九話 精霊との邂逅 ☆
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目を開けば、森に囲まれた小さな湖の前に立っていた。
日の光を浴びて輝き、きっと普通の人ならば感嘆するだろう澄み渡った湖。
アクシルは一歩後ずさった。
水が嫌いなのもある。
だがそれ以上に、此処にいてはいけないと本能が告げていたからだ。
考えを巡らせる。
ーーそもそも、なんでこんな場所にいるのだろう。さっきまで屋敷にいたはずなのに?
身を翻した瞬間、
「ーー!?」
目の前に幼い少女が佇んでいた。
青くウェーブのかかった長髪に、アクシルを見上げる
碧眼。
きめ細かい白い肌に血の気はなく、整った顔立ちと相まってまるで人形のようだった。
髪と眼の色だけは、アクシルとよく似ている。
「君はーー?」
「どうしてなの」
白いワンピースをぎゅっと握り、少女は弱々しく呟く。
何を言っているのかと目を瞬かせると、
「どうして、こんな酷いことするの?」
小さな手が、アクシルを突き飛ばした。
「は……?」
慌てて伸ばした手は掴む物なく空振りをして。
ぐらりと身体が傾ぎ、水飛沫を上げて湖へと落下した。
鼻や口から水が入り込み、恐怖に手足をバタつかせるアクシルに、
水面に映る少女は手を伸ばす。
途端、右頬に焼けるような痛みが走った。
『約束は、必ず』
脳裏に少女の声が響く。ーーその瞬間、景色が一瞬にして黒く塗り潰された。
水の圧力も息苦しさも消え去って。
唯一残ったのは、頬のじくじくとした痛みだけだった。
「……様、アク……様!」
声が、遠くから聞こえてくる。
「アクシル様!!」
ーーようやく、名前を呼ばれているのだと気づき、アクシルは目を開いた。
遥か遠くに見える天井を眺めていると、ぬっとトリントが覗き込んでくる。
「おぉ。急に倒れられたので心配しておりましたぞ」
「……あ、すみません? 一体何が……」
身を起こすと、周りからはざわざわと心配そうな視線が向けられていた。
少し離れた位置では、セティアまでもが身を乗り出している。
トリントは一人、嬉しそうな顔だが。
「一時はどうなる事かと思いましたが、無事契約が完了したようですぞ」
「契約……」
右頬を触ると、微かに熱を放っている。
ーーあの少女に出会ったのは儀式の一環なのだろうか?
どちらにせよ、嫌な予感しかしない。
「皆の者、お静かに。アクシル様の契約は、無事完了しましたゆえ」
老体ながらもよく通る声でトリントは言い、アクシルに笑みを向けた。
「おめでとうございます。……そなた様は水の精霊に好意を持たれ、主に選ばれました。それも高位の精霊でございます」
その言葉を何度も頭で繰り返し、
「は……?」
そう呟くしかなかった。