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水の嫌いな水精霊使い  作者: アモール
プロローグ
8/26

八話 契約の儀

「……お久しぶり、です」


「そうね、久しぶりね」


何を言えばいいか解らず口を突いたのは、当たり障りのない一言だった。

そんなアクシルを、セティアは無表情に見つめる。


「あの……怒っているんですか?」


「何故?」


「さっきの人が、そう言っていましたので」


言うと、セティアはようやく表情を緩めた。


「あぁ。怒っている態度でいれば貴方達は急いでくるでしょう? ようは騙しただけよ」


「あ、そうですか」


怖くてそれ以外に言い返せず、アクシルは諦めて頷く。

と、セティアは老人に視線を移した。


「戯言はそこまでにして。ーーこの方は貴方の契約の儀を執り行ってくれる、精霊術師のトリント老師。王宮専属の方が、わざわざ貴方の為に来てくれたのよ」


「ほほほ。初めまして、ですな。ご紹介通り、儂はトリントと申す者です。アクシル様の儀式の手伝いができること、大変喜ばしく思っております」


相変わらず満面の笑顔を絶やさないまま、皺だらけの手を差し出してくる。

少し迷うが、叔母の無言の圧力に押されて握り返した。


「アクシル・セルベストといいます。本日は、私の為にお越しくださりありがとうございました」


他所様用の言葉遣いで返すアクシルに、セティアは満足げに頷いた。


笑顔を浮かべて握手を数秒。

そろそろ良いかと手を離そうとすると、何故か老人の手に力が入った。


ーー?


