四話 嫌われ者
ローグが居なくなった部屋で、アクシルは壁際に置かれた全身鏡の前に立つ。
此方を見返すのは、晴れ渡る空に似た青髪に、濁った深海の瞳を持つ青年。
綺麗だった母に似ているとローグに言われる顔は、しかし今は全てを恨むように青白く強張っている。
思わず失笑した。
「自分が被害者だとでも思っているのか、アクシル。そんな顔をする権利なんてお前にはないだろう?」
自傷の言葉を呟き、両手を自身の首へと持ってゆく。
そのまま、ゆっくりゆっくりと力を込めてーー
「し、失礼いたします」
突然の女の声に、アクシルは慌てて振り返った。
扉越しに聴こえたのだと確認して、舌を打つ。
「入ってくれ」
「は、はい……」
そうして扉から顔を覗かせたのは、料理の乗った食器を片手にした、黒髪の年若いメイドだった。
「すみません。お食事を、お持ちしました」
目を合わせず震える声を絞り出すメイドの姿に、胸にストンと重石が落ちる。
ーーあぁ、またか。
それは、見慣れたすぎた光景で。
アクシルは椅子に腰掛け、興味を失せたように窓の外へ目を向けた。
「あ、あの……」
「そこに置いておいてくれ」
何かを言いかけるメイドに、アクシルは冷たく返した。
暫くの間の後、食器をテーブルに並べる音だけが響く。
その音も止むと、メイドはテーブルの横で顔を伏せた。アクシルはちらりとそちらを見る。
「出て行ってくれないか。食事に集中できない」
「……で、ですが。その、挨拶がまだでしたので」
「何故、君が私に挨拶をする必要がある? どうせすぐ消えるだろう?」
「そのようなことはーー」
「いや、確実にお前は消えるよ。そうだな……もって数日ぐらいか」
馬鹿にしたように口元を歪めると、メイドはその身を震わせた。
よく見ると同い年ぐらいだろう、その顔は怯えて引きつっている。
「わ、私は……両親に挨拶は基本だと言われております。なので、これから貴方様にお仕えする身として挨拶をと思いました」
身を引き、深く頭を下げた。
「お、お初にお見えになります。私の名は、リリー・サーズ・ウェニアと申します。遅くなりましたが、アクシル様の成人の日をお祝い申し上げます……」
弱々しい声で祝いの言葉を放つそのメイドに、アクシルは拳を握りしめる。
一々怒るのは体力の無駄だと思う。が、それでも怒りが抑えきれなかった。
「うわべだけの言葉なんていらないんだよ。お前も所詮、同じだろうに」
「……え?」
「俺の前から消えろ。今すぐに」
「!?」
絶句するメイドを見据えたまま、椅子から立ち上がる。
「どうせ誰かに言われたのだろう? 俺をなんと言っていた。悪魔? 呪いの子? それとも人殺しか」
「い、いえ……けしてそのような事は」
身を詰めると、メイドはジリジリと後ずさる。
「俺に関わると呪われる、か。実に馬鹿らしいじゃないか」
見上げるその茶色の瞳が、涙で潤むのを見て。
アクシルは身を離した。
「もういい。これは命令だ、今すぐ出てけ」
「……はい。失礼、しました」
丁寧に頭を下げて足早に去って行くメイドから、テーブルに並べられた皿に視線をやる。
冷めたその料理を手で振り払った。
鈍い音をたてて食器が落ち、絨毯の上に食べ物が散乱する。
それを見下ろし、固く瞼を閉じた。
『お前と関わる者全てが、不幸になる。両親すら殺したお前が、何故生きているのだ!?』
幻聴が聞こえてくる。
殺意に満ちた声が、怒り狂った顔が鮮明に浮かぶ。
『アクシル。お前が死ねばよかったのに』
実に正論だ。だけどーー
胸元を握りしめる。
簡単に死ねるなら、心はどれだけ救われるのだろうか。