七話 救いに
ーー意識が覚醒する。
最初に感じたのは、激しい頭痛だった。
「……ッ」
痛みに歯を嚙み鳴らし、アクシルは頭を抱えて身体を丸める。
閉ざした瞼裏に、光が瞬いた。
ーーいったい、なにがーー、
「アクシル様、しっかりしてください!」
男の呼ぶ声が聞こえ、目を開いた。
木目のある低い天井が見え、次いでアクシルの顔を覗き込む男に気づく。
灰色の短髪をボサボサに乱した男に何者かと息を呑み、それがミロなのだと気がついた。
「……ミロ、か」
「はい」
いつもの鎧を脱いで楽な格好をしたミロは、疲労によってか顔色が悪い。
アクシルが身を起こそうとすると、慌てて押し戻してくる。その手には、包帯が肘まで巻かれていた。
「それ、怪我したのか」
「自分の事などいいのです。それより、まだ無理をなさってはなりません。魔術の後遺症が残っているようですので……」
「いったい何がどうなったんだ?」
馬車の中で襲撃にあったことは覚えているが、それからの事はさっぱり分からない。
つとアクシルは辺りを見回す。そこは、小屋のような部屋の中だった。
木の柱に木でできた壁、アクシルが寝ていた硬いベッドと棚、そして一組のテーブルと椅子のみの質素な部屋。
「此処は?」
「ーーガルム村の宿です。……我等は村の近くで襲撃に遭い、道に放り捨てられていたようです。抵抗しましたが魔術で乱され……気がつけば此処に」
膝をつき、ミロは身を震わせる。押し殺した嗚咽が漏れた。
「誠に申し訳ございません。騎士という身でありながら、あっさりとやられるとは……」
「気にするな、命があっただけマシだろうに」
その言葉に、ミロは呆然とアクシルを見上げた。怒られ罵られるとでも思っていたのだろうか。
アクシル自身抵抗する前に倒れたのだ、ミロを責める資格はない。
「それで、そいつらの目的はなんだったんだ?」
「は。ーー竜車と積荷、全て奪われてしまいました。話によればここ最近、村近辺にて盗賊が横暴していたらしく……金目の物を狙っての犯行でしょう」
拳を握りしめるミロ。
そこでようやく、アクシルは少女の姿が一向に見えないことに気がついた。
「そうだ、リリーは? 無事なのか」
「リリー、ですか。彼女は……その……」
「まさかーー」
嫌な想像に、アクシルは立ち上がりかける。瞬間、激しい眩暈にベッドから転がり落ちた。
「アクシル様おやめください! 頭に怪我だってあるのですから!!」
言われて、頭部に包帯が巻かれているのが分かった。ミロに身体を掴まれるが、強く振りほどく。
「だからなんだ……俺は、助けに行くぞ」
「……何故ですか? 彼女は、所詮ただの使用人なのですよ? 主人たる貴方様が無理をする必要はない、盗賊など騎士団に任せてーー」
「リリーは、学園に行くのを楽しみにしていた」
アクシルは、ふらりと身を起こす。
「こんな不吉な俺に、嫌とも言わずついて来てくれたんだ」
「アクシル様……そんな事、使用人としては当たり前で……」
「違う。そうじゃない」
鋭い視線を向ける。驚きに息を呑むミロに、アクシルは両手を見下ろした。
「そんな事はどうでもいい。俺は、リリーと話をしていて、ずっと抱いていた嫌な感情が和らいだんだ」
昔から呪われた者だと蔑まれ、自分なんて生きる意味も、未来を見ることすら無意味だと思っていた。
ローグのことを信じてくれていたが、それでも奥底では暗い考えが消えなかった。このまま悲劇を演じていて、いつか失望されるのではないかと。
ーーけれど、リリーを見ているとそれが馬鹿らしく感じられたのだ。
自分とは正反対を向くリリーと共にいると、何か変われる気がして。
それを奪われるのを黙って見ていては、また同じになってしまう。また、あの苦しい世界に取り残されてしまう。
だからーー、
「リリーを救いに行く。たとえ一人でも」
「無謀です! 変な魔術を使う盗賊ですよ? 今まで、周りが何もして来なかったわけではないはず……それなのに真昼間に襲撃できる盗賊の規模が、一体どれほどのものか……」
「俺が寝ている間、聞き込みをしたのか?」
「……まだ、です。本部に聞くにしても、伝達用の魔石すら奪われていますから……こんな田舎に果たしてあるか分かりませんし」
尻すぼみに言うミロに、アクシルは肩を竦めた。
「何も分からないってことか。ーーそれに、救出まで時間がかかっては助かる見込みも低くなる。自分で行くしかないだろう」
「アクシル様!!」
「いいぞ、此処に居てくれれば。叔母様へと連絡をしていればいい」
背を向けると、背後でため息が漏れた。振り返るアクシルに、ミロは呆れたように眉を下げて立ち上がる。
「……どう言っても聞かないのですね。ならば私も共に行きますとも。……アクシル様一人で行かせては、首が飛びかねない」
やけくそに言い放たれ、アクシルは深く頭を下げた。
「すまない」
「いいのです。どうせ死ぬなら同じですからね!」
少し食い気味に言われるが、しかしその発言を無視する。扉へと向き直った。
「まずは聞き込みだ。何か知ってる人がいるかもしれない」
そう呟いたと同時、突然扉が開け放たれた。ミロはアクシルの前へ飛び出し、身構える。
「落ち着いて。その話、僕も混ぜてほしいんだ」
両手を上げて現れたのは、首にかかるぐらいの銀髪を切り揃え、髪と真逆の黒目を吊り上げた青年だった。
普通にしていれば柔和であろう顔は、しかし怒りにか固く引きつっている。ミロは訝しげに口を開いた。
「何者ですか」
「僕はソーク、君と同じように知り合いを連れていかれたんだ。だから手を貸したくて、さ」
「盗み聴きするような人間の話、信じるに足る証拠はありますか?」
「……あぁ、話を盗み聞きしたのは謝るよ。けど、僕としても説明を長々としてる時間は余りないんだ。一つ言いたいのは、一緒に行けば役に立つし、勝つ見込みが増えるということ」
ソークと名乗った青年は片手を伸ばした。その瞬間、掌の上でバチリと火花が散る。
「見ての通り、雷の精霊と契約してる」
不敵に、ソークは笑った。




