八話 作戦
「精霊術師……か」
「もっとも、低級の精霊だけどね」
ソークが肩をすくめた途端、その周りで火花が散った。顔を歪める。
「冗談だって!」
《ふん》
何処からともなく、鼻を鳴らす声が聞こえた気がした。アクシルは辺りを眺めまわす。
精霊と精霊使いは、契約によって特殊な繋がりを得るのだ。
契約者のみ姿が見えるようにできると、聞いたことがある。
「もしかして、そこに精霊がいるのか?」
「うん。すこーし我儘な奴がね」
今度は、ソークの髪の毛が逆立った。呆然と見るアクシル達に苦笑し、髪を整える。
「ごめん、あまり気にしないで。それより時間が勿体無い、さっさと話をしよう」
「……アクシル様、どうなさいます?」
此方を見るミロに、頷きを返した。
「一応話を聞くだけ聞こう。どうせ情報もなにもないんだ、それから協力するか決めればいいだろう」
「かしこまりました」
ソークと名乗った青年を部屋に招き入れると、早速テーブルに地図を広げた。
アクシルはイスに座り、ミロは監視するようにソークの横に立つ。
「昨日僕たちは、村から王都へ馬車で向かう途中に襲われたんだ。目が覚めた頃には、知り合いの姿も馬車も何もかも無くなっていてさ」
アクシルは、その発言に目を見開いた。自分達と同じだったからだ。
激情を抑えるように両手を握りしめ、ソークは続ける。
「目が覚めてから、僕は精霊と共に眠らず盗賊の行方をさがしていた。でもなかなか見つからなくて、もう駄目かと思ったけど……今さっき、ようやく見つけることができたんだ」
王国全土を記した地図上、村と王都を繋ぐ途中にある一つの森を指差した。
後ろに山がそびえ立ち、程々に広さもあるらしい。
「此処に、人の出入りした痕跡があった。車輪や重荷を引きずった跡とかがね」
「なるほど、森なら隠れるに最適ですしね。……それにしても一人で探し出すには、少々骨が折れたのでは?」
「まぁ村の人達は、盗賊からの報復が怖いと動いてくれなかったから……。仕方がないとは思うけど」
「誰もが、貴方のように力を得ているわけではありませんからね」
ミロは同情の眼差しを向ける。肩を竦めたソークは、気を取り直して再び口を開いた。
「森から人が出てくる姿は見ていない。此処に拠点がある確率は大だ。……だから、僕は盗賊達の気が抜けているだろう深夜に奇襲をかけることにしたよ。
ーーどんな能力を持っているか分からないけど、奴等も精霊術師が居るとは思わないだろうさ」
「……そんな風に上手くいけばいけどな」
「そうだね、上手くいくかどうかは君達にもかかってる。もう随分と助けられたけどさ」
にこりと笑うソーク。その姿を、アクシルは胡散臭げに見やる。
「どういうことだ? 俺達は助けた覚えなんてーー」
「あぁ、違う違う。正確に言えば君達が襲われたお陰で、色々と情報が得られたという感じかな? 申し訳ないけど助かったよ」
「は?」
納得できず目を瞬かせるアクシルに、ソークはつと窓の外を指差した。雨が止み、夜が迫って薄暗い曇り空を。
「今日みたいな天気は、雷が本領発揮できるんだ。僕は村周辺を見張ってて、奴等は愚かにも村の近くに再び姿を現した。君達を襲った後、精霊につけさせて……」
ソークは、失言したように口を押さえる。
「じゃあお前は、ずっと見ていたのか。助けもせず、俺達が襲われるのを眺めていた、と」
胸ぐらを掴む勢いで身を近づけるアクシルに、ソークは慌てて手を降った。
「仕方ないんだ! その場で捕まえたら、僕の友人が返ってくる確率が下がるんだから。それに、奴等に真正面からぶつかって勝てる自信はなかった。……むしろ、下手をしたら全員死ぬところだ」
必死に弁解するソーク。その周りで、精霊が怒っているのかバチバチと火花が飛び散る。
「アクシル様、今は抑えてください。彼が居なければリリーの場所が分からなくなってしまう」
「……そうだ、な」
アクシルは深く息を吸い、イスに深く腰掛けた。安堵の息を吐くソークを、睨みつける。
「もしリリーが助からなかったその時は……」
「僕だって誰かを犠牲にして救いたくはないし……もちろん全力で力を貸すつもりだ。どうかよろしく頼む!」
頭を下げる姿に、アクシルはミロと顔を見合わせた。
ため息を吐き出す。
「……分かった。ただ、過分に期待しないでくれ。俺にできることは剣で対抗するぐらいだからな」
「助かるよ!」
ぱっと顔を上げ、ソークは握手をしようと手を伸ばす。瞬間、その間に金の粒が舞った。
それは集い、瞬く間に人型へと変わる。肩までの金髪に金色の瞳の少女の姿を模したそれは、ふわりと軽やかに膝をついた。
「な、精霊!?」
冷ややかな切れ長の瞳が、驚きの声を上げるミロを、次いでアクシルを見てピタリと止まった。
「ーー?」
身動きせずじっと見つめてくる精霊に、アクシルはたじろぐ。
「ブランテ、なんで姿を見せたんだ? 今はまだ力を温存しておいて構わないのに」
ソークの問いに、ようやく精霊は視線を外した。
《別に理由はない。……それより急ごう、彼女が心配だ》
「まったく、君はいつもいつも……。じゃあさっそく、救出作戦を開始しようか」
「あぁ」
アクシルは頷いた。ブランテからの突き刺さるような視線を、ひしひしと感じながら。