少し引っ張るが、握手した手はまったく離れない。

ぴくりと頬を引きつらせ、力を込めて一気に引き抜いた。

不思議そうにセティアが眉を顰める。


「どうかしたのかしら?」


「い、いえ。なんでもないです」


じんわりと痛む手を見下ろすと、赤く指の跡が残っていて。

こっそりトリントを睨むが、老人は変わらない笑顔を浮かべていた。


ーーなんなんだ、この老人は。


アクシルは気持ち悪さに身を震わせる。


「大まかな流れを話すわね。まず、大広間にはトリント老師に先に入ってもらうわ。それに続いて貴方も入り、そのまま最奥にある術式の中に入ってちょうだい。

その後は老師の指示に従えばなんの事はない、簡単に終わるわ。……ただ、一つだけ注意点があるの」


「……なんですか?」


「儀式では水を飲まないといけないのよ。勿論、吐くなんて以てのほかね」


「!?」


アクシルは絶句する。

ーー水を飲むなんて冗談じゃない。


急に気持ち悪さが浮上し、口を押さえた。


「……それは、本当に飲まなきゃ駄目なんでしょうか」


「ええ。それは変えられないわ。トリント老師、そうでしょう?」


「残念ながら。浄めた水を飲まないと身体に精霊が馴染みませんしね。もっとも、精霊と契約出来るかどうかは定かではありませんがね」


ほほほ、と小さな身を揺らして笑うが、アクシルとしては冷や汗ものだ。


今更ながら、逃げたくなってきた。


と、


「逃げようものなら、我が騎士団を総員して貴方を捕まえるわよ。これは脅しじゃなくて、本当に」


「く……」


見透かした発言に喉を鳴らし、アクシルは息を吐き出した。


「分かりました。やります、我慢します」


「正しい選択ね。ーーねぇ、アクシル」


一歩アクシルの元に寄ったセティアは、その両手を伸ばした。


両手で頬を挟むとーーぎりり、と抓りあげる。


「いだいいだい!!?」


「その辛気臭い顔をやめてちょうだい。弟に似てて不愉快よ」


パッと手が離れ、アクシルは涙を浮かべて頬を押さえた。


「な、何をするんだーーですか!?」


一瞬の殺気を浴びて言葉遣いを訂正。


「いいこと? 今日から貴方は大人になるのよ。甘ったれた事を言っていいのは子供だけ。それも歯の生え揃っていない餓鬼までだわ」


「……?」


「立ちなさい、アクシル。過去に囚われるのは馬鹿の極みよ。ーー結局は、己の意志で進むしかないのだから」


その瞳が、冷ややかな揺らめきを湛えてアクシルの顔を睨みつける。


それは、昔からアクシルにのみに向けられる瞳で。悲しみとも怒りとも違う、それはーー。


「ほら、そこまでにしたほうがよいのではないかの? 時間も儀式には重要なのじゃ。遅刻はあまりしたくはないからのぉ」


「……失礼したわね。それでは、行きましょうか」


中央棟へと向かって歩を進めるセティアの背後、トリントがにまりと笑った。


「炎の精霊に選ばれるといいですな。アクシル様」


「……どういう意味でしょう」


「いいえ。なんでもありませぬ」


それきり目を合わせないトリントにギリっと歯を噛み締めた。


本当に、なんなのだ。



ーー

嫌な場所に行くときの移動は案外早く感じるもので、あっという間に大広間の前に辿り着いていた。


固く閉ざされた扉の前に立つ兵士が、アクシルーーというよりもセティアに敬礼を示す。


「いい? 失敗は許されないわよ。絶対に、ね」


「はい……」


セティアが兵士に目配せをすると、ギイ、と両開き扉が開け放たれる。

蝋燭のみの灯りが道標のように続いており、その両脇には数え切れない程の人の影が並んでいた。


「では、お先に行っておりますぞ」


「どうぞ」


セティアが軽く返すと、トリントは杖をついて歩いてゆく。


一瞬広間にざわめきが広がるが、すぐに静けさが戻った。


アクシルも気が重いまま続こうとして、後ろの方で手を振る存在に気がついた。


暗さに目を凝らして、それがリリーだと確認できた。

その横には、ローグも心配そうな顔で佇んでいて。


アクシルは頬を緩めた。


ーー見守ってくれている人がいる。それが、どれだけ救われることか。


深く息を吐い、大きく吐き出して。


前を向いて歩き出した。


沢山の視線を感じる。好奇心、尊敬、嘲り、恐怖。


ーー激しい憎悪。


びくりと肩を跳ねさせ、アクシルは視線を彷徨わせる。


そして、その一点に辿り着いた。刈り上げた金髪に、暗がりで爛々と輝く瞳。


アクシルを憎しみに満ちた表情で見据えるのは、一人の男だった。


「アクシル様、此方へ」


目が離せずにいると、階段を上った先で待機しているトリントに呼ばれて顔を上げる。

次に見た時には人に紛れて消えており、アクシルは頭を振って壇上に上がった。


床には黒い魔法陣が刻まれ、中央には澄んだ水が満たされた透明なグラスが置かれていた。

トリントに催促され、その中へと足を踏み入れる。


「我、トリント・フォン・クリードの名の元に。アクシル・セルベルトに精霊との契約を望まん。大いなる意志は姿を現し、その身に宿りたまえ」


両手を広げ、厳かな詠唱をするトリントに反応するように、魔法陣が鈍く輝きを放つ。

ぶわりと暖かな風がアクシルを包み、沸々と力が漲ってきた。


「さぁ、水を飲んでくだされ」


トリントの囁きに、アクシルはゴクリと唾を飲み込んだ。


触りたくない。が、そんなわけにもいかないのだろう。


震える手でグラスを持ち上げた。


水。水。


ーー激しく心臓が脈を打つ。


思い出すのは身を打ち付ける雨。水と混じり合う血。鉄臭い匂い。


吐きそうで、気持ち悪さが目眩を引き起こす。


「どうしました? 早く」


再三の催促に、アクシルは目を閉じて一気に水を飲み干した。


「ーーおぶ、ごほ」


噴き出しそうになるのを両手で抑え、なんとか喉を動かして飲み込む。


途端、灼熱感が全身を駆け巡った。


まずーー


そう思った時には遅く、身体は床へと倒れこんでいた。



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