表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/40

雪~最後の夢~

 十年前の夏を、覚えている。

 アキトは父に連れられ、病院に行った。母が体調を崩し、入院していたのだ。弘明はアキトをロビーに待たせ、母の主治医と話していた。その後アキトは父と母の見舞いに行き、アキトは言った。

「おかあさん、病気、はやく良くなるといいね」

「そうね」

 母は柔らかく微笑んだ。弘明は鼻をすすりながら涙を浮かべていた。

「どうしたの? お父さん?」

「いや、なんでもねえ。アキトがいい子にしてたら、母さんは良くなる。なぁ? 妙子」

「そうね。あなたもアキトも、体に気を付けてね」

 どこまでも柔らかかった母の微笑み。

 十年前の冬を、覚えている。

 競馬サークルでは評価が高かったものの、G1はまだ弘明は取っていなかった。そんな弘明に一頭の代理騎乗の依頼が来た。神野五郎が騎乗停止で、その馬のデビュー戦に乗れなくなったのだという。その黒鹿毛の名はカイゼルガイスト。岡田はその馬体を見るなり即答で乗ると決めた。

 一方で、妻の妙子は今週が山だと医師に言われた。白血病の末期だった。

 十年前の冬の、雪の日を忘れない。

 ずっと眠っていた母さんが、久しぶりに起きていた。僕はリンゴを剥いて食べさせてあげて、学校の話を一杯した。雪がちらついていた。母さんはこう言ったんだ。

「アキト、雪を見せて?」

 僕はおばさんの方を見た。おばさんからお母さんの具合が良くないと聞かされていたからだ。

「アキトちゃん、妙子に雪を見せてげあげて」

「うん」

 僕はカーテンの所まで行き、雪をお母さんに見せてあげた。深々と降り積もる雪で、街はどこも一面銀世界だった。

「ありがとう、アキト。綺麗な雪ね」

「取ってきあげようか?」

「いいの?」

「うん!」

 僕は病室を出て、雪を取りに行った。小さい雪だるまを作って、お母さんにわたそうと思った。病室に戻ると、お医者さんと看護士さんが寝ているお母さんを診ていた。さっきまで起きてたのに、そう思って僕は言った。

「お母さん、雪だるま!」

「アキトちゃん、お母さんはね、お母さんはね……」

 僕は雪を憎んでいる。あの日の天気が雪だから、僕は余計なことをして、大事なことを訊き忘れたのだ。

「お母さんの夢は何?」

 お母さんの病気が治らず、死んでしまうのだということが心のどこかにいつもあった。お母さんの夢を叶えてあげたかった。

 俺は雪を探している。俺はそれとなく妙子に訊いた。

「妙子、俺にできることならなんでもやる。言ってくれ。最後の夢を」

「ありがとう、あなた。わたしの一番目の願いをあなたはもう叶えてくれた。それがアキト。二番目の夢はあなた一人じゃ叶えられないわ。私の夢はね、雪の降る有馬記念。あなたとアキトが、同じ競馬場で全力で戦う事。あの子はきっとあなたを恨む。だからあの子に、あなたが見ている夢を見せてあげて。日本一のジョッキーになって、アキトにその背中を見せて上げて?」

「そんな……ことでいいのか?」

「泣き虫なのはアキトと同じね。私はあなたとアキトと過ごせて、幸せだった」

 その日から、俺はずっと雪が降るのを待っている。

岡田妙子

旧姓吉沢妙子

明人の母

若くして白血病で亡くなる。

命日に弘明はカイゼルガイストの新馬戦に乗っていたことから吉沢家に明人の親権を取られる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