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水の嫌いな水精霊使い  作者: アモール
一章 王立学園
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四話 出発

 成人の儀から三日後ーー


 爽やかな朝を迎えたアクシルの部屋は、しかし慌ただしく彷徨うローグによって台無しにされていた。


 大きなバックに詰めれるだけ荷物を詰め終わり、アクシルは殺風景になった部屋を見回す。


「よし」


「ちゃんと必要な物は全部入れましたか? 忘れ物などしては先行きが不安ですからね」


「ーーはいはい」


「アクシル様、私は心配心で言っているのですよ!」


 近場で吠えるローグに、指で耳穴を塞ぐ。


 そんな時、リリーが半分開けた扉から顔をのぞかせた。


「アクシル様、終わりましたか?」


「何か用か?」


 朝食は終わり、今の時間メイド達は洗い物をしているはずなのだが。


「あ、あれ。まだ叔父さんから聞いてないですか」


 リリーが部屋に滑り込む。

 その格好を見て、アクシルは目を丸くした。


「何も聞いてないぞ。今日は休みなのか?」


「まさか! メイドに休みなんてないですよ」


 いつもの白黒メイド服ではなく、薄青のワンピースに身を包んでいたのだ。


 と、ローグが悔しげに唇を噛む。


「アクシル様と一緒に学園に通うことになったのですよ」


「誰が?」


「私が、です」


 己を指差し、リリーは困ったように笑う。


「護衛兼使用人として、一緒に学園へ通うようにとセティア様が……。私はある程度は風の魔術が使えますし、年齢も十七歳と同い年なので最適だと。一応貴族なのでアクシル様に泥を塗ることもありませんし」


「まさか、それを引き受けたのか?」


「はい。……お給料を上げてくれると言われ、つい」



 照れ臭そうに頬を赤らめるが、言っていることは実にがめつい。


「私も共に行きたかった!!」


「え……でも叔父さん、若い子達に囲まれるの耐えられる? おっさんって言われちゃうよ」


「くッ!」


 歯噛みして恨めしそうに見てくる40手前の使用人に、アクシルは嘆息した。


「……仕方ないだろ。そもそも、俺は行きたくないんだ。なのにリリーも一緒、か」


「失礼ですね! ちゃんと逃げないように監視しろと、セティア様に命令されてるんですから」


「リリー、それは秘密では?」


 あっと口を噤むリリーに、ローグが説教を始める。


 ーー何故こうも騒がしい人間が集まるのだろうか。

 緩く首を振り、アクシルは荷物を持ち上げた。


「まぁ今更来るなと言ってもくるだろ。ほら、逃げないから早く行くぞ」



 ーー


 三人が玄関ホールに向かうと、使用人達がずらりと集まっていた。


 前よりもだいぶ態度は変わったとはいえ、それでもアクシルへの恐怖心が簡単に薄れたわけではないのだろう。


 それらの顔は、アクシルが居なくなる事に関して安堵しているようだった。


 その合間を抜けて扉を開けようとして、一人の同年代らしきメイドがリリーへと駆け寄った。


「リリー!」


「どうしたの、メイ」


 仲よさげにしばらく会話をすると、メイドはリリーへと抱きつく。

 すぐ身を離して今度はアクシルへと近づいてきた。


「……アクシル様」


「?」


 怯えた瞳で見上げてぐっと息を呑む。


「あ、あの。どうかリリーの事、よろしくお願いします。私の友達、なので」


「……分かった」


 どれだけの緊張の中告げたのか、荒く息を吐きだすメイドに頷きを返した。


「メイ、またね」


「うん」


 再度二人は抱き合い、メイドは離れていった。リリーが顔を覗き込んでくる。


「あーっと、なんかごめんなさい」


「なぜ謝るんだ? 別れを言うぐらい怒ったりしない。ーーもういいのか?」


「はい。大丈夫です」


 作り笑いで応えるリリーに申し訳なく思いつつも、外に出た。


 そこには豪華な装飾の白い竜車が停まっており、一人の騎士が手綱を掴んで待機していた。


 その人物は、儀式の時に伝言を持ってきた騎士だった。ーーたしかミロという名前か。


 セティアを探して視線を彷徨わせるアクシルへと敬礼する。


「おはようございます、アクシル様」


「おはよう。もしかして、君が御者なのか?」


「はい。……良いのか悪いのか、セティア様に面倒を押し付けられる事が多くてですね」


 頭を掻き、ごそりと胸元から紙を取り出す。

 それをアクシルに手渡した。


「こちらの手紙はセティア様からです。本人は先程、急用ができたからと街へ出たので不在でしてーー」


 アクシルは話半分に、折り畳まれた紙を広げる。


 そこには、簡潔な文が書かれていた。


「《アクシルへ。見送りに出れないこと、申し訳なく思うわ。先日の話について貴方が深く考える必要はないの。ただし、自分の身は自分で護ること、何かあれば連絡をすること、それだけは覚えておいて。どうか気をつけなさいーー。貴方が様々な事を学び、立派な精霊術師になれる事を祈っているわーー セティア》」


