銀髪の『桜』
……ところが、1週間経っても彼女達はまだこの現実世界にいるのである。
それどころか、やつらは2次元から3次元に召喚されたのをいい事に『神』たるオレの断りもなく勝手にアルバイトを始めてしまった。
「神サマの家計を支えるのです!」
……それはありがたいんだけど、履歴書にオレの住所を書くのはやめてほしかった、まあそれぞれ違う場所で働いているから変な目で見られる事もないんだけど。
オレがコンビニのバイトに行っている間に外に出て面接に行ってしまったらしい。
その中で、唯一部屋に残っているのは銀髪がネックになって働く事が出来なかった、グループのリーダーでありオレの描いた『進め! 蜂』という漫画の主人公である桜だった。
「みんな居なくってつまんないでしゅー。神サマ、何か食べさせてくだしゃい。」
つまらなさそうに、椅子に座って脚をブラブラさせながらねだってきた。
「さっきおにぎり食っただろ。」
「えー、あれだけじゃ足りない。」
やりたい放題だ。こいつらがパソコンの中に戻って行ってくれないと、おちおちバイトにも行けないし皐月サマを主人公に据えた持ち込み用の新作漫画も描けやしない。
「……あのさ、どうやったら戻って行く訳。」
「何度でも言います。『進め! 蜂』団を再結成してくれるまででしゅ。」
「だから、それは無理だって言っただろ。」
桜は艶のある小ぶりの唇から溜め息を吐く。
ーーオレとて、彼女達がそんなにも願うならそれを実現させてやりたくない訳じゃない。
何しろオレの実質連載デビュー作であり、苦しい事も多かったが思い出深いキャラ達だ。
「……私達、パソコンやDVDに『封印』されている間、寂しかったんでしゅ。」
「……。」
「神サマは私達の事完全に忘れちゃったのかな、もう生かしてくれないのかなって。」
『生かしてくれない』という言葉にオレの心はズキンと痛んだ。
彼女達を、生かすも殺すもオレ次第なんだ。それが『神』たる作者の責任でもあるんだ。
しかもこんな、本物の神様とは違ってたった4人の少女達を。
「いつか、いつかな。仕事さえ軌道に乗ったら、必ず出してやるから。」
「『軌道に乗る』頃にはまた、神サマ私達の事忘れちゃいましゅよ。」
桜は物憂げに呟く。
いつも元気いっぱいで我儘放題だった桜のこんな顔、『神』たるオレでも想像も出来なかった。
「……散歩にでも、行くか?」
今日はバイトも休みだし、他のキャラ達が帰宅するまでまだ時間もあるだろう。
季節は秋。
銀杏の木の葉が黄色く変化する頃合いだった。散歩するには丁度良い。
……しかしこいつらをいつまでも制服のままでいさせる訳にもいかない。2次元とは違って3次元では埃も舞うし、汚れも付いてしまうだろう。
そしてこのキャラクター達にも新陳代謝があるという証拠として、彼女らはしっかりと風呂にも入る。
(1度桜が裸のまま出て来た事があって、思わずガン見してしまった。)トイレにも入る。
新しい服や下着を買って着替えさせてやらねば。
それにしてもああ、金がいくらあっても足りやしない。
「何か、欲しい物あるか。」
……オレは桜に聞いてみた。
「新しいパンツが欲しいでしゅ!! 4人分でしゅ!!」
思わずコケて足をちがいそうになった。
オレは桜に金だけ渡し、下着を買いに行かせた。後は……服だよな。どうしよう。
「っておい!! そんな高そうな下着屋に入るな!!」
思わず往来でハレンチな言葉を叫んでしまったオレだった。
下着を買って来た桜と一緒に、この前と同じラーメン屋に寄り、桜にだけ一杯食べさせてから帰宅した。4人はまだ帰っていなかった。