三話 成人の儀
「ーー違うッ!!」
悲痛な叫び声を上げ、青年は勢いよく起き上がった。
息を荒げながら、頬を伝う涙を拭って部屋を見回す。
そこは馬が三頭入れるぐらい広く、権威を見せつけるように豪奢な家具で統一された寝室だった。
住む者がどれだけ高貴なのかが一目で分かるほどに。
そのまま視線は流れ、赤い絨毯を見てびくりと身を揺らした。
「……落ち着け、落ち着け」
青年は高鳴る胸を押さえつける。
先程までの夢で居た森ではない事を己に言い聞かせ、漸く安堵の息を吐き出した。
「……また、あの夢か」
爽やかな太陽を窓から見上げ、瞳を細めた。
自分が起こした、忘れられぬ悔恨の過去。
全てが狂い出した、あの日はーー
と、不意に外から澄んだ鐘の音が響き渡った。
それと同時、コンコンと軽く扉が叩かれる。
「……アクシル様、起きていらっしゃいますか?」
扉の向こう側から男性の声が聞こえ、
「あぁ。起きているよ」
「ーー失礼します」
青年が返事をすると、扉を開いて男性が入ってきた。
鋭い黒眼に黒髪の男性は、眼鏡を押し上げてぺこりと頭を下げる。
「おはようございます。アクシル様」
「おはよう、ローグ。……相変わらず時間ピッタリだな」
「前々から言っておりますが、私は少しでも時間がズレると嫌なのです。ところで……」
鋭い瞳が青年、アクシルをジロリと睨めつける。
「アクシル様、よもや今日がなんの日か忘れてはいませんよね?」
「お前な……。俺はそこまで馬鹿じゃない。よく覚えているよ」
「そうですか。それは良かった」
男性は途端ににこりと笑い、深く頭を下げた。
「アクシル様、本日は無事成人の儀を迎えられたこと、お喜び申し上げます」
「ふん、お喜び? それは俺に対する皮肉なのか、ローグ」
「まさか。滅相もございません」
ゆるく首を振るローグに、アクシルは不快げに顔を歪める。
「いや、確かに喜ばしいさ。反吐が出るくらいな」
「そんな事を言ってはなりませんよ。きっと、旦那様も奥様もお喜びになってるはずです」
「それこそあり得ない!!」
冷ややかな笑みを浮かべ、肩を竦めてみせる。
「父上も母上も、俺を憎んでるに決まってる。お前だって、よく分かってるだろう?」
「……」
辛そうな顔で押し黙るローグ。
その姿を見て、熱くなった感情を抑えるように深く息を吐き出した。
「ーーすまない。この話はもうやめだ。これから色々と準備があるんだろう?」
「……そうでしたね。それでは、お先に朝食をお持ち致しますので少々お待ちください。私は忙しいので、身支度もメイドに頼んでおきます」
「あぁ、分かった」
「一刻後にお迎えに上がります。それでは」
再度頭を下げ、くるりと踵を返す。
扉を開けて外に出る途中、ローグは此方を振り返った。
「……たとえ周りの人々が祝福せずとも、私はアクシル様が無事に育ってくれた事を嬉しく思っています」
そう言い残し、ローグは部屋を出ていった。
静かに閉められた扉を見つめ、アクシルは悲しげに瞳を揺らす。
「……俺は、自分だけがのうのうと生きていることが憎らしい。自分自身が許せないんだよ……ローグ」




