたての子鹿のように震えていた。立っているのもやっとのようだ。目は上下左右に泳ぎまくっている。

 よく見ると口元が小さく動いている。何か言っているみたいだ。


「助けてママ、助けてママ、助けてママ、助けてママ、助けてママ、助けてママ、ママ、ママ、ママ、ママ、…………」


 耳を澄ますとアリウスが小声で呟いているのが聞こえた。こいつ……もうだめだ。話にならない。誰かまともに話せる奴はいないのか?

 見渡すといつの間にか周りにいたはずの革命軍の幹部たちは断頭台の近くから逃げ去っていた。どいつもこいつも腰抜けか! それでも幹部なのか。しかしこんなにレベルの低い奴らにクーデターをされて捕まった自分が本当に情けない。


 アリウスが「ママ」しか言わなくなって少し時間が経った。

 広場では早く処刑しろと野次が上がり始め、険悪な空気が満ちていた。こんな空気の中で処刑されるのか私は? いやいやいや、民ならまだしも怒り狂った神々の前で処刑されるなんて真っ平御免だ。そんな事になれば死んだ後も何か起こりそうだ。なんとしても回避せねば。

 手足は縛られている。こんな状態では思うように動けない。アリウスはまだママに助けを求めている。くそ、どうすれば…………

 そんな時だった。




「国王だけ処刑すればいいの? 」




 広場に子どもの声が響き渡った。

 神々が一斉に声がした方を向く。広場の後方に男の子の姿をした神がいた。彼は不思議そうな顔をしてこう言った。

「もう国まるごと滅した方が早くない? そうすればぼくたちもう困らないでしょう?」


 沈黙が生まれた。男の子の意見を肯定する沈黙が。異論は一つも上がらない。

 国を滅ぼす? 本気か? かなり嫌な予感がする。これは本当にやばい。




 ズン…………




 大きな足音が響く。

 広場の真ん中にいた青い巨人が振り返り、男の子の神に向かって言った。

「確かにそうだ、滅してしまった方が楽でいい。そういう事なら私に任せてくれ。一発で終わらせてしまおう」

 巨人がそう言うと周りの神々は嬉しそうな顔をした。そして口々にこう言った。


「我らはこれで自由だ」


 神々は青い巨人に礼を言うと煙のように姿を消していった。そんな中、姿を消していく神々の会話をいくつか聞き取る事ができた。

「あの方が手を挙げるとはね」

「いつも思うけど、この茶番いる?」

「久しぶりに力を使いたくなったのかな?」

「あの光景が見られるとは楽しみだ」

「どれぐらいで国が消えるか賭けをしよう」

「やはり人間をからかうのは楽しいな」

 会話の内容を理解するのに時間はそれほどかからなかった。私の国は神のお遊びに付き合わされて滅びるというのか。怒りで頭がどうにかなりそうだ。しかし圧倒的な力の前で私は無力だ。


 広場には青い巨人以外誰もいなくなった。

 巨人は広場から全ての神が消えたのを確認すると一度手を叩いた。




 バチン




 乾いた音が広場の中で反響していた。音が落ち着くと巨人はゆっくりとしゃがみ込み地面に耳をあて何かを確認していた。暫くして巨人は立ち上がると満足そうに頷いた。そして私に向かって嫌な笑みをたたえてこう言った。




「良き終末を」




 巨人は一度広場を見渡したかと思うと他の神々のように姿を消した。

 これから一体何が起こるというのだ。私は周りを見渡した。すると神々が消えた広場に民たちが恐る恐る集まってきた。皆様子を伺っていたようだ。よく見ると革命軍の幹部や私を裏切った側近どももいる。




 ゴゴゴゴゴゴ………………




 どこからともなく変な音が聞こえる。大地が震えるような音が。音の出所を探していると広場の中心の地面が一瞬だけ隆起し、次の瞬間四方八方に裂けた。

 中心から裂け始めた地面は裂け目を増やしながらすごい勢いでひび割れていき陥没していった。大地は次々と容赦なく人や建物を飲み込み、街は瞬く間に崩壊していった。逃げ惑う人間の悲鳴、建物が崩れる音が街中から聞こえる。恐らくあと数刻でこの王都は跡形もなく消えるのだろう。


 私の隣にいた情けない面をした革命家は「ママー!」と断末魔のように叫んだかと思うと泡を吹いて気を失い膝から崩れた。

 私は徐々に大地に飲み込まれていく断頭台の上でただただ空を見上げた。


 最期に見た景色が青く澄み渡った空だった事が唯一の救いのような気がした……






 数千年の歴史を持つと言われる幻の国、ジゴ王国。

 都市は近隣国と比べるとかなり栄えていて、文化水準も高く多くの人々が暮らしていたと言われている。軍事力もあり交戦的で世界統一を視野に入れていた可能性もあるという。

 しかし、遺跡のようなものは一つも残っておらず、何処にあったかも定かではない。ジゴ王国と交流があったと思われる国々の歴史書にはジゴ王国に関する記述が多く残っているのだが、どの国の記述も信憑性があまり高くないと言われている。

 その理由はたくさんあるが中でも最も有名な話が一つ。それはどの国の記述にも不可解な内容が残っているという。




「ジゴ王国があった場所はある日突然更地になっていた」




 どの国にも類似した記述が残っている事から何かしらの国と国が消える事態があった事が推測されるが詳しいことは未だにわかっていない。




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― 新着の感想 ―
[一言] ホラーのような、怖いお話でした! 言い間違いが国を滅ぼすとは……。
2021/07/19 15:05 退会済み
管理
[一言] やっとちゃんと拝読できました。 >もう国まるごと滅した方が早くない? このパワーワードが好きすぎて…。惚れる(*´꒳`*) 王様、神様達を怒らせてくれてありがとうございました。←
[良い点] とても面白かったです。 民が圧政に苦しめられた末の革命なら、 『神』が圧政に苦しめられたとしたら? そうですね。 本来、神とはこんな感じですね。 良き終末をありがとうございまし…
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