ボルシチを食いながら分かった事
「私も原口さんと離れたくないもん!」
バイト先の後輩にしてツインテ女子高生の小柴皐月サマの爆弾告白から1週間。
まだゴチャゴチャした気持ちの整理が付いていないオレの事など何処吹く風。
彼女は宣言通りオレの漫画のアシスタントをする為に、毎日コンビニでのバイト後にオレのアパートにやって来る。
「えーと、じゃあ皐月ちゃん……。この原稿に消しゴムかけてくれるかな?」
「オーケーでーす! 原口先生!!」
アシスタントとは言っても、彼女は漫画等描いた事のないズブのシロウトだ。
やって貰える仕事なんて、消しゴムかけくらいしか無かった。
しかし彼女は飲み込みが早く幸いにも手先が器用な方だったので、それ以外の仕事ーー例えば、シャーペンで枠線を引いて、その上からミリペンで清書するなんて事もすぐにやってのけた。
「皐月ちゃん、結構仕事速いね。オレが追いつかないくらいだ」
「えー!? そうですかあ!? ウフフ……」
素直に喜んでくれる所なんかも可愛い。しかもオレの事が好き、だなんて。
10歳も年上のオレがいいとは、彼女はジジ専なんだろうか。
いや、嬉しいけどさ。
「イチャイチャしてないで、さっさと描いてくださいませよ」
蜜の時間に水を差したのは銀髪碧眼の桜。
今正に描いている途中の『進め! 蜂』の主人公。
キャラ達の丁度それぞれのバイトが終わる時間で、オレと皐月サマが執筆活動をしている間家にいる。
何しろ今の生活費はほぼこいつらのバイト代でまかなっているから頭が上がらない。
オレ、神なのに。
「神サマ、皐月サン、ソロソロ晩御飯ニシマショー」
そう言ってボルシチとサーモンサラダと黒パンの準備をしてくれているのは、ロシア人ハーフ(と、オレが設定した)のあなすたしあちゃん。
4人のキャラは当番制で食事を作ってくれているのだが、あなすたしあちゃんの作る料理が一番美味い。
きっと心がこもっているからだろう。
6人分の皿が狭い机に並ぶ。
「いただきまーす! うん、やっぱり美味しい!! あなすたしあちゃん、料理の才能あるよー!!」
皐月サマは嬉しそうに言う。
「本当デスカ! 皐月サンニソウ言ッテ頂ケルト嬉シイデース!」
あなすたしあちゃんも嬉しそうに返す。
この2人は、皐月サマの天真爛漫さとあなすたしあちゃんの慎ましやかだけど明るい性格が相まって非常に仲が良い。
2人でキャッキャと楽しそうにしているのは見ているこちらも癒される。
……問題は他の3人だ。
黒髪天然の弓は、
「あ、ボルシチ零した」
とか言って制服のスカートを拭きながら自分の世界に入っているし、茶髪で冷たい目をした柿はテレビに見入ったまま会話に入らない。
そしてヒロインたる銀髪の桜はーー。
「ねえあなた、神サマの足を引っ張ってるんじゃないの?
大した仕事してないじゃない」
と、皐月サマに突っかかる。
「大した仕事してないかもしれないけど、原口さんは助かるって言ってくれてるもーん」
「そんなの、神サマのお世辞に決まってるやないの」
「桜、いい加減にしろ」
オレは神ならぬ家長のようにたしなめる。コイツには少しキツめに言った方がいいという事が最近になって分かった。
「皐月ちゃんはバイトの帰りにわざわざ寄ってくれてるんだぞ。
しかもお前達の『世界』を作る為にだ」
「そりゃそうですけどう」
桜はまだブツブツ言っている。
「大体だな、オレ同様、お前達の『世界』を作ってくれているという事はだな、皐月ちゃんはえーと、つまり、なんだ……」
上手い言葉が思い付かない。
「女神」
その言葉を発したのは冷徹ツッコミ役の茶髪の柿だった。
「……そう、女神……」
まさしくそうだった。
皐月サマは今、1つの世界を構築する為に働いている女神なのだった。
例え、やっている事が消しゴムかけや枠線描きだけだとしても。
「オー! 女神!!」
あなすたしあちゃんは合点がいったように叫ぶ。
「え? あ、私が……? 女神??」
皐月サマは戸惑う。
大体、まだこいつらが2次元の世界から出てきた存在なのだとは半信半疑のまま手伝ってくれているのだから仕方がない。
それにしても、このオレが『神』で皐月サマが『女神』……。
人間なんて、随分簡単に上位の存在になれるのだな。
オレは改めて4人のキャラ達の運命について考えた。




