イヤなイヤな予感
いくら桜、弓、柿、あなすたしあちゃんの4人がアルバイトをしているからって、オレだけが家に篭って漫画三昧という訳にはいかないのである。
夕方に皐月サマが漫画の手伝いをしに来てくれるまでは1人で『進め! 蜂』という昔打ち切りを食らった漫画の原稿を描いている。
そうしないと、2次元少女達がパソコンの中に帰ってくれないからだ。
それ以外は仮眠。
深夜になったらコンビニのバイトに出かけるのである。
「コンビニ行くの? 神サマ、いってらっしゃーい」
と、眠たそうな目を擦りながら銀髪の桜がお見送りをする。
「ああ。ゆっくりしてろよ」
コイツらも明日は朝早くからバイトだからな。
ところでオレには1つ憂鬱な事がある。
いや憂鬱な事は1つだけじゃないんだが、今最も憂鬱な事。
それは、オレが5人の美少女を連れて街を練り歩いていた件がバイト先の皆に伝わってしまっている事だ。
あの日皐月サマや4人の2次元少女達とバイト先のコンビニ前にある喫茶店から出て来たシーンを、店の中からバッチリ見られていたのである。
良かれと思って近場の喫茶店を選んだのが迂闊だった。
そんな訳でオレは今、ちょっと変質者めいた所が入っている先輩の田之本英彦さんに問い詰められている所だ。
オレは正直、この人がニガテである。
「なあ、何で原口ばっかりあんな若くて可愛い子を連れられるんだ?
オレとどう違うってんだよ。しかもメンバーの中には皐月チャンもいるし」
まず「オレとどう違うってんだよ」の意味が分からないが、まあ同じくしがないアルバイト店員なのにって事なんだろう。
オレはどう返答したものか必死で考える。
「いや、えーと、皐月ちゃん以外のあの4人はですね、皐月ちゃんのお友達なんですよ。
なんでも皆漫画家に興味があるって話で、僕の仕事場に見学に来たんです」
田之本さんは納得がいかない様子だ。
「あー、確かに他の子はちょっとコスプレっぽい感じだったな。
でもお前みたいな売れてない漫画家にねえ。
それにお前、あの子達と全然釣り合ってなかったぞ、引率の先生みたいな感じで」
釣り合ってないのは分かりますが田之本さん、あなたに言われたくないですよ。
引率の先生……。
そして田之本さんは良い事を思い付いたとばかりにオレに耳打ちをする。
「原口の本命は皐月チャンなんだろ? 他の4人をオレにも紹介しろよ」
「……はあ。いや、オレは皐月ちゃん以外とはその後会ってないので」
「そうなのか? 勿体無いな」
田之本さんはジトッとした目でオレを見つめる。嫌な予感はしてたんだ。
「ーーまあお前が嫌だって言うならいいけどね、皐月チャンにオレから頼んでみようかな」
「……はあ……」
何を企んでいるか分からない人だ。
でもまさか田之本さんが……。
いや、この際「田之本」と呼び捨てでいい。田之本があんな行動に出るとはその時のオレには想像も付かない事だった。
早朝6時に家に帰ると、4人のキャラクター達はまだ眠っていた。
キッチンには、
「お腹が空いていたら食べてくだサイ」
というメモ書きと一緒に、海苔付きのおにぎりが2つ置かれていた。
きっとあなすたしあちゃんが気を利かせてくれたのだろう。
ありがたく頂く事にする。
心を込めて作ってくれたおにぎりは美味しい。
4人の気持ち良さそうな寝顔を見ている内に、何だかオレは、彼女達や皐月サマとの共同生活や作業を楽しくやっているという事を自覚してきたのである。
もうちょっとだけ、このままで良いかな。もうちょっとだけ。
だけど元々が2次元世界の住人である桜、弓、柿、あなすたしあが3次元に転生する事によって人の心にも歪みをもたらす可能性があるようだ。
田之本がこれから起こす事件はそんな感じのものだった。




