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水の嫌いな水精霊使い  作者: アモール
一章 王立学園
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五話 竜車

 屋敷を出た後は、しばらく林道を進んでいた。


 アクシルの屋敷は街から少し離れた位置にあるため、どうしても馬車か竜者でなければ時間がかかってしまうのだ。


 代わり映えしない景色に、思わず欠伸が漏れる。


「アクシル様、寝ていても大丈夫ですよ。休憩時にはちゃんと起こしますから」


「いや、別にいい。この揺れじゃ流石に寝れないからな」


「そうですか? 私なら即寝れますけど」


「なら寝てていいぞ」


 両手を合わせて寝たふりをするリリーに、アクシルは膝にかけていた毛布を渡そうとする。


 リリーは背筋を伸ばし、首を振った。


「主人の前で寝るなんてできません!」


「これから一緒に通うのに、そんなことじゃ心が持たないと思うけどな」


「ふふん、平気ですよ。楽するところは楽する、私の得意技です」


 腰に手を当てて自慢げなリリーの姿に呆れ、アクシルは窓の外を見やった。


 馬車に比べて速く進む竜車は、そんな合間にも街を囲む塀が見える位置にまで進んでいた。


 西の街ソウェン、セルベスト家が領主として治めている街だ。


 さらに西側に国境を控えており、主に交通と流通の場として発展している。


 王都には遠く及ばないが、中規模騎士団の詰所がある平和な土地は、人を集め街を大きくしていた。


 林から街へ続く道の先、塀の入り口に兵士が二人目を光らせている。


 竜車が停まり、兵士達はぴしりと敬礼した。


「ご苦労さまです!! アクシル様のご出発ですね」


「あぁ。通ってもいいかな?」


 ミロが御者台から声をかけると、兵士は両脇に退く。


「もちろんですとも。どうぞお気をつけて」


「ーー皆様の旅路に精霊の加護がありますように」


「どうも」


 竜車は石畳の上をごとりと進み、街へと入った。


 まだ朝だというのに、既に街は人々の賑やかな声と生活音に溢れていた。


 レンガ造りの建物が建ち並び、其処此処で露店が開かれている。


 と、向かいでリリーが息を吐き出す。


「この街とも当分の間お別れですね。少し寂しい」


「だな。そういえば、リリーの家は何処にあるんだ?」


 問うと、リリーは首を傾げた。


「えっと、貴族とはいえ末端なので、一般民と同じ地区にあります。あ、叔父さんやお婆様が暮らしてる本家は、一応貴族街にありますけど……それがなにか?」


「いや、もし挨拶がまだなら寄ってから行こうと思ってな」


「あ、それなら大丈夫です。昨日の買い出しついでに時間を貰って、ちゃんとお別れを言いにいってますから」


 笑顔で応え、リリーは再び外へと視線を向ける。


 過ぎていく街並みと人を見るその瞳が、楽しげに輝いた。


「寂しいし不安だけど、それ以上に期待してるんです。なんとなしにアクシル様の元に配属されて、一体どうなるかと思ってたら今度は学園に一緒に通うことになって。ーー私、色々と勉強してもっと成長したいから、嬉しくって」


 アクシルは呆然と見つめる。

 その前向きな姿勢が、己とは全くの正反対だったからだ。


 少し、羨ましくも感じた。


「アクシル様どうしました?」


「いや、なんでも」


 歯切れ悪いアクシルに、リリーは首を傾げる。


 竜車はそのまま街を抜け、他の馬車が行き交う東側の門から外へと抜けた。


 太陽の光が降り注ぐ草原は、一本の大道が遥か先まで続いていて。


 先ずは街周りを流れる川上の橋を渡り、大道を進むーーかと思いきや、アクシル達の乗る竜車だけは逸れて草上に進んだ。


「アクシル様、揺れますので気をつけてくださいね」


「分かった」


 ミロの忠告に返事をすると、リリーだけは戸惑いの表情を浮かべる。


「え、どうしたんですか?」


「? あぁ、もしかして竜車に乗ったことないのか」


「あ、当たり前です! 竜が幾らすると思ってるんですか? あ、でも見たことならーー」


 言いかけたリリーは、ぐんっと身体が引っ張られるような突然の衝撃に、激しく身体を揺らした。

 小さな悲鳴をあげる。


「舌噛むぞ」


「い、今更遅いですうぅ」


 涙を浮かべ、恨めしそうな顔で舌を突き出した。


 竜車は馬車を次々と追い抜き、驚くほどの勢いで景色が流れていく。


 あっという間に気を取り戻したリリーは、感嘆に吐息を漏らした。


「この調子なら、王都まで半日もかからず着きそうですね! 竜車って凄い!」


「順調にいけばな」


「お、鳥まで抜かしちゃいましたよ」


「……良かったな、楽しそうで」


 リリーの一人ではしゃぐ声を聞きながら、時間が緩やかに流れていく。


 しばらく経った頃、ふとリリーが空を見上げた。


「……分厚い雲。嵐が来そうですよ」


 つられて仰ぐと、確かに先程までの晴れが嘘のように灰色の雲に覆われていた。


 アクシルはひんやりとした風を感じ、色んな意味で身を震わせる。


 同じことに気がついたのか竜車の歩みが遅くなり、少しして完全に止まった。


「大丈夫ですかね」


「多分な」


 リリーにそう応えつつも、緊張を誤魔化すように腕を摩る。

  こんな場所で嵐に見舞われたらと考えたら、気が狂いそうだった。


「ーーミロ、どうする?」


「ちょっとお待ちください。今場所を確認しますので」


 こんな何もない草原で、場所が分かるのだろうか。


 が、さすが訓練を積んだ騎士なだけあってか、紙を広げる音の後すぐさま声が返ってきた。


「ここから少し南に行けば、ガリムという村があります。そちらで凌がせていただきましょう。……いかがですか?」


「なんでもいいぞ。雨に濡れなければな」


「了解しました。少し遠回りになりますが、仕方ないとしましょう」

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