「ーーセティア様はなんと?」


 荷物を積んでいたローグが、手紙を見ようと首を伸ばしてくる。


 慌てて手の内に隠した。


「なんでもない。ただ、立派な精霊術師になれとさ」


「ほーう。何か言えないことでもあるんでしょうか?」


ぐいっと身を近づけてくるローグ。と、荷物を積み終わったミロが駆け寄ってきた。


そこで会話は切られ、ほっと息を吐く。


「準備完了しました」


「行きましょ、アクシル様」


 リリーが先に竜車に飛び込む。四人は座れる広々としたイスの片側に背筋を伸ばして座った。


 その後に続いて片方の足を竜車にかけ、ローグを振り返った。


「じゃあ行ってくる」


「はい。お気をつけて。なにかあれば帰ってきてくださいね」


「あぁ。ローグは身体を大事にな」


 アクシルの年齢からだと短くて一年間、長いと三年間通うことになる。


 ーーローグが父親のような存在でいてくれたから、きっと今の自分があるのだと思う。

 途中で帰れるとはいえ、長期間離れるのが不安で仕方がなかった。


 そんな感情に気づいたのか、ローグは唇を引き結ぶ。


「ほら、あまり別れが長引くと本気で共に行きます。そして一緒に学園へ通いますから」


「それは困るな。色んな意味で」


「だったら早く行くことですね。……大丈夫、私から王都に遊びに行けば会えますよ」


 不敵に笑うローグに肩を竦めた。


 中に入ってリリーの向かい側に腰掛けると、扉が閉まった。


 窓を開け、ローグとリリーは握手を交わす。


「叔父さん、またね」


「えぇ。アクシル様のこと任せましたよ」


「はい!」


「ーーでは出発します」


 ミロの声があがり、背を打たれた竜が喉を鳴らした。


 途端竜車は動き出し、あっという間に屋敷が離れていく。


 見えなくなるまでずっと手を振るローグに、せり上がる感情を必死に抑え込んだ。


「ちょっと寂しいですね。私は短い期間でしたけど、仲良くなれた子もいましたし……」


「もし嫌なら無理しなくてもーー」


「いいんです! 私が望んでついてきてるんですから」


 言葉に被せて言われて口を噤み、それきり静かになる。


 流れゆく外を眺めていると、リリーがなんとなしに口を開いた。


「そういえば、ルーベルトってどうなったんですか? あれ以来見てないし、話も聞きませんけど……」


「……そう、だな」


「あ、セティア様直々に罰したのでしょうか」


 アクシルは何も言えず、黙って疑問を聞き流す。


「アクシル様はなにか聞いてます?」


「いや。何も聞いてないな」


「そうですか……」


 首を傾げつつも納得したーーと思いきや、今度は窓から頭を出した。


「ミロさん、ルーベルトがどうなったか知ってます?」


「……い、いやぁ。知りませんね、はい」


 少しの間の後に返事があり、ようやくリリーは満足したのか身を元の位置に戻した。


「まぁいいですよね。ルーベルトはセティア様の管轄ですもんね」


「そう、気にしなくていいと思うぞ」


 深く頷くアクシルに、リリーは疑いの瞳で見つめる。


「なんでそんなに落ち着いていられるんですか? ルーベルトってアクシル様の天敵みたいな人じゃないですか」


「そ、それは……」


「何か隠してません?」


 じりっと身を寄せてくるリリーに、冷や汗が流れた。


 と、ガクンと地面が揺れる。


「いた!?」


 頭をぶつけて悲鳴をあげるリリーに、御者台からミロが顔を覗かせる。


「すみません! 大きな石が落ちてまして」


「へ、平気です。ちょっと頭ぶつけただけだから……」


「大丈夫か?」


 アクシルは心配の声をかけながら、ミロと目配せをした。


 ーーセティアに呼び出された日、ある衝撃的な内容を聞かされ、約束をしたのだ。


 ルーベルトが儀式の夜何者かに殺害されたこと。見張りに立っていた騎士は何故か眠っており、犯人が誰なのかは分からないということ。


 騎士団のほんの一握りは知っているが、他の誰にも言うな、と二人は約束を交わした。


 ミロは知っているその一人、リリーは知らない側。


 心の中ではルーベルトが死んだことを喜んでいる気持ちも、きっと誰にも言うべきではないのだろう。

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