嵐が来た
午後4時を少し過ぎ、喫茶店に皐月サマが現れた。
「原口さーーん、お待たせしました!!」
入り口でオレの姿を見つけたパーカー姿の皐月サマが大声で叫んで手を振る。
そんな、目立つ事をしなくてもいいのに。天真爛漫というか、何というか。
「ホットコーヒーください。……と、私の趣味とかの話をしなくちゃいけないんですよね。」
喫茶店の店員にオーダーをし終えると、早速本題に入る皐月サマ。
さすが、話が早くていいや。
「……実はね、私、密かにコスプレとかゴスロリに興味があるんです。」
「成る程。」
皐月サマはいつもラフな格好だから服装に興味があるとは思わなかった。
ゴスロリは少し古いかもしれないが、まあ市民権を得ているファッションだ。アイドル何とかのゲームにも、確かゴスロリ娘が登場していた筈。
問題はコスプレだが、これはどうやって料理したものか。
「コスプレって、例えばどんな? 魔法少女とか?」
コーヒーを啜りながらオレは資料用ノートにペンを走らせる。
「そういうのとか、メイド服なんかも良いですけど、ライトノベルに出て来るような剣士の格好とかしてみたいです。女剣士。」
女剣士と言えば、怪物キャラにいやらしい目に遭わされるのがデフォルトのような気がするが、そんなのがいいのか。と聞いたら、皐月サマは「そんなの見た事無いですよー!」と顔を赤らめる。知っているのか知らないのか。
いや、でもファンタジー物もアリかもしれない。
「後は、後は……。うちの学校、制服がブレザーなんですよ。
私昔からセーラー服が着たいと思ってたのに、縁が無くて。あ、ありがとうございます。」
皐月サマの分のコーヒーが運ばれて来た。
「だからせめて漫画の中だけでもセーラー服が着たいなーなんて思ったりしますね……。」
セーラー服。
昔、セーラー服の4人組を描いてヒットを出せなかった。
今時分バイトに精を出しているであろう桜、弓、柿、あなすたしあ。
「……んー、昔セーラー服の女の子達が出て来るのを描いて打ち切り食らっちゃってさあ、それ以来セーラー服はトラウマ。」
「あ、そうなんですか。残念。」
皐月サマはコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れて、かき混ぜている。
「でもそれって、前に描いてた学園モノ? を完全にやめちゃうって事ですか?」
ああ……。さっきオレはファンタジー物も良い、なんて思ったけど、そういやオレ、学園ギャグしか描いた事無かった。
だから趣向を変えるのも良い、と思ったんだが、十八番……と言えるかどうか分からないが、とにかく慣れ親しんだ分野以外で描くのは危険だろうか。
「そうだなあ……。学園モノは外せないのかもしれない。
じゃあそれに出て来るゴスロリかコスプレ好きの女の子、というのはどうかな。私服の学校って事で。」
「セーラー服はナシですかあ?」
皐月サマは尚も食い下がる。
セーラー服は……。セーラー服は……。
「うーん、トラウマだし、ちょっとワンパターンになるかなあって……。ってうわあ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
オレ達の座っている席は窓側。
その、窓側を向いてみると……。
黒髪ロングで『天然だけど妙に勘の鋭い』設定の弓が、ガラス窓にベッタリと張り付き、何やら右手で歩行者用通路の向こう側に手招きをしている姿があった。
これは……。ヤバい……。
あいつらにバイト先のある場所を教えた事も無いのに……。
これも、『神』と『人間』の意思伝達というものか。
「さ、皐月ちゃん、どうもありがとね!! そろそろ帰ろう!!」
「えー!? まだ始めたばっかりじゃないですか!? 私まだコーヒーも飲み終わってないし……。」
「いいから!! さあ早く!! マスター、ツケで!!」
「うちはツケはやってないですよ。しかもお客さん見ない顔じゃないですか。」
ああ、こんなに近いんだからもっとこの店に来てればよかった!!
「じゃあ、釣りはいらないから、これで!!」
千円札を出してテーブルに叩き付け、皐月サマの手を取ったのと、4人組のセーラー服軍団が店に入って来たのはほぼ同時だった。




