抱っこ……
自分がエリシャを殺したことが信じ切れず、ルカは醒めない悪夢の中をさまよっているようだった。
よろめく足取りで、歩を進める。
どこへ向かっているのか、自分でもわからなくなっていた。
しんと静まり返った洞穴の中で、かすかな草ずれのような音が聞こえる。
ふと足を止めた。
わずかな音は、背後から届いていた。
なにげなくルカが振り向くと、視線の先には、倒れたきりのエリシャがいる。
ルカは、激しい焦燥にも似た衝動に突き動かされた。
エリシャに駆け寄る。
エリシャはまだ死んではいなかった。
端正な顔がゆがみ、涙を流している。
ささやかな音は、エリシャの泣き声だった。
ルカが、エリシャの泣き顔を見たのは初めてだった。
かすれた声がルカを非難する。
「バカ……どうして戻ってきたの……?」
ルカはエリシャの手を握った。
エリシャの手は、力を失っていた。
「声がきこえたから……」
「ヤダ……カッコ悪いから、見ないでよ……」
浅い息の合間に、エリシャはつぶやく。
身動きもままならず、目だけが、ルカを追った。
すでに死の手がエリシャをつかみ、半ば命はその肉体を離れようとしていた。
「だって……放っておけなかったの!」
まるで自分が死に瀕しているように、ルカは息を荒げた。
かすかに、エリシャが微笑する。
「ガマンできなかったよね……ゴメン……負い目をおわせる気は……なかったのに。
たった一人……寂しくなって……」
「何か、できることはある?
なんでもするから……」
苦し気にエリシャは咳き込んだ。
口の端から血が流れる。
うるんだ瞳をルカに向けた。
「抱っこ……」
ルカは糸の切れた人形のようなエリシャの体を抱き上げた。
とぎれとぎれにあえぎながら、エリシャはルカの耳元でささやく。
「ルカ、好き」
呼吸が途絶えた。
「エリシャ!
死なないで!!」
ルカが声の限りに叫んでも、エリシャの体は微動だにしない。
抱きしめ、触れた肌に伝わるエリシャの体温が、みるみる冷めてゆく。
しかばねを抱きながら、ルカは慟哭した。
どれだけ時間がたったのか、ルカにはわからなくなっていた。
だが、自分の中で何かが決定的に終わってしまったことだけはわかった。
いなくなって初めて知った。
ルカにとって、エリシャは思っていたよりはるかに大事な存在だった。
それを自らの手で殺してしまった。
とりかえしのつかない罪を犯したルカは、救われることのない永遠の咎人なのだ。
これまでルカの骨身に絡みついて離れなかった恐怖が欠落し、代わりに身を切る慙愧がとってかわった。
もはや死ぬまで苦悶から、ルカは逃れることはできないのだった。
ルカは冷たくなったエリシャの身を横たえた。
うっすら開いたエリシャの目を閉じる。
この世の憂いをすべて忘れたかのような、安らかな死に顔だった。
ルカは発作的に床へこぶしをたたきつけた。
岩が砕け、破片を散らす。
ルカは焦燥がにじみ出たせわしない足取りで歩み出した。
エミティノートを拾い上げる。
猫は何も言わず、目を閉じていた。
洞穴の通路を進んだ。
行きどまりには、狭い一室があった。
そこに、ウェイルノートが静かにたたずんでいた。




