ツインテガールと4人のキャラ達
「バイトが早く終わって皆で散歩してたら……。神サマ、こんな所で『浮気』をしてたんでしゅね。」
銀髪美少女、桜が腕を組んでニンマリしている。まるで獲物を見つけた猫のように。
ってオイ、今更だけどそれが『神様』に対する態度か。
皐月サマは、何が何だか分からないといった表情で目をパチクリさせている。
当然だ。漫画用にデザインしたちょっと変わった色合いのセーラー服軍団が急に目の前に現れてオレの事を神様呼ばわりしているのだから。
そういう風俗プレイの常連客が嬢達に絡まれていると誤解されても仕方がない状況だ。
「え、えーと、原口さん、この子達は……?」
「その子が、例の『新キャラ』ね。」
冷徹な目をした柿が皐月サマを観察するように言った。
「可愛いけど、キャラが立ってないじゃない。」
馬鹿野郎。これから立たせるんだよ。とは、皐月サマの前でも4人の前でも言えやしない。
何しろ事情が複雑過ぎる。
そんな中で、金髪ロシアっ娘のあなすたしあちゃんだけがどうしたものかとオロオロしている。
この子は『神』を苦しめるのは望まないのである。さすがは敬虔な信徒。彼女だけは新作に出しても良いな。
「えー、キャラが立ってない、とはどういう事………。」
「分かった!! とにかくまずこの店を出よう!!」
さっきからマスターや他の客達の視線が突き刺さっているのだ。
20代後半の冴えない大男が美少女達に囲まれてるなんてさぞや異様な光景だろう。
「マスター、えーと、お騒がせしました……。」
ポカンとしている老年のマスターに詫びを入れ、オレは5人の美少女達を連れて街を歩く羽目になった。
うう、家までの距離が遠い。
歩いている間に、皐月サマはオレの作った4人の『人間』に色々と質問を浴びせかけていたようだったが、キャラ達はろくに返事もせずに腕組みをして帰路についていた。
ただ1人あなすたしあちゃんは「トニカク、アノ方ハ私達ノ神サマナノデース」とか何とか応答しているようだったが。
「あ、ここが原口さんのアパートなんですね。」
状況が状況にも関わらず、皐月サマはキャッキャと嬉しそうだ。
こんな時、彼女の天真爛漫さが有り難く思える。
それとも、本当に何も考えていないのか。
「おじゃましまーー……す!?」
後ろからドデン、という何かが派手に倒れる音が聞こえてきた。
何事かと振り向くと、皐月サマが顔から床にダイブして倒れたらしき姿が見えた。
「って、お前ら何かやっただろ!? 皐月ちゃん、大丈夫!?」
「イテテ……ええまあ、何とか。」
オデコにうっすらと赤いたんこぶが出来つつある。
どうせ彼奴等が皐月サマを転ばせたんだろう。やっていい事と悪い事があんだろ。
「あなすたしあちゃん、氷とタオル!! いや、頭を打ってるから病院か、病院!!」
「いえ、そこまでしなくても大丈夫……。っていうかこの子達マジ何なんですか……。」
この後に及んで皐月サマはまだ自分の身の安全を心配していないようだ。
皐月サマまでアパートに連れて来たのは失敗だった。
喫茶店を出る時に逃がしてあげれば良かったんだ。
あなすたしあちゃんが持って来た氷で冷やしてから、救急箱から消毒液と絆創膏を取り出し、何とか応急処置を施した。
「皐月ちゃんに脚引っ掛けただろ!? 誰だ!?」
「知りませーーん。」
と銀髪の桜。
こいつか。
今度『進め! 蜂』を描いたとしてもお前は出してやらんからな。
「私達は、神『原口たかし』によって生み出された漫画のキャラクター。
訳あってこの3次元の世界に乗り込んで来た。」
天然の弓が皐月サマに説明する。
流石天然の名に相応しく場の空気を読まない唐突さだ。
「漫画のキャラクター……え?」
混乱する皐月サマ。この子頭がイッちゃってるのかしらという目で弓を見ているが、その瞳の中には何かしら興味を覚えたような光が灯っていた。
さすが皐月サマ、文字通り転んでも只では起きない。
「えっと、じゃあその奇抜なセーラー服は……。」
「『神』ガデザインシテクレタ服デース!」
と、あなすたしあちゃんが胸を張る。
最も彼女の場合、張る程の胸は無いが。ロシア人ハーフなのにね。
それからオレはかくかくしかじかを皐月サマに説明するはめになった。
この4人は、オレが昔描いていた漫画のキャラクターが実在化した者達である事。
何だか知らないが貞子よろしくパソコンの中から這い出てきた事。
パソコンの中で世界が動き出す、それをずっと待っていた事。
ーーそしてーー
オレを『神』と呼んでいる事。
「はあ、それで彼女達はもう一度でも二度でも出番を欲しがってると、はあ……。」
とうなづく皐月サマ。
だが。
「って、そんな事信じられる訳ないでしょー!!」
と、怒っているような笑っているような不思議な顔で叫んだ。あれ、あれみたい。竹中◯人の怒りながら笑うあの芸みたい。
せっかくの美少女が台無しで、オレはそんな場面でも皐月サマに申し訳なく思った。
「信じるも信じないもアナタ次第って言うけどさ、桜の髪と瞳の色を見なよ。」
ツッコミ役で冷徹な柿が、最もな事を言う。桜は銀髪碧眼だ。
「ウィッグじゃないんだよコレ。瞳もカラコンなんかじゃない、よく見てみな。どう見ても日本人顔なのにあり得ないだろ。」
ふーん、と皐月サマは桜の銀髪を思い切り引っ張った。
「イテ、イテテテ!!」
「さっきの仕返し〜!」
……皐月サマも負けてない。
二度目だが、転んでも只では起きない。
「でも、カラーリングで誤魔化せるじゃない。珍しくないよう、銀髪なんて。
日本人でも眼の青い人、たまにいるって言うしね。」
「アンタは地毛とカラーリングの区別も付かないの? やっぱりこの子を新世界の『人間』(キャラクター)にするのはまだ早いんじゃないかしらん。センス無さそう。」
と桜。
さっきからこいつが一番皐月サマに突っかかっていっている。
やはりリーダーとしての使命感みたいなものがあるのだろうか。
皐月サマを転ばせた事は絶対に許さんが。
「じゃあ、分かりました。この4人の女の子達が、そういうお店の子ではないとして。」
と皐月サマ。
やっぱりそういうお店絡みだと思われていたのか。
まあそりゃそうか。
「私が原口さんの描く漫画の新キャラになるのが気に入らないんでしょ? だったらこっちにも思う所があるわ。」
ーーいったい何を思ったのか。
「私だって、原口さんの描く漫画のキャラクターとして描かれたい。でも、それを後回しにして……。」
変な予感がする。
「私、その『進め! 蜂』を描き上げるまで原口さんのアシスタントになります。これでいいでしょ?」
変な事を言った。
「私も原口さんと離れたくないもん。ここ何週間もバイトが重ならない日があって淋しかったんだから。」
まさかの爆弾告白。
オレと皐月サマと、4人のキャラクター達の奇妙な共同生活が、今ここに始まる。