銀髪美少女がオレの部屋に来ちゃった
コンビニのバイトを終えて、オレはまっすぐに自宅兼仕事場に向かった。
まっすぐとはいえ、牛丼特盛とキャベツの千切りを買う事は忘れなかったけれども。
今日は何しろ大仕事が待っているからスタミナを付けなければいけない。
オレの1週間に一度の贅沢だ。
いつもはコンビニのおにぎりとサンドウィッチが主食のオレだ。
オレはかなりの高身長だが燃費がとても良いと我ながら思う。
身体の為には悪い事だらけだから止めた方が良いんだけどね。
何しろ金が無いのである。
牛丼とキャベツの千切りをかっこんで、オレは早速デスクに向かう。
デスクの上にはケント紙とライトボックス(別名トレース台)、Gペンにシャープペンシル、消しゴム等漫画家にはお馴染みの文房具が並んでいる。
そしてその横にはパソコン、スキャナー、プリンターを設置。
オレは元絵はGぺんまで済ませておいて、ベタやスクリーントーン、カラーはパソコンの専用ソフトで仕上げる。
ペンタブレットはどうやらオレには合わなかったようだ。
ガラケーで撮らせて貰った皐月サマの資料画像を開く。
正面、右向き、左向き、横顔の4枚で、本当に必要最低限の資料だ。
本当はもっと撮らせて貰いたかったのだが、あんまりパシャパシャ撮るのは皐月サマも疲れるだろうし(彼女は歯牙にもかけないかもしれないが)、不安がらせるのも申し訳ない(全然気にしないかもしれないが)。
ガラケーからパソコンに皐月サマの資料を転送し、拡大し資料用としてケント紙の横に置く。
これだけ見てるとまるで盗撮野郎の変態だが、ちゃんと本人に了解を得たれっきとした仕事である。
さて、仕事に取り掛かろう。
まず皐月サマの丸い輪郭を描き、彼女の大きな目を漫画らしくますます大きくしてみる。反対に口元は小さめに。
トレードマークたるツインテールは実際よりも髪の毛のボリュームは多めで。
皐月サマに似せるように、しかも彼女の魅力を引き立たせるように心を砕く。
うん、中々良い出来栄えだ。
今度はベタとスクリーントーン……いや、カラーだな。
数日ぶりにパソコンのスイッチを押し、スキャナーで元絵をコピーした。明度は初めから上げておく。
ーーと。
「……おや。」
パソコンのトップに、「蜂」と書かれたフォルダが見える。
「蜂」とは『進め!! 蜂』の略で、その昔、超メジャー週刊誌に連載していた頃の作品のタイトルだ。
女の子がわちゃわちゃと喋くるという学園モノで、「女の子キャラを多めに」という当時の担当さんの意見で随分苦労したものだった。
何しろオレは女の子を描くのが苦手だったから、苦痛でしかなかったのだ。
辛い思い出ばかりだから、バックアップだけ取っておいてパソコン上のフォルダは消しておいたはずなのだが、今の今まで見落としていたのか。
「まだあったのか……。懐かしいな。」
フォルダの一番前には『結本桜』とのカラーイラストが置いてあるようだ。結本桜は『進め!! 蜂』の主人公で、銀髪碧眼の美少女である。
銀髪碧眼のキャラに『桜』と名付けた当時の自分の感性を褒めてあげたい。
性格は、良く言えば活発、悪く言えばハチャメチャ。描いている内に勝手に動いてくれるから非常に使いやすく助けられた事を覚えている。
「……久しぶりに、会ってみるか。」
『結本桜』と書かれた文字をクリックすると、銀髪碧眼の美少女のアップが画面いっぱいに広がった。
「ああ、本当になつかし……」
『そのツインテールの子は誰?』
「……!?」
部屋のどこかから……いや、確実にパソコンの内部から若い女の声が聞こえてきた。
『新入りかしら。挨拶してもらわんと。』
そこへ。
パソコンからピキッ! バシッ!! という物凄い音が鳴り響き、モニターが発光した。
画面からは人の顔のような凹凸がせり上がり、どんどんとその立体が押し迫ってくる。
グッ、グッ、グッ、グッ、グッ……。
「うわあ!!」
あわててパソコンの電源を切ろうとしたが全くの無駄であり、その顔は鼻の形、唇の形まで手に取るように分かる。
なす術もなく呆然と見つめていると、その顔型の凹凸は液体状のようになったモニターを突き破り、とうとう人間の顔が露わになった。
2次元なんかじゃない、3次元の人の顔だ。ウィッグを被ったかのような銀髪碧眼の女の子だ。
(この部屋を出なくては……)
やっと正常な判断を下し、椅子から跳ね上がると、オレの右肩がガッ!! と捕まれ、それを阻止された。
今や顔だけでなく上半身までモニターから這い出た銀髪の美少女の手によって動きを封じられたのである。
「…………。」
笑うなかれ、オレはその時腰を抜かしていた。
漏らさなかっただけオレはまだ冷静だったと褒めてほしいくらいだ。
いや、でも、こんな状況で落ち着いていられるヤツなんてこの世にいるのか? いないだろ?
銀髪碧眼は既に膝下までパソコンから脱出し、貞◯よろしくデスクの上に足を乗せ、ピョンと飛んで靴のままカーペットの上に見事着地した。
彼女はセーラー服姿でスカートの端を摘み上げ、首をかしげて
「お久しぶり、神サマ。」
とオレに挨拶をした。
「神サマ」と呼ばれたオレはただパソコンから這い出た自ら生み出したキャラクターを見つめ続けるしかなかった。