桜のツンデレ
「男の人影?」
オレが聞き返すと、弓はコクリと頷いた。
ラーメンの方はもう食べ終わっているようだ。
「身長170センチくらい。フードを被って目が合ったら逃げて行った」
警察官に不審者の目撃情報を説明するような口調で弓はその小さな唇を動かした。
普段無口な弓が、これ程オレに何かを一生懸命伝えようとしているのを見るのは初めてだ。
「ちょっと見てくる」
オレは箸を置き、玄関のドアをそっと開けて窓のある方を探りに行った。
逃げたのだろうか、それともどこかに身を隠してこちらを伺っているのか、どっちにしてもそれらしき姿は見当たらなかった。
「誰もいなかったよ、弓。きっと何かと見間違えたんだろう」
オレは弓の頭をポンポンしてなだめる。
ーー勿論、安心させる為だ。
思い当たる節はある。田之本だ。
「弓の勘は当たるからね」
ツッコミ役の柿がボソリと言う。
「どっちにしても、あんまり良い感じじゃないですね」
皐月サマが不安そうに言った。
「警察呼びましょうか」
「いや、それは返って……オレが困るんだよ」
『アンタ、こんないっぱいの未成年者を住まわせて何してんの』
警察官に訊問されているオレの姿が容易に想像出来る。
隠せる程の場所も無いし。
「神サマ、皐月チャンハ、送ッテアゲタ方ガ良イデース」
皐月サマと仲良しのあなすたしあちゃんが心配そうに言う。
「そうね、1人になって何かあったら事だわね」
と、銀髪の桜。
え、コイツが皐月サマの心配をするだなんて。
皐月サマとは水と油、犬と猫(本来は猫じゃなくて猿だが、どっちかを猿にするのが可哀想なので)の関係じゃなかったのか。
「皐月は、一応『女神』だもんね」
聞こえるか聞こえないかの声量で桜は言う。照れているのか何か、頬っぺたがその名前の通り桜色に染まっている。
「桜ちゃん! 私と仲良くしてくれようとしてんのー!?」
皐月サマが桜に抱きつき、頬ずりをしている。
「べ、別に仲良くしようなんて思ってにゃい、『女神』がいなくなったら私達も困るからだよ」
桜は皐月サマの抱擁から必死に逃れようとしていた。
子離れ出来ない母親の愛情表現をうざったがる思春期の娘のように。
その夜は勿論、皐月サマを無事自宅に送り届けた。
ーーそして、田之本とシフトがかち合うコンビニバイトの日でもあった。
鍵をかけ窓も開けないように指示してからバイト先に向かう。
「よう原口、今晩もヨロシクな」
田之本がオレに向かってニヤニヤと挨拶する。
この日のコイツは黒いパーカー姿だった。
ちなみにコイツの身長は180センチのオレより10センチ程低い。
いけしゃあしゃあとはこの事だ。
「……ええ、どうも」
それにしてもコイツはどうやってオレのアパートの場所を割り出したのだろう。
知らぬ間に尾けられていたのか。
「オレさあ、女子高生に目が無いんだよね」
世間話を振ってくるから面倒でも返していたら、田之本はこんな事を呟いた。
どうでもいい。
どうでもいい、が。
こういうヤツがストーカー犯罪を起こすんだろう。
皐月サマや、可愛いオレのキャラクター達に変な事をしたら只では済まさんぞ。
オレの方が体格も良いしな。