七話 呼び出し
ローグを連れて部屋を出たアクシルは、屋敷内の慌しさに目を丸くした。
いつもならアクシルに怯えた目を向けて避ける使用人やメイド達が、申し訳程度の軽いお辞儀をして早々と去って行く。
「同じセルベスト家に仕える者として、本当に恥ずかしいですよ」
「そう言ったって仕方ない。……唯一救いなのは、俺に関する噂が身内にしか流れていないことだな」
もっとも、それすらいつまで続くか分からない。ーー噂が広まった元凶はよく分かっているのだから。
「それにしても、アクシル様の本質を見ようとせずに噂するなんて許せません! 目は節穴かと説教をしてやりたいぐらいです」
「まぁ、そうだな……」
姪がさっきまで信じていたぞ、と言うのを堪え、アクシルは赤い絨毯の伸びる廊下を進む。
ーー西棟の一番奥まった場所にある寝室から儀式場の大広間までは、結構の距離がある。……それまでの間に、色々と考えておかなければ。
これからの事、もし精霊術師となった後はどうするのか。
先ずはこの屋敷から離れるのも良いかもしれない。
己を知る人が居ない、遠い場所へとーー。
そんな風に未来を描いていると、前方から赤い鎧を着た男が早足に此方へと向かってくるのが見えた。
「ん? なんでしょうかね」
首を傾げるローグに、アクシルも肩を竦めた。
目の前に辿り着いた男は、荒くなった呼吸を落ち着かせている。
その鎧につけられた白いマントには、剣の紋章が描かれていて。
ーーそれは叔母のセティアが指揮する騎士団の証だった。
「はぁはぁ……。あ、アクシル様、おはようございます」
「おはよう。で、騎士が俺に一体何の用だ? 何かあったのか」
問うと、
「実は、セティア様が東棟に急いで来るようにと言っておりまして。……少し、怒り気味に」
ぶるりと身を震わせた男に、横でローグが目を見開く。
「セティア様が? 何故」
「さて、そこまでは……」
首を傾げ、騎士は口元に手を当てて囁く。
「その、あまり待たせると怒られますので。急ぎご案内してもいいでしょうか」
「とのことですが。アクシル様、どうします?」
意見を求めてくるローグに、肩を竦めた。
「俺は兎も角、ローグは行かないと後が怖いだろう?」
「はは。です、ね。ではお願いします」
「了解しました」
頷き、騎士の男は先頭に立って歩き出す。
後ろをついていきながら、アクシルは窓の外から遥か下の中庭を見下ろした。
沢山の煌びやかな馬車や竜車が並び、使用人達がせわしなく動き回っている。
「随分と忙しそうだな……」
「えぇ、そりゃあ大変ですとも。アクシル様の成人の儀に参加をと、沢山の来賓がいらっしゃるのですからね」
「俺としてはご遠慮願いたいな。一々世辞を言うのが面倒くさい」
本音を漏らすアクシルに、ローグは口に人差し指を当てた。
「シー! アクシル様は仮にも王家の血を引く貴族なのですよ? 純粋に祝いに来くる方々もいるのですから、そんな事を言ってはなりません!」
「はいはい、分かってる。まぁそれ以上に、両親を亡くした憐れな駒を引き入れようと浅ましく考える馬鹿が多いだろうがな」
失笑を浮かべて言う。
ローグもそれには同じ意見なのか、否定の言葉は返ってこなかった。
ーー騎士は気を利かせたのか、来賓客が居ない場所を通ってくれていた。
階段を昇り降りしつつ、複雑な道順で東棟へと向かってゆく。
暫くそうしているうちに、東棟へと向かう渡り廊下に辿り着いた。
住人の性格に合わせて他の棟よりも質素な装飾のエントランスに、足を踏み入れる。
と、螺旋階段の手前に女性が立っているのが見えた。
アクシル達を振り返る。
「……あら、随分と早かったわね」
白銀の髪の毛を背中に流し、四十歳近くにもかかわらず引き締まった身体を簡素な鎧で包んだ女性だった。
皺が少し目立つものの、整った顔で輝くガラスのような碧く鋭い眼が歳を感じさせない。
更に近づいていくと、セティアの後ろに腰の曲がった老人の存在が見えた。
その老人はローブを羽織り、杖をついてにこにこと笑っている。
その細められた眼に見透かされるような感覚を覚えて、不快さにアクシルは顔を反らした。
「セティア様。ご機嫌麗しく」
頭を深々と下げて敬意を示すローグに、しかしセティリアはぴくりともしない。
手を上げて、来た道を指差した。
「そんな挨拶は無用よ。……申し訳ないけれど、席を外してくれるかしら。儀式のことについてアクシルと話があるの」
「え、あ、はい?」
よく分からないというように目を丸くする姿に、セティアはため息を一つ。
「ミロ、この愚鈍を連れて儀式場に向かっていなさい。ーー予定通り半刻の後に儀式を始める、間に合わなかった貴族共は締め出して結構よ」
「はッ!! ほら、行きますよ」
「アクシル様……すみません。また後で」
騎士に引っ張られて名残惜しげに去るローグを見送り、セティアはアクシルをジロリと見た。